07話 3歳の戦い
なんだかおかしなことになってしまった。
少年は「三郎」と名乗った。寺の中では見たことが無いやつだから、手習いに来ていない村の子供か、別の村の子供か、転校生か。その辺は聞いても答えてくれなかった。
気になるのは、子供なのに立派な短刀を持っていたところだが…。身分に関わることを言わない所と併せて考えると、もしかすると武士の子供なのかもしれない。
結局、この三郎の強引さに勝てず、俺はこれから一太達と戦わないといけないこと、今立てている作戦のことを説明した。
「なるほど。ガキのくせに中々良い作戦を立てるな」
三郎が偉そうに俺の作戦を評する。
お前もガキだろが…と言いたい所だが、グッと我慢の子で通す。なんかコイツ怖いし。
「だが、これでは詰めが甘い。作戦が上手くいっても、最後に敵の大将の首を捕れるかは難しいだろう」
う、なかなか鋭い所を突く。
そうなのだ。この作戦の最大の弱点は、結局最後に俺が一太を叩きのめせるかどうかが心もとないという所なのだ。
そもそも俺と一太の身長差では、俺の刀(木の棒)は一太の胸ぐらいまでしか届かない。それに3歳児の力では、思いっきりぶん殴っても大したダメージを与えられないかもしれない。
何となくわかってはいたが、他に作戦も思いつかなかったので気付かないフリをしてしまっていた。人間の心理は不思議だ。気付かないフリをしたって、弱点は弱点なのに…。
「やっぱりそうかな…?」
トモが不安そうな顔をする。あー。やっぱりトモもそう思ってたんだ。だよね。
イケそうな作戦を考え付くと多少不安な面があっても、つい目をつぶっちゃうよね。
「やはり、俺が仲間になってよかったな」
三郎が俺達の様子を見て、満足そうに笑う。
…わかった、わかったよ。そんなにアピールするなよ。
「はい。ご指摘ありがとうございます。それでは作戦を変えた方が良いですかね?」
三郎はちょっと鬱陶しいが機嫌を損ねるのもめんどくさいので、できるだけ慇懃に接する。
「いや。作戦自体は良いものだ。このまま決行するがよい」
「はあ…けど…」
俺が言い淀んでいると、三郎はきりっとした目でこちらを見た。
「敵の大将首は俺が捕ろう。お前はこちらの大将だ。囮として敵を誘いこんだらそれで良い。あとはどっしり構えて見てろ」
おお、力強いお言葉。コイツ、ずいぶんな自信家だな。
…けどなんだか信用できそうな感じがするから不思議だ。
「わかりました」
ここまで言われたら、信頼するしかない。俺は腹を決めた。
三郎の短刀を預かったものの、なんとなくまだスパイ疑惑を引きずっていた。しかし、どうやらこいつは本気で俺たちの仲間になってくれているみたいだ。変な奴だけど、悪い奴ではなさそうだ。
こうして、俺たち三人は再度作戦の微調整を打ち合わせして、各々準備に取り掛かった。
あっという間に日が傾き、手習いが終わる時間が刻々と近づいてきていた…。
・・・・・・・・・・・・・
「なんだ。お前一人か?仲間も集められないとはな。この勝負楽勝だぜ!」
一太は想定通り、5人の仲間を連れて裏山にやってきた。
一太軍団を油断させるため、俺は一人で裏山の入り口に立っていたのだった。
「僕が勝ったら、約束は守ってよ」
念のため、一太に再度確認する。
こいつアホだから、何の為の戦いなのか忘れてそうだからな。
「分かってるって。じーちゃんに会わせてやればいいんだろ!?」
よしよし。ちゃんと覚えてるみたいだ。
それでは戦を始めましょうかね。
俺は、すぐに回れ右をすると一目散に裏山の奥へ走った。
「お、おい!逃げたぞ!!!」
「捕まえろ!!」
一太達がいきなりの展開に意表を突かれたらしく、びっくりした声をあげていた。
よしよし。想定通り俺のことを追いかけてきた。しめしめ。
「おい!ヤスケ!!待ちやがれ!!」
木の間を縫って走るのは中々体力がいる。おまけに今は3歳児だ。気持ちばかり焦って、なかなか前に進まない。
段々と一太達の声と走る音が近づいてくる。
あれ??こいつら、思ったより速いな!?そもそもこの部分を甘く見てたか??
ヤベー、捕まったら作戦もオジャンだ!!それはあまりにもカッコワルイ!!!!
俺は死ぬ気で走ったが、ヤツらの足音が間近まで迫ってくるのを感じた。
ヤバい!!捕まる!!
…そう思ったときだった。
「うわっ!!!!」
「なんだコレ!!!!」
一太軍団の叫び声が聞こえた。
振り返ると、ちょうど坂道の中間地点で一太達が泥水を被って慌てている様子だった。
崖の上から、トモが手桶に入った泥水をドンドンぶちまけている。
「…間一髪…」
死ぬほどのダッシュと緊張感で、心臓が口から飛び出しそうなほどドキドキしている。
ふぅっと大きく息を吸って、心臓を落ち着ける。
少しドキドキが納まったかと思ったのも束の間、今度は反対側の崖の上から雄叫びが聞こえた。
「うぉぉぉおおおおお!!!!!」
三郎だ!
長くて太い木の枝を右手に持って、崖の急勾配を一太軍団目掛けて駆け下りてきた!
そのまま落下する勢いに任せて、一太の肩に木刀を振り下ろす。
「痛ってぇ!!!!」
一太が衝撃で尻もちを付く。
続けざまに、一番体格の大きなヤツの足を三郎の木刀がひっぱたく。
圧倒的じゃないか、わが軍は…。
三郎の無双ぶりに俺は呆気に取られて見ていることしかできなかった。
「うわあ!!」
驚いた残りの四人は、殴られて座り込んだ二人を置いて我先にあっという間に逃げ出して行った。
・・・・・・・・・
「ほらよ、大将。一番首だ。まだ切ってねーけど、どうする?」
物騒なことを言いながら、三郎が一太の首根っこを捕まえて連れてきた。一太は青白い顔をしている。
「あ、あの。ありがとうございます。…あ!首は切らなくていいです…」
展開の速さに付いていけず、俺は最小限の言葉しか出てこない。
「三郎!すごいじゃない!」
トモが崖から下りてきて、三郎に声を掛ける。
トモは逆にすごいな。こんなオッカナイ奴にタメ口聞けるなんて…。
「まあな」
三郎がお約束のニヤリとした笑みを浮かべる。
しかし、すぐにハッという顔をしたかと思うと、
「では、暗くなったし、俺はもう行く。今日の戦、面白かったぞ!」
そう言って、あっという間に裏山の奥へと去って行った。
あれ?もう行っちゃうの??勝利の余韻にもっと浸っていけばいいのに…。
「お前ら汚ぇぞ。助っ人呼んで来るなんて」
「あら。ヤスケ一人に6人掛かりで仕掛けてくる人に言われたくないわね。それに戦に汚いも何もないでしょ」
三郎が居なくなって、ちょっと強気になった一太にトモが容赦ない言葉を浴びせる。
「さあ、約束よ。あんたのお爺さんにヤスケを紹介しなさい!」
「分かったよ…」
こうして俺の初めての戦は、三郎という強力な謎の助っ人の助けによって勝利に終わったのだった。
・・・あ、そう言えば短刀返し忘れちゃった・・・。