84話 帰宅
京都を出て三日目の午後に岐阜に到着した。まずは岐阜城にフロイスを送って行く。
城では、既に連絡を受けていた智がフロイスを迎える準備を万事整えていた。
「昨日、三郎から伝馬で手紙が届いたのよ。面白いバテレンが行くから、宜しく頼むってだけ書いた手紙がね。相変わらずの丸投げだわ」
と、グチを言いつつも、フロイスの為に滞在用の部屋と、生活道具一式をすっかり用意しているところは流石の手際の良さだった。
「おー、はじめまして! ルイス・フロイスと申します。 智さまのことは、織田の殿様からたくさん聞いてました! 聞いていた通りとてもお美しいですね! 殿様が自慢するのも納得です!」
へー、信長…フロイスにねーちゃんの事、のろけてたのか。かわいいとこあるな。
「三郎は一体、京都でなんの話をしてるのかしらね……」
智は初めて会った外国人のストレートな誉め言葉に、やや面食らいつつもまんざらでもなさそうな顔をしてそう言った。照れ隠しだな。
「じゃあ、書物の件も宜しくお願いしますね。何か困った事があったら、遠慮せずにご連絡ください」
俺はフロイスにそう伝えると、ひとまず岐阜城をあとにした。
・・・・・・・・・
「ただいま!!」
勢いよく我が家の玄関を開けた。
「あら!? 藤吉郎? おかえりなさい!?」
かーちゃんが驚きながら、奥からパタパタとやってきた。
「京から戻ったの?」
「うん。少し休みを貰ったから、家でゆっくりしたいと思って帰ってきたんだ」
変に心配するといけないと思い、すぐに帰宅理由を伝える。
「まあ。 何かあったかと思って驚いたわ。それじゃあ、今夜はご馳走を作ろうかね! キヌさん、キヌさん!」
「はーい、ナカ様。……あれ!? 旦那様!? いつお帰りになったんで??」
少し前から手伝いに来てもらっている女中のキヌさんも家の奥から出てきた。
「キヌさん、お買い物をお願いしても……」
せっかくだからこの休み中はかーちゃんにも出来るだけゆっくりしてもらいたいと思い、晩御飯の準備をはじめようとするかーちゃんを制止する。
「いいって、いいって。今日は七郎左衛門の料亭に食べに行こう。……ところで、寧々は?」
家の中に寧々が居ないみたいだったので聞いてみる。
「寧々ちゃんはお隣のまつちゃんの所に行っているのよ」
「まつの所に?」
「ええ、幸ちゃんが算盤を習いたいらしくて、寧々ちゃんが教えに行っているの」
へー、さすが又左衞門の娘だな。算盤を習いたいとは……。そういえば昔、又左衞門に算盤を教えたっけなぁ、と懐かしい思い出が甦る。
ちなみに前田家には長女の幸の後に、男の子と女の子が生まれていた。下の子はまだ三歳くらいだったはずだ。
「そっか。そういうことなら前田家のみんなも誘って一緒に晩御飯を食べようか。七郎左衛門の店の料理を家まで届けてもらおう」
さすがに子供連れであの高級料亭に行っては迷惑になるかもしれないので、出前を頼んでみることにする。
「ではワタクシ、お店に行って頼んできますね! 我が家の三人分と、前田家の四人分ですね」
俺とかーちゃんの会話を聞いていたキヌさんが、そう言って玄関を出ようとしたので、
「あ、キヌさんも一緒に食べましょう!」
と、声を掛ける。
「え? 良いんですか?? 旦那さま?」
「もちろんですとも」
「あらぁ、ありがとうございます! それじゃあ、ありがたく私の分も入れさせていただきますね!」
キヌさんは嬉しそうに頭を下げると、急ぎ足で玄関を出ていった。
「じゃあ、俺は隣に行って皆を呼んでくるわ」
かーちゃんにそう言って、俺もそのまま玄関を出て隣の又左衞門の家に行く。
又左衞門の家の玄関の前まで来ると、庭の方から又左衞門の長男の犬千代が走ってきた。
「よお! 犬千代じゃないか? 大きくなったなぁ。うちの寧々さん、居るか?」
「!!」
俺の姿を見ると、犬千代はササッと木の陰に隠れた。 あれ? ……人見知りされちゃってる?
「……ねねちゃんに何の用?」
「えーと。 俺の事忘れちゃった? お隣の藤吉郎だけど……寧々ちゃんの旦那さんの。とーきちろー」
犬千代は警戒した顔で俺をジッと見つめる。 だめだ、これは完全に忘れられてる。 しばらく、会ってなかったからなぁ。
「犬千代? どうしたの?」
庭の方から、まつが出てきた。 犬千代はダッとまつの所へ走り寄り、ギュッとまつの足元にしがみつく。
「変な人が来た!」
「変な人? ……あら? 藤吉郎様? あらあら、京からお戻りになったんですか??」
まつが犬千代を抱き上げて、俺の近くに来た。
「ええ。ちょっとだけ、休みを貰えまして」
「そうなのでしたか。 あの……うちの人は元気ですか? 京で喧嘩とかしてないですよね?」
まつが心配そうに聞いてくる。
「もちろん、又左衞門は元気ですよ。 殿の母衣衆としてしっかりお役目を果たしています」
又左衞門……嫁にこんな心配されてるぞ……。
「それならいいのですけど……。あ、すみません。こんなところで立ち話をしてしまって! どうぞ、お入りください。今、幸が寧々ちゃんに算盤を教えてもらっていた所なんです」
まつが家の中に案内してくれたので、奥の部屋へ一緒についていく。
犬千代はまつに抱っこされながら、まつの肩越しに警戒の目で俺の事を見ていた。……そんなに怪しいヤツに見えるかな? ちょっと悲しい。
「寧々ちゃん! 藤吉郎さんが帰っていらっしゃいましたよ!」
まつが襖をあけると同時にそう言った。
「まあ! 藤吉郎様!?」
顔を上げた寧々が俺の姿を見て驚いて叫んだ。
「ただいま!」
久しぶりに見た寧々は相変わらず可愛かった――。




