67話 観音寺城訪問
観音寺城の城下町はにぎやかだった。
明智光秀の話だと先々代の六角定頼が天文18年頃に既にこの町で『楽市令』を出していたそうだ。
マジか。俺が13歳くらいの頃に? 信長と俺が清洲で始めた『楽市』は初じゃなかったのか。
でも確かに信長が清洲で出した制令を『楽市楽座』とすんなり名付けたのも、以前に『楽市』があったことを知っていたからなのかもしれない。
あれで結構勉強家だからな、信長は。あんまり人を褒めないあの信長が、六角定頼は持ち上げてたし。
そしてさらに城下町から見た観音寺城の威容もなかなかのものであった。俺達が作った岐阜城、小牧山城よりも先に作られていた総石垣の城郭だ。
これもどうやら六角定頼が元々あった観音寺城を石垣の城に改修したらしい。やっぱり、信長は六角定頼の政治手法的なものを研究してたんだろうな。
観音寺城内もなかなかの造りだった。案内人の後について歩きながら、色々な箇所に目を走らせる。過去に城内に足利将軍を招くこともあったということで、柱や襖、梁に至るまで素晴らしい造作であった。
なんというか、魅せる為の城造りが徹底されているような気がした。さすがに京の都の近くだと実用的なだけじゃダメで、文化的なセンスも必要になる訳か。ふむふむ。
なんて感心しながら城内をキョロキョロ見ていると、城の造作とは対照的に、中で働いている武士たちが何となくやる気のないのが目についた。
見張りで立っている武士があくびをしていたり、複数人で廊下の陰に固まって何かヒソヒソ話をしていたり……。
なんか、あんまりいい雰囲気じゃないなぁ……と感じる。岐阜城だって、小牧山城だって、織田家ではみんなもっとキビキビしているもんな。
そこまで考えた所で案内人が立ち止まり、立派な部屋の前についた。ここがいわゆる上段之間なのだろう。俺達は案内人の合図で中へ入室した。
上段乃間には、六角親子が座っていた。息子は二十歳そこそこの若者だ。親父の方は家督を譲る時に出家したと聞いていた通り、剃髪していた。
それにしてもなんで、家督譲って出家までしたのにいつまでもしゃしゃり出てくるんでしょうかね? 心配なら当主のままでいれば良いのに。その辺の心境がよく分からないけど、まあ子供の方はやりづらいだろうな。
なんて考えてる間に、光秀が挨拶を始めた。
「本日はお時間を頂きありがとうございます。私は足利左馬頭にお仕えする、明智十兵衛と申します」
「うむ」
頷いて六角親子が俺の方を見る。
……おっと、俺の番か。
「私は織田尾張守が家臣、木下藤吉郎と申します」
「ふむ。書状は事前に読ませて貰ったが、足利左馬頭様は織田殿と上洛されることになさったのか。越前の朝倉殿に依頼すると思っておったが……」
親父の方の六角承禎が口を開く。ほおー、信長の家来の俺の前でそういうこと言うかね。
「ええ……残念ながら、朝倉殿は一向一揆の鎮圧に時間が掛かっておるようでして。織田様に上洛をご依頼させていただきました」
光秀がそう言ったのを受け取り、俺も補足する。
「織田尾張守様は、足利左馬頭様こそ次期将軍に相応しいと考えております。そのため、京で狼藉を働いた三好衆を倒し、左馬頭様の上洛をお助けするのは当然のこととこの度のご依頼をお受けになりました」
俺が話した後、光秀は少し間をおいて、
「つきましては上洛にあたり、織田軍の近江通過の許可と三好軍との戦に備えての援軍出兵をお願い致したく」
と、さらりと要件を伝える。従うのは当然だと言わんばかりである。
息子の六角義治が親父をチラリと見た。
ん? 親父の反応を見ている? なんでだ?
「もちろん、六角家も次期将軍様には出来る限りご協力させて頂くに決まっておる」
六角承禎がすぐに答える。
うーん。一瞬だったけど、六角義治の反応が気になるぞ。
「ありがとうございます。それでは改めて上洛の際にはご連絡をさせていただきます」
光秀がお礼を述べて、その日の会談は終了した――。
宿に帰ってから、改めて光秀と話す。
「援軍要請をしたときの義治殿の反応、見ましたか?」
「……ええ。やはり、藤吉郎殿も不自然に感じましたか」
光秀もすぐに頷いてそう言った。
「協力するかどうか微妙なそぶりだったような……親父はなんて答えるのだろう……みたいな」
俺はあの時に抱いた印象を伝えた。
「少し調べなければいけませんね。私はここに残って、少し様子を探ります。藤吉郎どのは予定通り、明日ここを出立して本日の会談の結果と今の話を織田様へお伝えください。……もしかすると左馬頭様もこのまま近江にいるのは危険かもしれません」
明智光秀はそう言うと、なにやら書状を書き始めた。
なんだかきな臭くなってきたな……。
・・・・・・・・・・・・
翌日、俺は予定通り岐阜城へ向けて出発した。帰りも光秀と色々話しながら帰ってこれるかと思ってたので、ちょっと残念だ。
しかし、そうも言っていられないので、急いで岐阜につけるよう馬を飛ばす。
光秀は少しでも危険な可能性があれば、すぐに足利義秋を連れて岐阜城に移動するつもりだと言った。そのことも信長に伝えなくてはならない。
行きよりも少し巻いて岐阜に到着し、すぐに信長のいる上段之間へ向かった。
「なるほど。それで、十兵衛が残ったのか……」
俺の報告を聞いて、信長は腕組みをした。
「はい。もし、六角氏に疑念が生じるようでしたら、すぐに足利左馬頭様をお連れして岐阜に入るとのことです」
「ふむ。……で、藤吉郎、観音寺城での様子はどうだった?」
信長が質問してきた。
「はい。城下町は栄えておりましたし、観音寺城は素晴らしい建築でした……が、城内で働く者達の雰囲気はあまり良くないように思われました」
「ふむ。六角親子はどうだ?」
「父親の存在が大き過ぎて、息子はほとんど口出しできない様子でした。しかし、一応家督は息子が継いでいるので、一家に頭目が二人いるという状況かと思われます。古今それでうまくいった試しはないかと思うのですが……」
船頭多くして船山に登るってね。
「うむ、わかった」
そう言って信長は大きく頷き、腕組みを外した。
「六角家が邪魔をするようであれば観音寺城を攻め落とす! まずは十兵衛の動きを待つぞ。その間に軍備を整えるよう皆に伝えよ!」
信長の命令が飛んだ。
「はい!」
いよいよ、また大きな戦が始まりそうだ――。




