表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/55

記憶の結晶①

 いつもと同じ時間の、いつもと同じ道。変わらない町並みと変わらない空。だけど景色が違って見えた。


「んん……?」


 最初はその理由が分からなくて、キリネは立ち止まって首をかしげた。歩いていたら分からないことも、立ち止まれば分かるかもしれないと思ったのだが、残念ながら違ったようだ。どこに引っ掛かったのか、何が違って見えるのか、立ち止まっても分からないものは分からない。

 仕方がない、とキリネは再び歩き出す。まだ買い物の最中だった。手に提げた買い物袋にはまだ何も入っていない。

 並べられた品物を眺めながら献立を考える。さて、何を作ろうか。しかし考えても考えても、町並みの違和感が気になってしまい、浮かびかけた献立が消えていく。モヤモヤとした感情が徐々に苛立ちへと変わっていき、それでも違和感の正体が分からず、キリネは少しずつ泣きそうになっていった。


「お、キリネちゃんじゃーん! ……どーしちゃったの?」


 肩を震わせはじめたキリネにそんな声がかけられた。振り向いてみればキョトンとした顔のオレンジ髪がいて、キリネは彼女の顔を見るなり泣きつくように叫んだのだった。


「アリカちゃぁぁぁぁんッ!!」


 かくかくしかじか、と近くのベンチに座った後にキリネは感じたことの全てをアリカに語った。そして未だにその違和感がなんなのか分からないと、語り終えたあとでもう一度泣きそうになった。

 話を聞き終えるとアリカは「なるほどねぇ」と呟きながら辺りを見回す。あまりアリカはこの辺りを彷徨くことが無いため、今日の町並みに違和感を覚えることはない。だがキリネが感じたことに対しての答えは、一つだけ当てがあった。


「多分、人が違うから変だと思ったんじゃないかなぁ?」

「人……?」

「そう、人。あんまりこの辺来ないから分かんないけど、今日は知らない人が多いんじゃないかな? それで、よく見る人が少ないの。どう?」


 言われて初めて町の人々の顔を見ると、アリカの言うとおり知らない顔が大半を占めていた。いつもならこの時間に見る顔が半分くらい見当たらない。それに気付くと、「それだ!」と今にも叫びそうな表情でキリネは口をパクパクと動かした。


「ふふふ、解決したようでよかった」


 そんなキリネを微笑ましく思いながらアリカは目を閉じる。次に来るであろう質問の答えを考えるためだ。といっても、答えは既に知っている。だから、あとはそれをどこまでをどうやって伝えるかを考えるだけだ。きっとあの人のことだから、なんにも伝えてないんだろうなぁ、とアリカはサイの顔を頭に浮かべながらそんなことを思った。

 ある程度考えがまとまって、目をゆっくりと開く。すると見計らったようにキリネが「でも」と口を開いた。


「なんでいつもの人たちはいなくなっちゃったの?」


 どうしてそんな現象が起こっているのか。よく見る顔はどこへ消えたのか。そして、知らない顔はどこから来たのか。キリネからの質問は想像通りのもので、アリカはそれにほぼ間を置かずに答えた。


「いつもの人たちは多分、転生しちゃったんだと思うよ。

 この前、あっち側でたくさんの人を回収して、それで記憶が集まったんじゃないかな。それで、回収された人が新しくここに住むようになったの。だから知らない人が多いんだと思うよ」


 アリカが指しているのは、先日サイたちも参戦することになった戦争のことである。五日間にも及んだ戦いは、当然のことながら回収した記憶の量が莫大だった。多くの人の記憶が貯まり、転籍できる程度になるのは自然な流れだろう。

 サイが五日間も家を空けていた理由を、ふんわりと聞かされていたキリネにはその説明で十分だったらしい。「なるほどー」と、スッキリしたような顔で頷いていた。

 それから少し間を置くと、アリカが想定した通りキリネがまた「ねえねえ」と訊ねてくる。その内容も、やっぱり想定した通りのものだった。


「転生ってどうやるの?」


 訊ねられると、アリカは「それはね」と言いながら自分の胸元に右手を当てた。そして、胸元からゆっくりと手を離すと、宝石のようなものが抜かれるように胸元から出てくる。

 透明な結晶。六角柱がいくつもくっついたような手のひらサイズの塊は、色と相まって水晶クラスターを思わせた。何より、その美しい透明に思わず質問を忘れてキリネは目を奪われる。

