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80話 但馬侵攻

夏の盛りであった。


強烈な太陽の日差しとつんざくような蝉の声に煽られるように、俺が指揮する二万の軍勢は但馬国に侵攻していた。


俺は兵達が熱中症になるのを防ぐため、休憩を多めに取りつつ行軍する。またこまめに水分を取るように各隊の大将に指示もしていた。


しかしなんだか、学生時代の夏の部活を彷彿とさせる……。モテるかと思って頑張っていた中高時代のサッカー部の練習を思い出した。人数全然違うけど。


「藤吉郎様。なぜ、塩も一緒に舐めなければならないのですか? 余計、喉が渇くような気がするのですが……」


馬の口取りをしてくれている足軽の青年が質問してきた。水分補給と一緒に塩分も取るようにと命令していたからだ。


「汗をかくと体内から水分だけでなく塩分とミネラルも失われてしまうからな。水分だけだと余計に熱中症が悪化してしまうんだ」


「みねらるとは何でしょうか?」


あ、やべ。コイツ、サッカー部員じゃなかったわ。うっかり。


「ああ、えーと……。体を作る材料の一種かな?」


「材料ですか……なるほど」


分かったような分からないような顔をして、足軽の青年は頷いた。まあ、この俺もこれ以上の説明が出来るほどミネラルについて詳しくないし。


俺達は半兵衛の提案でまずは敵の経済的基盤である生野銀山を押さえるべく、生野城へ向かっていた。


小一郎と神屋源三は既に俺達に追いついて、行軍に加わっていた。


「生野銀山は石見銀山の鉱山技術を導入しています。私の父が炭鉱開発に関わっておりましたので、私も何度か生野には行ったことがあります」


そう言って、神屋源三が案内に立ってくれた。


「生野城には行ったことがありますか?」


小一郎が源三に尋ねると、「もちろん」と源三は言って懐かしそうに語った。


「生野城城主は、今は但馬の国人で竹田城城主の太田垣輝延殿の嫡男、太田垣新兵衛殿となっているはず。以前私があった時はまだまだ子供でしたが、今は立派な武将になっているでしょうなぁ……」


「お知り合いだったのですね」


小一郎が言うと、源三はハッとして厳しい顔になった。


「おっと、今回は敵方になってしまうのでした……感傷は無用ですな」


小一郎と源三のやり取りを聞いていて、源三を連れてきたことを少し後悔した。……知り合いと戦うことになるのか。可哀想なことをしちゃったな……。


俺が考え込んだのを見て、横から半兵衛が小さな声で囁いた。


「……藤吉郎殿。源三殿の言うとおり、感傷は無用ですぞ」


む、さすが半兵衛……。今の会話を聞いて俺が一気に戦いたくない気持ちになったのを見抜いたようだ。


半兵衛とはなんだかんだ二年くらいずーっと一緒にいるからな。俺の考え方の癖とかはとっくに把握されているみたいだ。これだから頭の良い奴は……。


しかし、そんなことで俺が考えを変えるようなタイプでは無いことも半兵衛ならわかってるはず。


「神屋殿。太田垣新兵衛殿を味方に引き入れることは可能ですか?」


俺は神屋源三に尋ねる。 半兵衛はヤレヤレという顔で肩を竦めたが、何も言わなかった。


「兄ちゃん!?」


小一郎が驚いたようにこちらを見る。


神屋源三も一瞬驚いた顔をしたが、すぐに慎重な顔に戻って答えた。


「……分かりません。しかし、ぜひその交渉をやらせて欲しいです」


俺は頷いた。すると、小一郎もずいと前に進み出て俺に言った。


「私も神屋殿と一緒に参ります」


「小一郎殿!?」


神屋源三は面食らったような顔をしたが、小一郎は「一緒に行かせてください」と強く言った。


これは予想外だったが、小一郎の真剣な目を見て止めるのは野暮なような気がした。


「分かった。神屋殿の邪魔にならぬよう気をつけるんだぞ」


そう言うと小一郎はホッとしたような顔で「はい!」と元気に返事をした。相変わらずだな、小一郎は。


「……と言う訳ですまん、半兵衛。お前の考えてくれた作戦は一旦休止させて貰ってよいか?」


俺は半兵衛の方へ向き直り、謝った。


半兵衛はまた肩を竦めると、笑って言った。


「分かってますよ。大丈夫です。まずは源三殿にお任せしましょう」


「すまん」


もう一度謝ると、半兵衛が言った。


「そういうあなただから、私は藤吉郎殿の軍師をやらせてもらってるんです」


へ? そうなの?


「藤吉郎殿が情け深いという話は本当でしたな」


瑶甫が嘆息して言った。


へ? そんな話があんの?


「と、とにかく。ひとまず、行軍は休止だ。神屋殿に交渉をしてもらう間、兵はこの辺りで休ませておこう」


俺はそう言って馬から下り、陣を張るよう指示をした。


「では行ってきます」


神屋源三と小一郎は、もしもの時にすぐに伝言を出せるよう三名の供を連れて生野城へ向かった。


敵の懐に飛び込む危険な任務だが、もしかしたら無駄な争いをしなくて済むかもしれない……頼むぞ。


俺は祈るように夏の空を見上げた――。





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