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雑貨カフェ『彩』①

 太陽が沈んでいき、オレンジと紫が空を染める頃。

 カランカラン、と扉につけられた鐘が鳴り、二人の客が入店した。店員と思わしき人物はカウンターの奥から「いらっしゃい」と声を掛ける。

 店内にはオレンジ色の照明がいくつかぶら下がっており、薄暗く店内を照らしていた。ダークブラウンの机と椅子がいくつか並んでおり、店員のいるカウンターにも椅子が並べられている。カフェかバーか。どちらかと言えばカフェのような雰囲気だ。

 カウンターの隣の方にも店舗スペースは広がっている。だが、そこには椅子や机はなく、代わりに棚が並べられていた。雑貨かなにかを売っているのだろう。

 二人の客は店内を暫く見回すと、店員のいるカウンター席の方へ行った。そして、店員にすすめられるがままに座る。

 よれよれのスーツを着た中年の男と、可愛らしい赤色の丈の短い着物を着た十歳になったかどうかぐらいの幼い少女。一緒に来たにしてはその関係性が全く掴めない二人。

 カウンターには既にもう一人男の客が座っていたが、彼も店員も、ちぐはぐな二人組の客に対し特に何も、疑問や違和感を抱いていないようだった。


「どうぞ」


 無言のまま二人が座ると店員が二人にグラスを差し出した。グラスには透き通った茶色い液体が注がれている。ウーロン茶か何かだろうか。戸惑った様子の二人に店員は笑いながら「それはサービス」と伝えた。

 サービスなら、と男の方がグラスに口をつけた。それを見て少女もグラスに口をつける。ウーロン茶よりもほうじ茶に近い味がした。

 喉が乾いていたのか、少女はそのままグラスの中身を飲み干す。男は半分ほどまで飲んでいた。そんな二人の様子を、店員はメニューを出すわけでもなく見守っている。


「ねえねえ、ほかには何があるの?」


 そのことに少女が疑問を抱いたのかどうかは分からない。もしかしたらただ単に他のものを注文したかったのかもしれない。

 店員は少女から出たその言葉に一瞬キョトンとした表情を浮かべて、それから初めて気付いたような表情でメニューを二つだした。

 店員からメニューを受け取ると少女はウキウキ顔でそれを眺めた。


「ねえねえ」


 それから少しして、メニューを眺めるのに飽きたのか少女が問う。どうやら、なにかを注文する気は無かったらしい。


「お姉さんはなんでそんな格好なの?」


 お姉さん、というのは店員のことを指していた。

 店員はカフェだというのに何故かカーキ色のツナギを着ていて、ツナギの上半身は脱いで腰の辺りにまとめて結んでいる。その為、上はツナギの中に着ていた黒いタンクトップ一枚という格好になっていた。

 更に、店員は怪我でもしているのか頭に白い包帯を巻いており、包帯は左目の辺りも巻かれていた。だから店員は右目しか見えない状態だ。


「作業もやってるからかな。こっちのが楽なんだよ」


 予想だにしなかった質問にも店員は笑って答えた。こんな格好だが、接客もキチンと出来るらしい。ただ、包帯に関してはなにも触れるつもりがないようだ。片目が隠れてしまっていては作業がしづらいと思うのだが。


「お嬢ちゃんはどうしてこの店に来たの? そこのおじさんと一緒に来たよね?」


 今度は店員が少女に質問を返した。

 すると少女は少し悩むような素振りを見せる。何を悩んでいるのだろうか。その表情は困っているようにも見えた。


「おじさんがこのお店に入っていくのが見えたからついてきただけ。だって、外に誰もいなかったんだもん」

「なるほど」


 その答えに店員は納得したように頷いた。これで納得のできる答えだったらしい。

 店員が少女の前から離れる。向かう先は少女と一緒に来た男。男はいつの間にか寝てしまっていた。

 店員は男の前のグラスを片付ける。それから小さな黒い箱を取り出すと、男の前に置いた。

 すると、徐々に男の姿が薄くなって消えていく。前に置かれた黒い箱の中に何かが半分だけ入っていくようにも見えた。もう半分は箱の前に留まって、やがてひとつの小さな宝石のようなものになる。

 宝石と箱を回収すると、店員は更にもう一つ箱を取り出した。そして少女の方を見る。少女はその一部始終を目にしても怖がる様子はなく、不思議そうな目を店員に向けていた。それを見て、逆に店員の方がぎょっとした表情を浮かべた。


「……お嬢ちゃん、なんともないの?」

「なにが? ねえ、さっきのおじさんどこ行っちゃったの?」

「眠たくならない? お布団が無いから寝れないとか」

「全然眠くないよ? まだおやすみの時間じゃないもん」

「………… 」


 店員は黙りこんだ。決して男がどこに行ったか、ということについては答えない。

 やがて、先に店にいた方の男が口を開いた。


「なあ、サイ。その子、もうこっち側なんじゃねーの?」

「そうだけど、この子はあっち側から入ってきたじゃないか。多分こっち側の意味も分かってない」

「まあ、俺もそう思うけどよ……。でも、それが効かないってことはあっち側では無いだろ、もう」


 あっち側だとかこっち側だとか、少女には全く理解のできないやり取りがされる。少女にわかるのは店員が客の男と仲がいいこと。そして、店員の名前が『サイ』ということだけだ。


