夏祭りとキャンプファイヤー②
強制リセットをするにあたって、まず問題になるのがキリネだ。これから二人は仕事になるので、楽しい夏祭りに参加することはもう出来ない。かといって、キリネ一人で夏祭りを楽しんでいてもらうのは無理だ。小さい子供を夜に一人で遊ばせるのは危険すぎる。しかし、仕事に連れ回すのもどうかと思う。となると、まずはキリネを家に帰すべきだろうか。
という旨をサイがキリネに伝えたところ、「やだ! キリネもいっしょにいる!」と強い口調で拒絶されてしまった。
「じゃあ」そんなキリネを肩からひょいと下ろすと、ジェンヌはキリネを正面から抱いた。ぽすん、とキリネの顎がジェンヌの肩に乗る。「こうしていてあげるから、眠たくなったら遠慮なく寝ちゃっていいわよ。女の子なんだから、夜更かしはダメ。いいわね?」
これから何時まで犯人を探すか分からない。それに、犯人は一人とは限らない。一人を追っている間にまた一人、もう一人と増えていく可能性だってあるのだ。最悪の場合は徹夜だ。一週間くらいぶっ通しで探し回ったことも過去にはある。流石にキリネにも徹夜させるわけにはいかない。
「さて……キリネ、ちょっとそのままそっちを向いて耳を塞いでてくれる?」
後で適度に何かをキリネに買ってやろう、と考えたあとでサイは脳を切り替える。
キリネが指示通り耳を塞いだのを確認すると、サイは何度か深呼吸をした後に思い切り息を吸って、そして全ての空気を吐き出しながら吼えた。
「《グオオオオォォォォアアアアァァァァッ》」
その声はさながら竜の咆哮のようだった。
あまりの迫力に、初めて聞いたものは腰を抜かしてしまっている。この声を聞くのが二回目以上の者は「夏が来た」と捉えているようだ。そう、サイの咆哮は今や夏の風物詩なのである。
「ちょっと、そこの兄ちゃん」
吼えきると、サイは軽く呼吸を整えてから近くで腰を抜かしていた青年に声を掛けた。青年はビクビクとサイに怯え、うまく立ち上がることが出来ないようだが口は動くようだ。それならば問題ない。
「そこで特大キャンプファイヤーやらかした奴知らない?」
「い、いや……」
「そ。ありがと」
知らないならこれ以上話す事はない。サイは青年に背を向けて歩き出した。しかし、いくつか歩いたところで何かを思い出したのか、立ち止まって青年の方へ振り向いた。それから何かを取り出して、青年へ投げ渡す。
緩やかな放物線を描いて投げられたそれは、青年の胸元に真っ直ぐ辿り着き、青年はほぼ反射的にそれをキャッチした。すると箱は大きく口を開けるようにぱっかりと開くと、質量を無視して一瞬巨大化し、青年に喰らいかかってきた。
「──え?」
逃げる間も、状況を理解する間もなく、箱は指の一本、髪の一本残さず青年を丸呑みにする。そうして全てを呑み込むと、箱は元の大きさに戻って地面にコツンと落ちた。
「あら、その子回収対象だったのね」
地面に落ちた黒い箱とその隣の宝石を拾い上げるサイを見てジェンヌは言う。そう、この青年は死んでも尚あちら側の世界に留まり続ける回収対象の魂だったのだ。
「うん。そうかなーって思ったから引っ掛けてみた。やっぱこの箱便利だわ。全部これで回収できれば楽なのに」
「今度やってみる? でも、悪霊になっちゃってる子って大人しくさせないと箱をぶち破っちゃうわよ?」
「そうなんだよねぇ……」
二人は苦々しい表情を浮かべた。二人は過去に箱に入れた魂が箱を壊して復活し再び大暴れするということを何度か経験している。そのことを思い出したのだ。
今、サイが青年に投げた箱は、普段使っているものとは違い、投げた先にいる相手が回収対象だった場合勝手に箱の中へ魂を収納してくれる機能が付いている。しかし、過去の経験を教訓にすれば、そんな便利な機能があっても力をつけた悪霊たちの前では無意味だ。それに、そんなことができていれば回収屋なんて職業はとっくに廃止されているだろう。誰でも回収ができるのだから、わざわざそんな職業に就く理由がない。
そんなことはどうだってよくて、今は強制リセットのお時間だ。当然のことながら強制リセットとなるこちら側の住人にはさっきの箱は効かない。それどころか、弱らせたって普段の黒い箱では回収ができない。拘束し、完全に動きを封じた上で特殊な箱に収納しなければ強制リセットはできないのだ。そうでなければ、毎日のように強制リセットの事故が起こってしまう。
「で、なんかわかった?」
そもそも、現段階ではまだ強制リセット対象が誰なのかもわかっていないので、回収の方法が云々などさらにどうだっていいわけだが。
