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風景カクテル①

 人通りの多い夜の町。

 空いている店が限られ始めてくる夕飯時に、一本の街頭の下でジェンヌはポケットに手を突っ込んでボーッと空を見上げていた。

 ポケットの中には一枚の紙が入っている。くしゃくしゃになったそれを取り出して開くと、そこには『今日の夜七時、居酒屋街の街頭の下で待ってろ』なんて乱暴な字で綴られている。誰から誰に宛てたものなのか名前の類いは一切入っていない。ただ、ジェンヌの家のポストに突っ込まれていたので、家さえ間違えていなければ、ジェンヌに宛てたもので間違いないだろう。

 約束の時間の五分前に、この紙を送り付けた本人がやって来る。ジェンヌにこんなことをする時点で誰なのか分かっていたようなものではあるが、念のため警戒しながらジェンヌはやって来た人物に目をやった。

 珍しい。今日はいつものツナギじゃない。

 ジェンヌがやって来た人物に真っ先に抱いた印象はそれだった。


「サイちゃんからおデートのお誘いなんて嬉しいじゃないの。しかもお酒だなんて。飲んだあとは悪い狼にお持ち帰りでもされちゃうのかしら?」


 ジェンヌを見つけるなり手をあげて「おっす」と挨拶してくるサイに対して、ジェンヌはニヤリと笑って言った。きっと罵声が飛んでくるだろう。もしかしたら、拳も飛んでくるかもしれない。なんてことを想像しながら、いつでも拳を受け止められる準備をするのも忘れない。

 だが、サイの反応は想定外のものだった。


「まあね。どうしてもアンタと二人きりになりたくてさ」


 罵倒が来ない。拳も来ない。それどころかジェンヌに向かって微笑みかけつつ、「お嬢さん、お手をどうぞ」なんて少しふざけてジェンヌをエスコートしようとしている。予想外、なんてレベルじゃない。お陰でジェンヌは素で驚いたような表情を浮かべて、普段よりもツートーン低い声でこう言った。


「……アンタ本当にサイちゃん? 悪いものでも食べて頭を悪くしちゃったのかしら?」

「失敬な」


 ちょっと優しくしてやればこれだよ、とサイはいつもの調子で毒づいた。その言葉を聞いて、これでこそサイだ、とジェンヌは安堵のため息を吐く。その優しさは何処かずれていると思うのだ。

 なんて、そんな話はどうだってよくて、二人は待ち合わせ場所の街頭の目の前にある居酒屋へと入っていった。

 予約をしていたのか、二人が店内に入るとすぐに奥の個室の部屋へ案内される。そして席につくなり、二人は麦酒と簡単なつまみを注文した。手慣れたものだ。


「で、なんなのよ? 今こっちは記憶が戻ったどっかのバカが暴れて逃亡して大変なのに」

「そんなことは知らん」


 店員がいなくなると、ジェンヌがため息と共に愚痴を吐いた。が、サイはそれをバッサリと切り捨てる。回収屋がどうなっていようと、もう回収屋ではないサイにとってはどうでもいい話だった。

 店員がジョッキに注がれた麦酒を二つ持ってくる。それを受けとると、サイは店員が完全に去る前にそのうちの片方を一気に飲み干した。そして「店員さん、これもう一杯」と去ろうとした背中に追加の注文をする。

 いくら殺されなければ死なないとはいえ、いくらアルコール中毒が生死に関わることがないとはいえ、流石に持ってこられたその場で飲み干すというのは如何なものなのか。それに、こちら側の世界では酒の値段が軒並みあちら側の世界よりゼロが一つ多い。まだ稼ぎの少ない酒好きな新参者がこの光景を見たら卒倒しそうなものである。

「何? 酔わなきゃ出来ない話をするつもりなの?」

 そんなサイを前に、ジェンヌは呆れ顔で言い「じゃあ、あと一時間くらいは話なんて出来ないわね」と麦酒を飲んだ。それからメニュー表を見て、次に頼む酒を物色する。


「サイちゃんは日本酒って飲んだことある? 私は無いのよ。一緒に付き合ってくれない?」


 メニュー表の一番上に書かれていた三文字に目を止めるとジェンヌはウキウキした表情を浮かべて言った。どうやらメニューに載っている酒を上から順に飲んでいくつもりらしく、「それを飲みきったら次は焼酎ってやつね」と、日本酒の下に書かれた二文字に目を光らせていた。


