85話 前田家の子供達
――と言う訳で、我が家で皆で夕飯を食べることになったのだが……3人の子供達が居るだけで、それはもう大変な賑やかさだった。
長女の『幸』は数えで八歳、長男の『犬千代』は六歳、一番下の次女の『蕭』は四歳になったそうだ。はぁ…幸がもう八歳か。時が経つのは早いもんだ……。
ってか、『複数の子供と一緒にメシを食う』というシチュエーションがずいぶん久しぶりだったということに改めて気がついた。いつぶりなんだか、思い出せないくらいだ。
最近の食事シーンを思い出してみたが、おっさん達とメシを食ってる場面ばかり頭をよぎる……か、悲しい。
又左衞門の子供達は、親父の血を順調に受け継いでいるようでとんでもなくヤンチャだった。
「すげー! こんなごちそう見たことないや!!」
犬千代が届いたお膳を見るなり、大興奮で叫んだ。
「犬千代! お行儀が悪いですよ!!」
まつの叱る声も耳に入らないほど大興奮した犬千代が、うっかり蕭の足を踏んでしまい、蕭がとんでもない声で泣き始める。
「あらあら、蕭ちゃん大丈夫?」
寧々が蕭を抱き上げると、犬千代は面白くなさそうに「嘘泣きしやがって」と蕭を睨んだ。それを見た蕭は負けじと更に大声で泣き出したので、遂にはまつの雷が落ちた。
「犬千代!! 蕭に謝りなさい!! 蕭もいつまでも泣いてないの!!」
幸は一連の流れを横目で見ながら、我関せずでナカとおしゃべりをしていた。
……そういえば子供ってこんなにうるさいもんだったな。自分達が子供だった頃を思い出して、懐かしい気持ちになる。
ものすごくうるさいけど、やっぱ楽しいもんだな。
「申し訳ございません、藤吉郎様。 せっかく久しぶりにご帰宅されたのに、こんなうるさくしてしまって……」
まつが恐縮したような顔で謝ってきた。
「いやいや、賑やかでいいなぁって思っていた所ですよ。せっかくなんで、まつさんも楽しんでいってくださいね」
まつと話していると、今度は幸が俺の所にやってきた。
「とーきちろーさま! 父上の手柄話聞かせてー!!」
お、いつの間にか俺の事を『様』付けで呼ぶようになってる!! 今までは呼び捨てだったのに!!
まつによっぽどきつく言われてるのか、大人になったのか。……まあ、どっちにしても成長してるってことだな。
「よーし! わかった!! 犬千代もおいで! お前の父上がどれだけ強いか聞きたいだろ?」
「……聞きたい」
まだ、俺に対して警戒心を持っている犬千代だったが、ここにきてようやく俺の近くへ来てくれるようになった。
「じゃ、夕飯の準備が終わるまで、前田又左衞門の物語を話してやろうかな」
実は、幸がまだ小さい頃、時々こうして又左衞門のカッコいい話をしてやっていたのだ。
きっかけは、戦で忙しくてなかなか家に帰れない又左衞門から「最近、娘に人見知りをされる」というせつない話を聞かされたからだ。
実際、たまにしか帰ってこない又左衞門は、幸のなかでは『なんかよくわかんないけど、時々家にあそびにくるどっかのおじさん』的な存在だったようで父親だとは認識していない様だった。
そこでせめて、『なんかよくわかんないけど、時々家にあそびにくるかっこいいおじさん』くらいまで認識を変えさせてやろうと思い、暇を見つけては『戦で大活躍するおじさん(又左衞門)』の話をしてやったのだ。
これが大ハマりし、幸の又左衞門を見る目がある日を境に大きく変わったのだ。胡散臭いおっさんを見る目からかっこいいおじさんを見る目に変わり、又左衞門は幸の尊敬を勝ち取るに至った。
俺は又左衞門に大感謝された。俺が言うのもなんだが、又左衞門はもはや俺に頭が上がらないことだろう。
ちなみにそれ以来、幸は俺に会うたびに「又左衞門の話を聞かせろ」とせがむようになったのだった。
実際、戦の時の又左衞門はカッコいいからな。せっかくだから子供達にとーちゃんの雄姿を伝えてやりたい。
「よし、じゃあこっちにおいで」
夕飯の準備の邪魔にならない様、部屋の隅っこの方に二人を呼ぶと俺はそこに腰を下ろした。
幸も犬千代もわくわくした顔をして、俺の近くに座った。
「犬千代は父上の話を聞くのは初めてだったよな? じゃあ、初陣の話からしようか。幸ももう一回きいても良いだろう?」
うんうん、と幸が目をキラキラさせながら頷いたので、又左衞門の初陣の話からすることにした。
天文二十一年に起きた『萱津の戦い』と呼ばれている戦が又左衞門の初陣だったそうだ。
この時は俺がまだ織田家に仕官する前なので、又左衞門本人や信長などに聞いた話を基にしているが、なかなかに話題性のあるデビューだったらしく、色々な人がその話を知っていた。それを組み合わせて、こんな感じだったのだろうという物語を俺が作ったのだ。
やはりまずはこの話からせねば、又左衞門の物語は始められないだろう。
ということで、幸には二回目の、犬千代にとっては初めての父親のデビュー戦の話をしてあげることにしたのだった――。