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74話 岐阜大茶会

小雪が舞い散る中、岐阜大茶会が始まった。


松平元康と旭がさっそく信長に挨拶をしている様子が見えた。


信長は最近手に入れた数点の茶器の名品を見せながら、今井宗久にそれぞれの茶器の解説をさせて自慢しているようだった。


(ねーちゃん)はそんな信長の様子をやや呆れながら眺めつつ、時折旭と会話をしていた。


俺はというと、丹羽長秀に運営の手伝いを頼まれててんやわんやの忙しさだった。信長への挨拶待ちの武将たちを茶席に案内する役目なのだが、場を繋ぐ為の話相手もせねばならず、非常に気疲れする仕事を割り当てられていた。


……丹羽長秀に文句を言いたい所だが、いつも色々とお世話になっているので恩返しのつもりで粛々と業務に勤しむ。


ようやくピークが過ぎ、一息入れた辺りで松平元康がやって来た。丁度良いタイミングでやってきた所を見ると、どうやら俺の手が空くのを待っていたようだ。むむ。こやつ、デキルな。さすが旭の旦那だ。


「ご無沙汰しております、藤吉郎殿。いや、義兄上殿(あにうえどの)とお呼びした方が良いですかね? 箕作城では大手柄を立てられたそうで……相変わらずご活躍のようですね」


松平元康が思いの外、気軽な感じで話してきたので少々驚く。きっと俺の表情にも出てしまったのだろう、松平元康が慌てたように付け足した。


「あ……これは、申し訳ございません。いつも藤吉郎殿の話を旭から聞いていたので、つい昔からの知り合いの様な感覚になってしまいました……」


ああ、そう言うことかぁ。いや、でも旭と仲良くしている様子が垣間見れてちょっと嬉しいぞ。それに、旭ちゃんがいつも俺の話題を出してくれてるなんて……超嬉しい。


「いえ、お気になさらずに……。そうそう、旭から連絡を貰ったのですが『観世元頼』殿をご紹介いただけるということで、改めてお礼を申し上げます」


猿楽の役者を自力で見つけるのは難しかったので、観世流の脇之仕手を務める程の人物を紹介してもらえたことは本当にありがたかった。


「お役に立てて何よりです。それにしても、城下町に常設の舞台を作るとは、素晴らしいことですね。私ももう少し落ち着いたら三河の城下町を整えたいのです。その際は藤吉郎殿の作られた城下町を参考にさせていただきたいと思っておりまして、明日はじっくりと岐阜の町を回らせていただくつもりです」


松平元康が楽しそうにそう語るのを聞いて、俺も元康の作る城下町がどういう町になるか見てみたい気持ちになった。


そのまましばらく立ち話をしていると、ふと松平元康が遠くに視線を走らせた。


俺もつられてそちらを見ると、旭と、これまた久しぶりの石川与七郎がこちらの様子を窺っているようだった。


松平元康が微笑みながら呟いた。


「あの二人も藤吉郎殿と早く話がしたくて待ちきれないようですね」


そう言って、優雅な所作で二人を手招きした。


「藤吉郎殿を独占してしまってすまないな。私もそろそろきちんと茶会に参加して来ようか」


松平元康は近寄ってきた二人にそう言うと、「では」と俺に軽く頭を下げ茶席の方へ去って行った。


「兄さま。お元気そうで何よりです……。 わたくし、今晩の母さまとのお食事会とても楽しみにして参りました。早く母さまに会いたいです。母さまはお変わりございませんか?」


旭が珍しく早口で話してきた。よほど嬉しいのだろう、満面の笑みを浮かべている。


「まあまあ、そんなに焦るなって。まずはこの茶会を楽しんでいってくれよな」


俺はそう言って旭を落ち着かせつつ、石川与七郎の方へ向き直り挨拶をした。


「石川殿。ご無沙汰しておりました。清洲以来ですね」


「こちらこそご無沙汰しておりました。本日も、蔵人佐様と旭様のお付き兼護衛でお邪魔させていただきました。いやぁ、藤吉郎殿の箕作城でのご活躍の話は三河にも聞こえてきておりましたぞ」


ああ~、さっき松平元康にも言われたけど、そんなに広まってるの? なんかちょっと照れちゃう……。しかも、柴田のおっさんとか半兵衛の協力もあっての作戦だったから俺一人の活躍って訳でも無いからなぁ……。複雑な心境。


「いやいや。私だけの力ではとても成功出来ない作戦でした。皆に助けられての結果です」


俺がそう言うと、石川与七郎が首を振りながら言った。


「いえ、皆の助力を得られること自体も藤吉郎殿のお力かと思います」


「わたくしも……兄さまが活躍してくださったお陰で、三河の方々に色々と兄さまの事を聞かれることが多くなって、それがきっかけでお話出来るようになった方がたくさんできました……ありがとうございます……」


旭が俯きながら、お礼を言ってきた。おお、そんな効果があったとは……。それは良かった。


「そうか、知り合いがたくさん出来たのはよかったな。旭は人見知りだからなぁ」


俺がそう言うと、


「いえいえ。お方様は下々の者にもお優しくお声掛けいただけると言うことで、三河の者たちには大変な人気なのでございますよ」


と、石川与七郎がフォローを入れた。すると旭はカーッと赤くなって俯くと小さな声で呟いた。


「……そんなに立派なことではないです。農村の方とお話ししているとホッとするというか、懐かしい気持ちになるというか……」


ああ、分かる気がする。俺ですら今でも農家のおばちゃんと話すと、かーちゃんと話しているような気持ちになるもんなぁ。


「旭の方様は庶民の気持ちを分かってくださるお方だと、そのような奥方を選ばれた上様も素晴らしいと、お陰さまで蔵人佐様の人気も上がっておるのですよ」


与七郎は嬉しそうに語った。


三河では旭が大切にされてそうだな。良かったな。


「本日の食事会の会場へは、私が責任を持って旭の方様をお送りいたしますゆえ、ご安心くだされ」


最後に石川与七郎がそう言って、二人は松平元康の方へ歩いて行った。



二人を見送ってしばらくすると、急に後ろから呼び掛けられた。


「藤吉郎殿!」


呼び掛けに振り向くと、丹羽長秀が後ろに立っていた。


「これは丹羽様。何かございましたか?」


丹羽長秀が直々にやってくるとは、何か運営でトラブルでもあったかもしれない、と思いながら尋ねる。


……しかし、その予想は見事に外れた。


「いやいや、そろそろ来客対応も落ち着いてきたので、藤吉郎殿も茶席に参加せよと殿が仰っておりましてな」


苦笑しつつ、丹羽長秀が話す。


きたー! こっちか! 信長得意の『茶会に参加せよ』命令だ。これが来たら逃れられない。


「分かりました。ではすぐに行かねばなりませんね」


俺も苦笑しつつ返事をした。


「うむ。すまぬがよろしく頼むぞ」


丹羽長秀がそう言いながら、俺の肩をぽんと叩いた。


「はい」


さてと、ではいよいよレッスンの成果を披露するといたしますか――。






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