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記憶の結晶②

「ただいまー!」


 アリカと別れ、買い物を終えたキリネがバタバタと帰ってきた。買い物袋を乱雑に置くと、買ったものも仕舞わずに、サイの工房の扉を勢いよく開く。そして大きすぎる声量でこう言った。


「マスターさんもおむねから宝石出せるのッ!?」


 突然飛び込んできた音とキリネに、サイは目を真ん丸にしながら「ハァ?」とすっとんきょうな声をあげる。

 ついでにくわえていたタバコがポロリとサイの膝の上に落ちる。当然ながらタバコは白い煙をあげていて、サイはその熱に飛び上がった。


「あ゛ッづァア!? あ゛ッ!? あッつ! ……あ゛ー、コホン。えっと、なに? 胸から宝石?」


 地獄の底を這い回るような声でのたうち回った後で、平然を装って聞き返すが今更である。のたうち回り方に女らしさの欠片もなくて、ジェンヌが見たら怒り狂いそうだ。「仮にも女の子が、そんな野太い声でのたうち回ってるんじゃないわよ」と。

 それはそうと、キリネの質問についてである。

 キリネはサイに聞き返されると、「マスターさん、平気?」と少し心配そうに声をかけてから「あのね、あのね!」と先程見た光景をサイに話し始めた。


「はぁん、なるほどねぇ……それで『胸から宝石』か」


 話を聞き終わると、サイは納得したように呟いて、それから悪戯っぽくクツクツと笑った。明らかに、なにか悪いことを思い浮かんだ顔だ。誰がどう見たって悪い笑顔と評するだろう。純粋すぎるあまり、キリネはそう思わなかったようだけれども。


「こっちに来な、キリネ。いいかい、アタシは胸からは宝石を出さないんだよ。その代わり、こっから出す」


 サイが悪い笑みを浮かべている。そのことを分かっていないキリネに気付いたサイは、悪い笑みのままキリネにこっちに来るように手招きして、キリネが近付くとおもむろに自分の口許に右手を当てた。

 するとサイの頬が内側からボゴリボゴリと動き出す。その動きが止まると、サイはゆっくりと手を引き抜くように口から離した。手には透明な宝石のようなものがあった。


「マスターさんはお口からでるのッ!?」


 ほぼ悲鳴に近い叫び声でキリネは驚愕した。そのキリネの表情に、サイはやや満足げな笑みを浮かべながらずるりずるりと宝石を出していく。

 実際には宝石はサイの口から出ているのではなく、手のひらから出ている。その出てきた宝石を口にくわえて、あたかも口から出ているように見せているのだが、キリネを騙すならこれで十分だ。

 因みに、記憶の結晶は出そうと思えば自分の身体の好きな場所から出すことができる。要は、どれだけ『出すことをイメージできるか』なのだ。やろうと思えば頭からだって取り出せる。


「ま、マスターさんの中には宝石がはいってるんだ……」


 なんて真実を知る由もないキリネは、サイの口から現れた結晶に『知ってはいけないものを知ってしまった』とでも言いたげな表情を向けるのだった。


「……これがあるってことは、やっぱりマスターさんも転生できちゃうんだよね?」


 落ち着きを取り戻すと、我にかえったキリネはポツリと呟くように言った。以前ジェンヌから「もう転生できるって話はキリネちゃんにしちゃったわよ」と聞いていたサイは特に動揺するわけでもなく「そうだよ」と短く答える。それから、その理由をどう答えたものかと考えていた。


「マスターさんも大好きな人のために転生しないの?」

「も?」

「うん。アリカちゃんは『ユイト』って人のために転生しないって()ってた!」

「はぁん……ユイト、ねぇ……」


 サイは眉を下げて困ったように笑った。ユイトという名前に苦い思い出でもあるのか、複雑そうな表情を浮かべている。あまり掘り返したい話では無いようで、それ以上特に何かを言うわけでもなく、サイは自分が転生しない理由を話すことにした。


「アタシもまあ、アリカとおんなじ感じかな。大切な人の為にまだ転生するわけにはいかないの」

「それって、イロハって人?」


 イロハの話をキリネにしたことは無かった筈なので、キリネの口からその名前が出てきたことにサイは少なからず驚いた。だが、考えてみればこの前倒れて飛び起きたときに、キリネのことをイロハと勘違いして抱きついてしまったことを思い出して、あぁそういうことかと納得した。


「そう、イロハの為に……というか、イロハとアタシの為に、まだ転生するわけにはいかないんだよね。キリネは、転生したらここでの記憶は無くなっちゃうって話は聞いた?」


 こくん。とキリネは首を縦に振った。確か、あちらとこちら、世界を移動するときに記憶が無くなってしまうのだと、そう教えられていた。

「だけどね」言葉の続きを待っているキリネに、サイは少し間をおいてから続けた。「たまーに、少しだけ記憶が残っていることもあるんだよ。俗に言う、前世の記憶ってやつだね」

