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記憶色の宝石①

「あ! おかえりなさ……マスターさんッ!?」


 五日ぶりにサイが帰ってくると、キリネは嬉しそうに駆け寄ったのだが、サイの姿を見るなり絶叫が響き渡った。当たり前だ。サイはボロボロの傷だらけの血塗れなのだから。


「……ただいま、キリネ」


 だけどサイは何故かなんでもない風を装ってキリネにそう微笑みかけると、ポンとキリネの頭を軽く撫でて、そのまま家の中へ入っていく。それから近くの椅子に腰掛けると、キリネに「お願いがあるんだけど」と切り出した。


「ご飯、作ってくれない? アタシと、あとジェンヌの分。後で来るって言ってたからさ」

「う……? でもマスターさん、手当ては……?」

「大丈夫、自分で出来るよ。でもご飯はキリネが作ったのを食べたいから……お願い」


 サイが自ら『ご飯をつくってほしい』なんて言うのが初めての事だったため、キリネは大いに戸惑った。だけど頼られるのが凄く嬉しくて、気付けば戸惑いなんて忘れて「分かった!」と元気よく承諾するのだった。それから「マスターさんは何が食べたい?」とリクエストを聞く。


「なんでもいいよ。キリネがアタシたちに食べさせたいものをいっぱい作って」


 キリネの問いにサイはそう答える。キリネはそれを聞くと「いっぱい作ってくる!」と高く拳をあげて、パタパタと台所へ走っていった。

 そうして、サイは一人きりになる。


「鈍ったなぁ……」


 無意識のうちに強張っていた身体を一気に脱力することで緩めながら、サイはそう痛感するように呟いた。

 サイは七年前まではエイゲンやジェンヌと同じく回収屋として活動していた。左目を失ったことを切っ掛けに回収屋を辞めたのだが、雑貨カフェを営みながら回収を続けてきた。だから腕が鈍ったなんて、身体が鈍ったなんて、そんなことは起こらないと、そう思っていた。その筈だったのだが。


「……まさかこのザマとは」


 ボロボロになった自分の身体を見ながらため息を吐く。まさかこんなになってしまうなんて、と決して小さくはない衝撃に少しだけうちひしがれた。

 キリネには手当ては自分ですると言ったものの、サイには動く気配がなかった。何故なら、手当てをしようにもここには一切の道具が無いからだ。その為、ジェンヌに包帯やら何やらを今買いにいってもらっている。お陰でジェンヌが帰ってくるまで暇だった。

 ボーッと虚空を見つめているだけでは時間は一向に経過しそうにない。かといって、血が足りない今の状況では何かを考えるの頭もなかった。それどころか、指一つでも動かそうとすれば脳がぐらりぐらりと揺れて座っていることもままならず、崩れ落ちるように倒れてしまいそうだ。これはもう大人しくしているしかない。

 だけど、やっぱり何もしないでいることなんて出来なくて、崩れそうになる身体をどうにか持ちこたえながら、サイは服のポケットに仕舞っていた小さな宝石を取り出す。

 桜色にも夜色にも輝くそれは、戦場で回収をする代わりの報酬としてエイゲンから受け取った、今は亡きイロハの記憶の一部だ。ここにどんな記憶が眠っているのか、サイはまだ知らない。ずっと持ち歩いていたのだから、戦っている最中でも見ようと思えば見れたのだが、そんな余裕などなかったし、何より記憶を覗くことが怖かったのだ。サイには、記憶をみて、かつて隣にいた彼女のことを思い出して、動けなくなってしまう自分が容易に想像できてしまった。

 今はまだ、止まるわけにはいかない。だから、この中の記憶を見ることは当分の間出来そうにもない。

 宝石から視線を外すと、床に点々と垂れた真っ赤な血が目に入った。サイの血だ。まだ手当てもなにもしておらず、血が完全に止まっているわけでもなかったので(或いは、移動の最中に傷口が開いてしまったので)、血が零れてしまったのだ。

 血は何ヵ所かに垂れて床を汚している。

 それを見ながら、サイは回らない頭で「ああ、後で拭いておかないと」と思いながらゆっくりと目を閉じた。


「ふんふ、ふん、ふーん」


 一方、台所ではキリネが鼻歌混じりに料理を作っていた。

 どんなものを作ろうか。きっと疲れているだろうから、疲れがとれるものがいいだろう。お肉なんてどうだろう。それともお粥のように食べやすくて消化に優しいものがいいだろうか。キリネが作ったものを食べたいと言ってくれた。次はキリネに作ってもらえてよかったと言ってもらえるようにしよう。

 そんなことを考えていくうちにキリネのテンションはどんどん上がっていく。楽しくて楽しくて仕方がない。サイのために料理を作ることは、キリネにとって喜び以上のものに昇華しつつあった。

 色んなことを考える脳とは裏腹に、身体は自然と動いていく。身体は勝手に作るものを決めてしまったようだ。

 お湯を沸かして、野菜を刻んで、お米を研いで、肉に下処理をして、また野菜を刻む。七歳の子どもとは思えないほどの手際の良さだ。


「おっだっしー、おっだっしー」


 お湯を沸かした鍋とはまた違う鍋を用意すると、そこには水と昆布を入れて火にかける。出汁をとるようだ。

 と、そこまで作業を進めると、別の部屋からゴトリと重たい何かが倒れるような、あるいは落ちるような音がした。

 一体何の音だろう。気になったので、火を止めて包丁を置くと、キリネは音のした方へ向かった。確か、音はサイのいる店舗スペースの方から聞こえた。そう思いながらキリネは扉を開く。

 すると目に飛び込んできたのは、椅子から落ちて床に倒れぐったりとしたサイだった。

 その直後、外から扉が開かれてジェンヌが中に入ってくる。そしてサイを見るなりぎょっとした。


「ちょ、サイちゃん!? ごめんね、キリネちゃん! ちょっとここにお布団を持ってきてくれるかしら!?」

「う、うん!」


 ジェンヌが慌てて駆け寄るも、サイに意識はなく反応がない。口は半開きで、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。

 キリネが持った来た布団を床に敷いてサイをそこに寝かす。本当ならサイを寝室に連れていってやりたかったところだが、今のジェンヌにそんな体力はなかった。ジェンヌもサイと同じく五日間ぶっ続けで戦い続けて満身創痍の状態なのだ。無理もない。


「マスターさんは? マスターさん大丈夫……?」


 買ってきた包帯やら消毒液やら傷薬やらでサイの手当てをするジェンヌをしばらく眺めていると、やがてキリネは今にも泣きそうな表情でそう訊ねた。

 ジェンヌはそんなキリネを右手で抱き寄せると、頭を優しく撫でながらキリネを落ち着かせるように「うんうん、ビックリしちゃったわよね」と言う。


「大丈夫よ、サイちゃんは。ちょっと頑張りすぎちゃったみたい」

「……マスターさん、ちゃんと起きるよね? 大丈夫だよね?」

「ええ、大丈夫よ。寝てるだけだもの。だから今はゆっくり休ませてあげましょう?」

「……うん」


 不安そうなキリネの声。涙が零れてしまっていないのが不思議なくらい潤んだ瞳。「困ったなぁ」と眉を下げて笑いながら、ジェンヌはキリネが安心するまで優しい言葉をかけながら頭を撫で続ける。

 その内心では、サイを心配しつつも、無理をしがちなサイに再びこうしてサイの心配をしてくれる人物が現れたことに安堵するのだった。

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