63話 美濃攻略
稲葉山城から戻って二日後、調略を掛けていた丹羽長秀のもとに美濃三人衆から揃って織田家に仕えるという返事がきた。
ほぼ同時に、俺のもとにも竹中半兵衛から『稲葉山城の明け渡しの準備が整った』という書状が届いた。
小牧山城の上段之間で丹羽長秀と共に信長に報告をする。
「よし! では、さっそく明日、稲葉山城へ入城するぞ! 家臣団へ伝えよ! 小牧山の城代には佐久間出羽介を置いていく」
こうして翌日、織田家の主力兵団を率いて信長は美濃へ進軍した。懸念されていた、斎藤龍興一派による襲撃や待ち伏せもなく、それまでの美濃攻略の苦労が嘘のように織田軍はすんなりと稲葉山城に入城することが出来た。
「明日は揖斐城を攻める!」
稲葉山城に入城した信長は、すぐさま家臣団へ伝えた。
揖斐城は稲葉山城の西にある山城で、竹中半兵衛に稲葉山城を奪われた斎藤龍興が逃げ込んだ城だ。信長はこの好機を逃さず、斎藤龍興と決着をつけ完全に美濃を制圧するつもりのようだ。信長は上機嫌だった。
その夜、俺は半兵衛とともに信長に呼び出された。
「半兵衛! お主の此度の働きの褒美として、希望通り藤吉郎の家臣として仕えることを許す!」
信長が改めて、半兵衛へ論功行賞を行う。
「は。ありがとうございます」
半兵衛は信長の前で平伏する。信長は続いて俺の方を見て言う。
「藤吉郎。お主は半兵衛説得の功績として、徒大将に任命する! 半兵衛以下稲葉山城に残っている武士団を統率せよ」
「は、はい!」
なんかいきなり指揮官クラスに任命されてしまった……。しかも、これまで敵だった美濃の武士たちをうまく取りまとめられるだろうか? ……嬉しいけど、ちょっと不安な今日この頃。
その後、信長の前から退出すると、改めて半兵衛が俺に挨拶をする。
「改めまして、これからよろしくお願いいたします。藤吉郎殿が我々の頭になったことは、稲葉山城に居る者たちに、私から伝えておきます。明日、皆を集めますので、ぜひ出陣前にお声掛けをお願いいたします」
「え、ええ! こちらこそよろしくお願いします!」
半兵衛の言葉に少し不安を解消される。ありがたい。
「ふふ。私はもうあなたの家臣ですから、敬語なんて使わないでください」
半兵衛がまた柔らかく笑った。
「そ、そうか。じゃあ、これからもよろしく!」
俺はちょっとぎこちなくそう言って、半兵衛と顔を見合わせて笑いあった。
次の日の朝、約束通り半兵衛は稲葉山城の一室に残っていた美濃の武士達を集めてくれていた。
彼らは、城を捨てて逃げた斎藤龍興を既に見限り残った者たちということで、織田軍に入ることに抵抗は無いとのことだった。その数総勢約100名。
へー、そんなにいたんだ。マジかよ。……いきなり100人部下が増えました。
あっけに取られていると、半兵衛が俺に小声で話しかけた。
「藤吉郎殿。皆にお声掛けをお願いします。ある程度、偉そうにふるまって大丈夫ですよ」
そうだな。もうすぐ出陣の時間だし、いつまでもあっけに取られている訳にもいかないので、気を取り直して大きな声で彼らに呼び掛けた。
「私は織田軍徒大将『木下藤吉郎』と申す」
俺がそう言うと、少しざわついていた室内が水を打ったように静かになった。皆が真剣な目でこちらを見る。
こんな感じでいいのかな?と思いながらも、俺はそのまま言葉を続ける。
「この度、縁あって貴君らの指揮官となった。織田家では出自に関わらず手柄を挙げた者への称賛と褒賞は惜しまない。貴君らの織田家での活躍を期待している!」
瞬間、静まり返っていた室内で一気にワッと歓声があがった。おお、なんか分からんけど、みんなテンション上げてくれたようだぞ。
「ありがとうございます! それでは出陣いたしましょう!」
半兵衛が俺に呼び掛けた。俺は頷いて、答える。
「行こう!」
俺が部屋を出ると、半兵衛を筆頭にして室内にいた美濃の武士達が続々とついてきた。城外に出ると、織田軍の面々も続々と集まってきていた。
程なく、信長が城外に出てきた。ぐるりと軍容を見回す。俺の部隊を見つけると俺と目を合わせ、少し頷いてニヤリとする。
そのまま信長は、作法通りに出陣前の『三献の儀』を行う。最後に全軍の威勢の良い掛け声が上がり、一気に士気が高まる。その瞬間を逃さず、信長はよく通る大きな声で全軍に命令する。
「出陣だ! 揖斐城の斎藤龍興を討つ!!!」
「「「「「うおおおおぉぉぉぉーーー!!!!!」」」」
地鳴りのような鬨があがり、織田軍は一斉に揖斐城へ向けて出陣した。
俺はいつも通り一若と彦二郎を伴い、織田家の足軽衆を引き連れて出陣する。そして更に今回からは竹中半兵衛も傍らに付き従い、美濃の武士団100人も引き連れての出陣となった。
・・・・・・・・
織田軍の進軍が早かったせいか、揖斐城に籠もる斎藤龍興は援軍も呼べなかったようで、ほとんど兵力は無い様であった。先発隊が揖斐城の門を破り、城内に入っても大きな抵抗は無かった。
拍子抜けしたのもつかの間で、すぐに城内から伝令が届いた。
「斎藤龍興が揖斐川を船で下り、逃げたようです!!」
信長は情報を聞いて、すぐさま大声で命令した。
「伝馬を出せ! 揖斐川に沿って、曽根城の稲葉、大垣城の氏家、桑名城の滝川へ『斎藤龍興を捕らえよ』と伝えよ!! 」
「は!!」
騎馬隊の数人が丹羽長秀の指示の下、火急の伝馬として南方へ走り去っていく。
信長は騎馬隊が出発するのを見届けると、また命令を出した。
「我らは一度稲葉山城へ戻るぞ!!」
こうして織田軍は一部隊を揖斐城へ残し、稲葉山城へ引き上げた。揖斐城の戦いは、大きな衝突も無く美濃の斎藤家のあっけない幕切れで終了した。
この日から、美濃の国は実質的に織田信長の支配下に入ることになったのだった――。




