夏祭りとキャンプファイヤー③
「ッ! ジェン──」
爆発から反応が遅れること三秒。サイは地上にいるジェンヌに呼び掛け、空から現場に向かおうとした。が、左側頭部に強い衝撃を受け、そのまま斜めに地面目掛けて吹っ飛ばされていった。
祭り会場の外れにある木に激突し、サイは一瞬呼吸ができなくなる。頭を強く打ったらしく、ドロリとした何かが流れていくような感覚がした。
さて、真っ暗な森の中ではジェンヌ達が今どうしているか分からない。サイを襲った敵の目的が分からない以上、ここは早いところ合流をしておかなければキリネにまで危害が及びかねない。それは何としてでも避けたいところだ。
しかしながら、相手もそう簡単に合流させてくれるはずもなく。黒っぽいローブらしきものを身に纏った人物が、起き上がったサイの前に立ちはだかった。
「ッは、まさかそっちから来てくれるとは思わなかったよ」
「……何の話だ?」
冷たくサイを見下ろす謎の人物に対し、サイはそう言ってニヤリと笑った。声からすると、謎の人物は男のようだ。
彼はサイの言葉に対し、当然のことながらとぼけた。わざわざ自分が犯人だとこの場で素直に白状する必要はないからだ。いや、もしかしたら本当にこの男はキャンプファイヤーをやらかした犯人ではないのかもしれないが。
だとしても、些細な違いでしかない。サイにとって、この男がキャンプファイヤーの犯人だろうとそうじゃなかろうと、どっちだってよかった。なぜなら
「どう考えたってアタシに手を出した時点でリセット対象だよな?」
そういうことだった。誰かに危害を加えるような時点で、そいつは危険人物でありリセット対象になるのだった。だから、犯人だろうとそうじゃなかろうとどうだっていい。捕まえるべきリセット対象がノコノコとやってきた。それだけのことなのだった。
そしてサイは衝撃を受けた事で解けてしまった変化をもう一度する。両腕と両足を竜に、頭には鬼のツノを。誰が見ているわけでもないので気にせずその混じり合った異形の姿を晒す。
「噂には聞いてたけどマジでヤバい奴じゃねぇか! こんなもん真面目に相手するわけねぇっつーの!」
サイが軽く地を蹴ると、逃げ出す男にすぐに追いつき、それどころか追い抜き先回りして目の前に現れる。その異形の腕を振るえば男は簡単に吹っ飛んだ。
「やってらんねぇよ!」と男は半泣きでそう叫ぶ。そして追撃しようとするサイ目掛けて真っ青な炎を放った。
「まぶッ……」
突然目の前に現れた光に目が眩む。だが火の玉程度、変化した龍の腕で一薙ぎすればすぐにかき消せる。しかし、暗闇の中突然現れた光は視界に大きな影響を及ぼした。
「……ッチ、何も見えない……」
明るいものを見てしまったお陰で、目が暗い景色に対応できず、視界が真っ暗になってしまう。少し目が慣れてきたところで辺りを見回すが、男の姿は見当たらない。男が黒いローブを着ていたから、余計に闇に溶け込んでしまったのだ。
こうしてサイに男の姿を見失わせることが男の目的だったのだ。少し考えれば分かったような目論見にまんまとハマってしまった自分が少し情けない。
自分に苛立ちつつ男の姿を探すがそれらしき影は一向に見つからない。だが、代わりと言ってはなんだが、全く別の何かの気配が至る所から感じられるようになった。
《かラダ……おンなの……ほシイ……》
《……にくたイ……おレノからダ……》
《ニク……ニんゲンノ……》
サイが気づくと向こうもサイに気付いたらしい。微かだが、そんな声が四方八方から聞こえてきたような気がした。否、それは決して気のせいなんかじゃない。
暗い木の陰から次々と虚ろな瞳の男女がゆっくりと現れ、サイを囲うように近付いてくる。その中の女のうち何人かは浴衣を身に纏っていて、もしかしたらこの夏祭りに来ていたのかもしれない、という想像が容易に出来た。そして閃いた。