「……お嬢ちゃん、今から聞くことに正直に答えてもらっていいかな? まず、名前は?」


 困惑した表情を浮かべつつも、サイと呼ばれた店員は少女に向き直った。それから優しい声で丁寧に質問を始める。


「ん? んとね、キリネはキリネって呼ばれてた!」


()()()()()……そう」少女の答え方に違和感を覚えつつもサイは更に続ける。「それで、じゃあキリネちゃん。キリネちゃんはここに来る前、何をしてたのかな?」


「んとね、誰か探してたよ」

「誰か?」

「うん、誰か。スッゴく大事な人なんだけどね、キリネよく覚えてないんだ……」

「……そう」


 どこにいた、という具体的な話が出てくるわけでもない。こんな小さな少女がさ迷っていたのだろうか。

 しかしサイは特にこの答えには引っ掛かるところも無いらしく、それだけ言って次の質問をした。


「じゃあ、最後に。キリネちゃんのお父さんとお母さんはどんな人?」

「……? わかんない」

「…………」


 名前の次に簡単な筈の答え。なのに『わからない』とはどういうことなのだろうか。サイがどうしたものかと考えていると、キリネは更に続けた。


「おとーさんとおかーさん、キリネ会ったことない」


 会ったことがない。覚えていないという訳ではなく、会ったことがない。彼女はそう断言した。記憶が無くなっている、というわけでもなさそうだ。訳が分からなくてサイはこめかみの辺りを押さえた。


「……キリネちゃん。おじさんがこの世界のことを教えてあげよう」

「エイゲン!」

「いいだろ、もう。この子はもうこっち側の子だ。だったら、こっち側で過ごせるようにしてやんなきゃなんないだろ」


 客の男はエイゲンというらしい。

 サイが制止したが、エイゲンは逆にそんなサイをたしなめて、キリネに『この世界』の説明を始めた。


「ここはな、あっち側でいう『死後の世界』なんだ。あっち側で死んだら全員こっち側に来る。そんで、その時に──魂ってわかるか? そうか、ならよかった。その時に、魂と記憶を分けられるんだ。さっきのおじさんみたいにな。

 あっち側のことを全部忘れた魂は、こっち側で過ごすようになる。そのうち、あっち側で過ごすことも出来るんだけどな」

「キリネ知ってるよ。それ、転生っていうの」

「ああ、その通りだ。あっち側に転生するんだ。いつかな。ただ、今みたいな人間に転生したいなら、こっち側でやらなきゃいけないことがある」

「やらなきゃいけないこと?」

「ああ。記憶を集めなきゃならないんだ。さっきそこのお姉さんが回収した宝石みたいなやつだな」


 エイゲンの説明に合わせてサイが先程の宝石を見せた。宝石は角度によっては青にも緑にも紫にも見える。不思議な宝石だった。


「記憶を集めないで転生するとどうなるの?」

「あー……多分、蟻んことかに転生するんじゃねぇかな? あと雑草とか」


 それは嫌だなぁ、とキリネは無邪気に微笑んだ。


「この店は、さっきみたいにあっち側で死んだ奴の記憶と魂を集めて、記憶を売ってるんだよ。そこの棚にあるやつみたいに色んなものにしてる。料理にだってできる」


 ため息を一つつくとサイはそう説明した。サイが指差した棚にはネックレスやブレスレットなどがおかれている。これらを作っているらしい。先ほど言っていた作業とは、これを作ることらしい。


「俺はあっち側にいって死んだ奴を回収してる」

「死神ってやつだね!」

「ああ、そんなところだな。回収屋って仕事なんだけどな」


 無邪気に笑うキリネに釣られてエイゲンも笑った。だが同時に驚愕もしていた。この少女、おそらく今の説明を全て完璧に、説明をしなかった分も含めて理解してしまっている。その証拠に「じゃあキリネはどんなお仕事をしたらいいんだろう」なんて呟いている。十歳に満たないような少女がする発言ではない。


「ここで働けばいい。どうせ行くところもないだろうし、アンタ一人じゃ記憶を集めるのは無理だよ」


 キリネの呟きにサイは真っ先に答えを出した。諦めのような感情が浮かんでいるようにも見える。エイゲンが「いいのか?」と言いたげな表情を浮かべているのに気付いて、「ここでこんなちっちゃい子を追い出したら評判が下がる」と茶化して見せた。

 これがキリネと雑貨カフェ『(イロドリ)』の出会い。そして、キリネとサイが同居を始める切っ掛けである。

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