小話 瑶甫
今日、忘れられない出会いがあった。
師僧が引き合わせてくれたのは、噂で聞いていた『木下藤吉郎』。
私と同年で更に農民出身でありながらも、今では尾張大名『織田信長』の侍大将にまでなっている男。
以前師僧に聞いた話では、幼い頃から神童と呼ばれ、知識を蓄えることに貪欲で、農民の子供とは思えないような鋭い質問を投げ掛けてくる子供だったらしい。
「私もまだ若かったですし、答えに窮してよく狼狽したものです」
と、師僧が目じりを下げて懐かしそうに話している様子がとても印象に残っている。
その時は、師僧が返答に困ることなんてあるのだろうか?と、話半分に聞いていた。しかし実際に『木下藤吉郎』に会ってみて、会話をすることで何となく考え方が他の者たちとは違うという印象を受けた。
木下藤吉郎は『戦の無い世の中』を作ることが、とりあえずの目標だと言っていた。
それは徒大将である自分の存在意義を失くすことになるというのにそれを良しとするのであろうか? 私がその疑問を彼にぶつけると、藤吉郎は笑って言った。
「ああ、そうか。そうなりますね。……まあ、もともと、武士になりたい訳では無かったですし、戦が無くなる方が嬉しいですから」
と、あっけらかんと語っていた。
そもそも『戦の無い世の中』など、作れるのであろうか? 土地に限りがある以上、やはり奪い合いは起きてしまうのではないのだろうか?
私のこの疑問にも藤吉郎はあっけらかんと答えた。
「ああ、言い方を間違えました。人同士が殺し合う『戦』を無くしたいということです。人間が複数いる以上、争いは起きてしまうとは思うのですが、全員が安全に生きていけるだけの食料や資源さえあれば、殺し合うまでにはいかないですよね?」
そうは言っても……理想論ではないか。
「どうやって全員を食べさせる食料や資源を準備するのでしょうか? 土地は有限です。土地が無ければ、米も野菜も取れません。今でも飢えてる者がたくさんいますし、やはり実りのある土地を増やすには他者から奪わねばならない……」
藤吉郎はまたあっけらかんと言う。
「そうですね……。例えば限られた土地でもより多く米を取れる方法を考えたり、1本の苗にもっと沢山米が実る品種を開発したり、米よりも栄養価の高い食べ物を作ったり、とか……土地では無く、みんなの知恵を絞って新しい価値を生み出していけるのが理想なのですけど」
当然のような顔で藤吉郎は言った。……新しい価値を生み出す? それはどういうことだ?
考え込んだ俺を見て、藤吉郎は更に話を続けた。
「人の『学んで考える力』はすごいと思っているんです。簡単に人を殺してしまうなんてもったいないですよ。みんなで色々なことを学んで、色々な事を考えて、話し合いをして、色々な物を作ってみて、失敗して、また考えて、改良して作ってみて……って繰り返せば、限られた土地で全員分の食料を作ることだって出来ると思うんです」
藤吉郎は遠い目をしながら、そう語った。
一体、彼が見ている未来はどんな世界なのだろうか? まるで当然出来るかのように話すから、なんだか本当に出来そうな気がしてくる。
これまで私は自分が殺されないためだけに『学んで』きた。自分の価値を高めるためだけに『知識』を求めてきた。
……藤吉郎は、先の世の中を良くするために『学び考える』のだという。
出会ったことのない考えに触れて、頭を殴られたような気がした。この男が私と同じ年? 信じられない……。
俺は衝撃を受けつつ、師僧『竺雲』を見る。師僧はいつもの柔和な笑みを浮かべながらも、真剣な目で私を見つめ、頷いた。
そうか、師匠はこの事を俺に気付かせたかったのか……。
もっと藤吉郎と話をしてみたい。心の底から欲求が湧いてくる。私も、先の世の中を良くするために『学び考え』てみたい。
その夜、私達は遅くまで語り明かした――。