 それがいつの記憶なのかは分からない。だけど確かに二人は、とても深い仲だった。そんな奇妙な記憶と感覚がサイとイロハの間にはあったのだという。だから二人は、その頃の記憶を探すことにした。探して、当時の記憶を取り戻して、そして当時の続きをしようと二人で笑いながら話し合って決めた。


「……まぁ、未だにその記憶は見つかってないし、イロハも居なくなっちゃったけど……でも、だからこそ探したいんだ。約束したからね」


 そう言ってキリネにそっと微笑みかけると、サイは自分の記憶の結晶を身体に戻して立ち上がる。そして、キリネを手招きして自分の近くに来させると、部屋の奥にある棚の元へ案内した。

 部屋の奥にある棚は、部屋の他の棚とは違って綺麗に整頓されていた。もしかしたら、他の棚と比べて圧倒的に仕舞われている物の数が少ないからそう見えたのかもしれない。でも、他の棚は限界までものを詰め込んで雪崩まで起こしているのに、この棚には少ししか物を仕舞わないなんて変だ。

 キリネはキョトンとした顔で「この棚は?」と尋ねた。


「この棚は、『記憶を持っていてやるから取りに来い』って約束した奴らの記憶だよ。七年この店をやってたら、こっちの約束も増えちゃってさ……こいつらも全部本人に渡るまでは転生できないよなぁって、今思い出した」

「忘れてたの?」

「……嘘。ずっと頭の片隅にあるよ。本当はいい機会だから、キリネにも知っておいてもらいたかっただけ。ほら、今はほとんどキリネに店番をしてもらってるからね」


 言いながらサイは棚に仕舞われていた真っ赤な数珠を取り出した。


「これはね、学校の生徒たちが戦争するって国から来た男の子の記憶だよ。そっちにある熊のぬいぐるみが、その妹のものでね。二人ともお互いのことが大好きで、死ぬときも一緒だったし死んでここにくるときも一緒だったんだよね。で、お互いのことを忘れるぐらいならって暴れまわるから、アタシが記憶を預かっておいてやることにしたんだよね……なのに、まだ取りに来ねーの、アイツら」


 生前の記憶を喪う前のやり取りなので、当然のことながら回収されたときにこのやり取りの記憶も喪ってしまう。だから、実際のところ取りに来るというのはとても難しい話だ。

 それを分かっている上で、サイは少し寂しそうにため息をついた。それから「もう転生しちまってたら、来たとしてもアタシが気付かなくて返してやれないんだけどね」と歯がゆい思いをこぼす。

 するとキリネは、そんなサイにこう言うのだった。


「それなら大丈夫だよ! だって記憶さんたちが分かってるもん」

「…………?」


 今度はサイがキョトンとした表情を浮かべる番だった。

 キリネの言っていることの意味がよく分からない。『記憶さんたちがわかっている』? とは、どういう意味なのだろうか。そのまま、この記憶たちが持ち主のことを分かっているから、サイがわからなくても大丈夫だということなのだろうか。だとしても、記憶たちが分かっていたとしても、それを本人に伝える手段がない。記憶の元へ持ち主が惹かれていくのだとしても限度があるだろう。

 等と考えていたのだが、キリネはあっさりとその疑問を打ち砕いていく。

 サイから真っ赤な数珠を受けとると、キリネは「あ、こっちが妹ちゃんの記憶なんだって」と言い出した。


「ぬいぐるみがお兄ちゃんの方。二人が大事にしてたものを思い浮かべたんだって」

「……それは、誰から?」

「数珠さんからだよ! 今教えてくれたー!」


 無邪気に笑うキリネ。だが、その口はとんでもないことを言っている。

 要するに、キリネは記憶たちの声が聞こえるということだ。否、物に宿った記憶、と言うべきなのだろうか。キリネにしかその声が聞こえていないのだから、なんと表現するべきなのかは非常に難しい。

 だが、よく考えてみれば、その片鱗は既に以前見せていた。キリネは、店に並べられたマグカップ等によく話しかけている。あれは実際に、マグカップたちと会話をしていたのだ。


「……そっか、そんなことができるのか、キリネは」


 得意気なキリネの頭を撫でてやると、キリネは気持ち良さそうに目を細めた。

 キリネのこの能力があれば、もしかしたら。

 もしかしたら、イロハとの記憶を探し出すことが出来るのかもしれない。あちら側につれていけば、今まで見つけることのできなかった記憶を見つけることが出来るのかもしれない。

 キリネの頭を撫でながら、サイの頭の中ではそんな下心が渦巻いていた。

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