06話 3歳の出会い
「戦ごっこで俺に勝ったら、じいちゃんに会わせてやる!」
…おいおい。普通3歳児に勝負を吹っ掛けるか?
やっぱりこいつはアウトローかつクレイジーだな。
先生と話をした後、気は進まなかったが助言に従って一太を探してみた。
寺の井戸の近くで一太はすぐに見つかった。
友達と一緒に取っ手の付いた桶をぶんぶん回して、中に入っている水をこぼさないようにする遊びを延々とやっていた一太に、ダメもとでお爺さんを紹介して欲しいと伝えてみた結果が冒頭のセリフである。
「明日の手習いが終わった後に、裏山で決闘だ!分かったな!?」
うーん。この3歳の体で一太に勝てるかな…?
けど、漁師に近づけるチャンスをみすみす逃すのももったいないよな…。
「…うん。分かった」
とりあえず、今は受けておこう。
勝てなそうだったら、ヤエの所に逃げればいいや。
「よし!じゃあ明日な!!ボコボコにしてやるから覚悟しとけよ!」
おお、幼児にそんな言葉を吐くとは。悪ガキ過ぎていっそ清々しいな…。
・・・・・・・・
次の日の午前。俺は手習いを抜け出し、寺の後ろにある通称『裏山』に来ていた。
本日の決戦の場所だ。
昨日の冷え込みで、霜柱が立っていた。
歩くたびにサクッサクッと心地よい感触が足に響く。
昨晩からずっと、一太に勝つ方法を考えていたのだが、6歳の一太と3歳の俺ではどうやっても勝てる方法が見つからなかった。
しかも「戦ごっこ」だ。一太は自分の仲間を兵隊として連れてくるだろう。
いつもつるんでるメンツを考えると、少なく見積もっても3人。多ければ5人の兵隊を連れてくるはずだ。正攻法では勝ち目が無い。
なんとか勝つ方法を見つけるため、地の利を得ることはできないかと思い、朝から戦場を見に来たのだった。
「ヤスケ!!」
突然、後ろから怒ったような声が聞こえた。
振り向くと、腕組みをしてこちらを睨むトモが居た。
あちゃー。見つかっちゃった…。
「朝から様子がおかしいと思ったら、お寺を抜け出してこんなところに来て…。一体何をしてるの!?」
おおう。さすがオネーサマ。朝から様子をチェックされちゃってたのか…。
長年(?)俺の面倒を見ているだけあって、トモは俺のことをよく理解している。いくら上手いこと言って誤魔化そうとしても、誤魔化しきれないのだ…。
仕方ない。ここは正直に話すしかない…。
「…という訳で、今日の夕方に一太軍団に戦で勝たないといけないんだ」
食料調達のことは省き、漁師の話を聞きたいという理由でこうなったことを手短に説明する。怒られるかもしれないが、その時はその時だ。
「はあ…。なるほどね」
トモが溜息をつく。
お、怒られはしなそうだな。ホッ…。
「…仕方ない。私も手伝ってあげる」
「へ!?」
今度は俺が驚く番だった。手伝うって?戦ごっこに参加するってこと?
「最近の一太達の横暴ぶりには私も頭にきてるの!この際、ボッコボコにしてお灸をすえてやろう!!」
はー。我が姉ながらすごい過激発言…。
「で、どーすんの?」
「へ!?」
「あんたのことだから、もちろん何か良い作戦考えてるんでしょ?」
「…それを考えようと思って、ここに来たんだけど…」
「…あ、そうなの」
こうして、午前中いっぱいをトモとの裏山探索に費やすこととなった。
…しかし、お陰でとても良い場所を見つけることが出来た。
細い坂道の両側が切り立った崖のようになっている場所だ。
複数人で通る時に一列にならざるを得ないため、ここに誘い込んで崖の上から攻撃を仕掛ければ、少人数でも勝てるかも知れない。
さっそくトモと一緒にこの地形を生かした作戦を立てる。
まずは俺が一人で、一太軍団をここまで誘い込む。そしてこの道で一太達が一列になったところを狙って、崖の上からトモが泥水をぶっかける。
泥水で一太達の目を潰したところで、俺が一太に打撃を入れるって流れだ。
うん。これならいけそうな気がする。
俺とトモが更に細かく作戦を立てているときだった。
「おい、ガキども。こんなところで何をしている?」
…なんだか今日は突然後ろから、何してるか聞かれることが多い日だなぁ。
などとのんきな事を考えながら振り向くと、今度は奇抜な格好をした少年が立っていた。
年齢はトモと同じくらいか、ちょっと上か?
ぼさぼさの髪を上の方にきゅっと一つに結んだ無造作ヘア。
そしてこの寒いのに半袖。更にその袖口はギザギザでボロボロになっている。
あ、この子のおウチも貧乏なのかな…?それともあれかな。どの学校にも1人は居る、どんなに寒くても半ズボンで1年を過ごすことに誇りをかけているあの系統かな?…これがその少年に対する第一印象だった。
「何をしていると聞いている」
俺とトモが呆気に取られて無言でいると、少年はちょっと苛立った感じで再度聞いてきた。
「えっと、弟と戦ごっこの準備を…」
「トモ!」
バカ正直に説明をしようとしたトモを、俺は慌てて制する。
「なんだ?続けろ」
少年はピクッと眉をあげると不機嫌そうにトモに促す。
俺はずいっとトモの前に出た。
「僕たちは今、重要な作戦中です。通りすがりの人にお話はできません」
ちょっと怖いけど、はっきりと言っておく。実はこいつは一太達のスパイではないかと疑い始めていた。
「ほぅ…」
少年がニヤリと笑う。
「では、お前らの仲間に俺も入れろ」
な、何だこいつ、藪から棒に。変な奴だな。仲間に入りたがるなんて…やっぱりスパイかもしれない。
「嫌です。急に裏切るかもしれないし…」
「ははは…!!お前、面白いな?」
俺が間髪入れずに仲間入りを拒否すると、突然、少年が大きな声で笑い出した。今のやり取りで何か面白いことあったか?やっぱ変な奴だ…こいつ。
「いいだろう。俺が裏切ったら、コイツをお前にやる。売るなりなんなりするがいい。良い値で売れるぞ!…だから仲間に入れろ」
そう言って少年は、懐から何かを出すと俺に投げてよこした。
「うわっと!」
咄嗟に受け取ると、それは綺麗な鞘に入った短刀だった。
…3歳の俺にはずっしりと重かった。
「さあ。ではさっそく何をしているのか聞かせてもらおうか」
ニヤリと笑うとその少年は、有無を言わせぬ強引さで俺とトモの間に陣取ったのだった…。