「これはね」キリネがちゃんと話を聞いているのかどうかは分からないがアリカは説明を始めた。「記憶の結晶って呼ばれてるものなんだよ」


「記憶の結晶?」

「そう。記憶の結晶。集めた記憶がこうやって結晶になるんだよ。誰でも持ってるものなの。キリネちゃんにだってあるはずだよ」

「そうなの? でもキリネのでてこない……」


 言いながらキリネは自分の胸元を見つつペタペタと触ってみたが、アリカのように結晶が出てくる気配は微塵もなかった。当然だ。これは、誰にでも有るものだが、誰にでも出せるものではない。


「人間に転生できるくらいまで記憶が集まらないとこうやって出すことは出来ないんだって。人間じゃなくてもいいから転生したいって場合は役場にいかなきゃいけないみたいなんだけどね。ちなみに、人間に転生できるくらいまで記憶を集めると、大体のものに転生できるんだって。だからみんな、そのぐらいまで記憶を集めて、そのあとで何になるかを決めることが多いみたい」


 誰もが人間に転生したいと望むわけではない。だからこういった仕組みなのだろう。

 さて、転生をするにはもう一つ必要なものがある。アリカはそれを自分のポシェットから取り出してキリネに渡した。それは、魂を回収するときに使う黒い箱と真逆の真っ白な箱だった。大きさは手のひら程で、丁度記憶の結晶がすっぽり収まりそうである。


「これは結晶が出せるようになった人が貰える箱だよ。

 転生したいときは、この箱の中に結晶をいれて、お願いをしながら蓋をすればいいんだって」

「お願い?」

「そう。例えば猫になりたかったら『転生したら猫になりたいです』ってお願いをするの。そうすると猫に転生できるみたい」


 実際にアリカが転生したわけではない(していてもその記憶は既に喪われている)ので全て憶測でしかないが、中々夢のある話だ。記憶を喪ってしまってはいるものの、こちら側では最期にあちら側で死んだときの姿で過ごすことになっている。つまり、次にあちら側で生を受けたときには、間接的に前世で願った姿になるということだ。夢に溢れている。

 アリカの話を聞いて、キリネは目を輝かせながら「そっかー、キリネはにゃんこにもなれるのかー……でも、わんこも捨てがたいなぁ」なんて呟いている。随分と楽しそうだ。

 そんな風に楽しげな想像を繰り広げていたキリネだが、箱と結晶を仕舞おうとするアリカの手を見てはたと気がついたように疑問を漏らした。


「ねぇねぇ、その二つがあるってことはアリカちゃんはもう好きなものに転生できるってことだよね? でもまだしないの?」


 こんなに夢に溢れている転生なのだから、何にでもなれる権利を得てしまえばすぐにでも転生したくなるものではないのだろうか。それとも、まだ何になるか決まっていないのだろうか。キリネにとってはただフッと浮かんだだけの素朴な疑問。だけど、実際はとても踏み入った疑問で、アリカはとても困ったような顔をした。その表情は、答えたくないから、というよりも、どう答えるべきか分からないから、というのが理由のように思える。

 散々困り顔を晒した挙げ句、アリカはごくシンプルに、そして誤魔化し無く、その理由を伝えることにした。


「ユイト様っていう大好きな人がいるんだけどね、その人がまだ転生してないから私も転生しないでいるの」


 そうなんだぁ、とキリネはちょっと顔を輝かせて、それ以上は聞いてこなかった。だから、アリカは安堵のため息を漏らす。これ以上聞かれてしまったらどうしようかと思い悩んでいたのだ。

 まさか、七つの子どもに言えるはずもない。

 自分の想い人である『ユイト様』が転生しない理由が、復讐であること。そして、自分もその復讐を手伝うため、復讐すべき者を捜しているなんてことは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