まずは手掛かりを得るために、サイたちは手当たり次第に辺りを捜索しなければならない。きっと、倉庫だとかはジェンヌが調べているだろうと踏んだサイはジェンヌに問い掛ける。すると、ジェンヌは妙な笑顔で首を振った。
「びっくりするほど何にも分からなかったし、何にもなかったわ」
「笑って言うなよ」
しかもなんで堂々としてるんだよ、とサイは心の中で付け加える。何も見つけられなかったくせになんてふてぶてしい態度だ。
「やぁねぇ、話は最後まで聞いて頂戴よ。何もなかったっていうのは、記憶すらなかったってことよ。運悪く倉庫の中に居ちゃった子が四人くらい炭になって出てきたけど、四人とも記憶が無いのよ。もう回収されちゃってるみたい」
「うん……? それってつまり?」
「相手は回収屋で、火の能力があって、もしかしたら今四人分の記憶をゲットしてさらに強くなったかもしれないってことね。四人分の焼き殺された記憶なんてゲットしたら火力がすごく上がりそうよね」
最高だわ、と最後に表情を消してジェンヌは言った。まったく笑えない話である。
相手が回収屋となれば、とサイは目を閉じて考え始める。まだまだ相手のことは何もわかっていないに等しいが、それでも回収屋だというだけで対応が変わってくる。
まず、下手なハッタリや牽制は全て無意味だ。相手はこちらのことをよく知っている。牽制のために思い切り吼えてしまったのは悪手だった。あんなの、相手にこちらの情報を思い切り知らせているようなものだ。
「とりあえずエイゲンとアリカに連絡しておくわね。その系統の能力を持ってる回収屋をとりあえず絞り込んでおきましょう」
言いながらジェンヌは『記憶の書』をパラパラとめくり、目的のページを見つけると『伝書鳩』と呟く。すると手のひらサイズの小さな鳥が二羽現れて、それぞれ別の方向へ飛び立っていった。
その名の通り、『伝書鳩』は相手に伝言を届けるための術だ。通信手段のないこちら側の世界では、こうでもしないと離れた場所にいる相手に自由に何かを伝えることが出来ない。中々に不便だ。
「じゃ、アタシはこの一帯の地形を把握してくる」
二羽の鳥が完全に見えなくなると、今度はサイがそう言って勢いよく地を蹴り飛び上がった。その背にはいつのまにか翼が生えており、サイはそのまま高いところまで飛んでいく。
空から辺りを見回す。提灯で彩られた屋台の道がくっきりと夜の町に浮かび、そこから外れた森などは真っ黒に塗りつぶされている。森の祭り会場から少し離れた位置には一箇所開けたところがある。そこには微かに明かりが灯っているのがわかる。確か、祭りの最後には打ち上げ花火があった。きっとそこは、花火を打ち上げる場所なのだろう。
サイはこの風景を地図として捉え、頭に叩き込んでいく。リセット対象の回収屋がどうやって逃げたとしても、完全に追えるようにしておかなければ夏祭りが終えられない。
祭り会場の中央にはやぐらがある。そこを中心に、開けた箇所──花火の打ち上げ場所を十二時とすると、今サイたちがいる焼かれた倉庫が大体九時の方向だ。この場所からまっすぐ三時の方向へ、屋台の一番太い道が走っている。この道よりもやや細い道がやぐらを交点に十字を描くように走っており、つまり、それぞれの場所に行くにはやぐらを必ず経由しなければならないようになっているのだった。少し面倒だ。
さて、道を覚えれば次にするべきことは相手の思考についての推理だ。何が目的で倉庫を燃やしたのか、その点について考えないわけにはいかない。
「なーにを企んでるんだか、さっぱりだなぁ……」
サイは空中に留まったまま腕を組み目を閉じて思考する。
倉庫を焼いて人を殺した。そして、死んだ者の記憶を回収していった。力を得る為に、記憶欲しさに殺したという理由も無くもないが、しかしそんな理由だった場合、このやり方は余りにも非効率だ。まず、こちら側の住人はあちら側の住人が見えない。だから、そこにあちら側の住人がいるかどうかなんて分からない。その状態であちら側の住人を殺すなんて至難の技だ。
確かに、祭りで人が集まっているのだから下手な鉄砲でも数を打てば当たるかもしれない。しかし、だとしても、倉庫を焼く理由が分からない。たまたま人間がそこにいたから殺せたものの、誰もいなくて何も起こらなかった確率の方がずっと高いのだ。
なのに、どうしてこれを選んだというのか。
「──もし、殺す為じゃないとすれば」
あと少し。もう少しで何か閃きそうな気がする。そんな気がしていたというのに、サイの思考は全て吹っ飛ばされることになる。
突然の閃光と爆発音。
やぐらの更に向こう側、やぐらから見た三時の方向で何かが思い切り爆破され、本日二つ目となるキャンプファイヤーが出来上がっていた。