「ははぁん、焼いた奴を回収してったのはそういうこと」
爆発のせいで吹っ飛んでいた思考が急に戻ってきたサイは、「なるほどね」と呟きながら心底面倒臭そうに、至極嫌そうな顔をした。それから数回大きく深呼吸をして、最後に大きく息を吸うと、吸った息を全て吐き出しながら吼えた。
《グオオオオォォォォアアアアァァァァ!》
それは一回目の咆哮とは違い、意味のある言葉だった。
サイが叫んだのは竜語。そんな言語、分かるものなど数えるほどしかいない。下手したら、サイの竜語を理解できるのはジェンヌやアリカぐらいなのかもしれない。だが、それでよかった。むしろ、そちらの方が都合が良かった。
ビリビリと空気が振動する。幽霊達はサイの咆哮に怯んで動けなくなってしまっていた。この好機をサイが逃すわけもなく、次々と追撃し動けなくさせる。最後に全員を箱に収納すれば回収完了だ。この程度の幽霊は敵ではない。
しかし、サイの敵にならなくとも時間稼ぎにはなったらしい。男は完全に姿を消してしまっていた。
「チッ……何がしたいんだか……」
大きく舌打ちをしながら吐き捨てるように言うが、その声は夜の森に消えていった。
森の向こう側では相変わらず祭りの賑やかな音がしている。いくら耳を澄ましてみても、それ以上の物音は出てきそうにない。
「……しょうがない」
今度は深い溜息をついて、サイは変化を解くと祭り会場の方へ歩き出していった。別に変化したまま飛んでも良かったのだが、また向こうに見つかって吹っ飛ばされるのは癪だし、何と言っても変化した姿をキリネに見られたくなかったのだ。
別に理由がある訳じゃない。ただ、何となくキリネには明らかに人間ではないものの姿になった自分を見て欲しくないと、強く思ってしまう。
イロハに似ているからというわけではない。イロハとは一緒に戦っていたから、むしろよく変化した姿を見せていた。
では何故見て欲しくないと思うのか。考えても答えは出てきそうになかった。
「どうしようかなぁ……」
それはそうと、リセット対象の目的は一体何なのだろうか。時間稼ぎ用に焼き殺した人間を連れてくるぐらいの用意周到さだ。絶対に何かを企んでいて、その準備を進めている真っ只中なのだろうが皆目見当もつかない。そんなことを考えるくらいなら先に捕まえてしまった方が早いとすら思える。だが、今のようにすぐ逃げられてしまっては決着までまだ暫く時間がかかってしまうだろう。徹夜は慣れっことはいえ、あまり取りたい手段ではない。
そういえば、ジェンヌとキリネはどうしただろうか。爆発の直後吹っ飛ばされてしまったので二人と会話することも出来なかったが、爆発したところを調べに行ってくれているだろうか。いや、きっとジェンヌのことだから調べているだろうな。ジェンヌだし。
サイの脳内で勝手にそう結論付けられる。
しかしまぁ、吹っ飛ばされたサイの元へ二人が駆けつけて来ていないし、きっと爆発の方へ行っただろう。あと心配なことといえば、キリネがジェンヌとはぐれてしまっていないかどうかぐらいだ。
「…………」
ふと、サイは数時間前の夏祭りに大はしゃぎしていたキリネの顔を思い出した。初めての夏祭りだったのだろう。目が今まで見た事もないくらいに輝いていて、全身からは楽しいだとか嬉しいだとか、そういった感情が溢れ出ていた。あれほど喜ぶ姿もそうそう見ることはないだろう。
そう思うと、リセット対象には無性に腹が立って来た。楽しむキリネの邪魔をしたのだ。あちら側とは違って、あと何回夏祭りを経験出来るかもわからないというのに、その一回を無駄にされた。
「……決めた。あと一時間以内には終わらす」
たしか、あと一時間半もすれば祭りの最後を彩る花火が打ち上げられる。それまでには全てを終わらせて、もう少しキリネに夏祭りを堪能させてやろうと、サイは心に決めたのだった。