「そんな飲み方すんの、ちょっと意外」

「そうかしら?」

「そうだよ。絶対にこっちのカクテルにいくと思ってた」


 サイはジェンヌにそう言ってメニュー表の端を指差した。そこには『風景カクテル』と書かれている。風景カクテルにはいくつか種類あるらしく、その下には『夜空』『海』『森』『戦地』『過去』と続いていた。


「やっだ、これ絶対に可愛いやつじゃないの! 前言撤回よ。私こっちを飲むわ!」


 どうやら気付いていなかったらしい。ジェンヌはそそくさと麦酒を飲み干して店員を呼び、早速風景カクテルの『夜空』を注文するのだった。

「ああ、そういえば全然関係ないんだけど」そう言いながら、サイは届けられた二杯目の麦酒を飲みつつ、どこからか薄手の布を取り出して言った。「今度、端材の記憶を染料にして、ストールでも作ってみようと思ってんだけど、どれがいいと思う?」

 布は淡い青のグラデーションや、激しい紅と橙や、深い緑などに染められている。緑のものには白で細かな刺繍も施されていた。


「こんなの選べるわけがないわ。全部よ全部!」


 布だけで目移りしてしまったジェンヌはそう言いながらも、紺色のデザインを指して「ちなみに私はこれが一番好きよ」なんて笑う。その言葉の裏には、「作ると言ったからには必ず売れよ」という圧力も込められている。


「記憶を使って布を染めるって、相変わらず面白いこと考えるわね。しかもこんないい色が出るなんて」

「ね。アタシもビックリした。こんなの思いつかなかったわ」


 二杯目の麦酒を飲み干してサイは笑った。その発言に、ジェンヌは「ん?」と頭に疑問符を浮かべた。それはつまり、どういうことなんだ? と、疑問を並べてなんとか消化しようとする。だけど考えても到底分かりそうもなかった。だから、素直に疑問をぶつける事にする。


「サイちゃんが考えたわけじゃないのね?」

「まあね。アタシじゃこんなの絶対に無理。考えたのはキリネだよ」

「なるほどね。キリネちゃんだったのね」


 納得したようにジェンヌは頷いた。子どもであるキリネなら、今までにはなかった自由な発想も出来るだろう、というところも含めて納得ができた。

 しかし、そのキリネの提案を実際にやってみる辺りにサイの愛情というか、依存心というか、そういったものを感じる。それがいいものなのかどうかはこの段階では判別つかない。別に、判別をつけなくたっていいのだが。


「キリネは桜が好きみたいだからさ、いろんな記憶から桜だけを抽出して桜のストールも作ろうかと思ってる。あ、店員さん風景カクテルの『過去』一つ。あと漬物三昧一つで」


 前言撤回。これはもう依存だとか愛だとかが混ざり合って親バカというものになりつつある。行き過ぎればあまりいいものではないのは確かだ。

 何がどうしたらこうなってしまうのか。サイのこの有様にため息をつきつつ、持ってこられた風景カクテルに口をつける。


「──あら」


 その直後、ジェンヌの視界いっぱいに満天の星空が広がった。宝石を散りばめたようなその星空は、名所として名高いところでもなければお目にかかることは出来ないだろう。思わずため息が溢れてしまうほどの美しさだ。

 もちろんこれはカクテルの効果によるものだ。だから、カクテルを口にしていないサイにはこの星空が見えておらず、ジェンヌの反応が不思議でならない。当然だ。なんの変哲も無いただの天井をうっとりとした表情で見つめ始める者など普通いない。

 そのことに気付いたジェンヌは恥ずかしそうに微笑んだのち、「飲んでみなさい」とサイの口にグラスを押し付け無理やり傾けた。勿論、自分が口をつけたところがサイの口につくようにするのも忘れてはいない。

 圧力に耐え切れずサイがその液体を嚥下すると、ジェンヌと同じように視界いっぱいに星空が広がって、やっとジェンヌの行動の意味が理解できた。

「なるほどなぁ」と納得しつつ、サイはその光景に感心する。そして、記憶を加工して売る同業者として、この発想に嫉妬し、悔しく思うのだった。

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