57話 人材活用
『小牧山プロジェクト』が始動してから、早2カ月が過ぎた。
小牧山では既に基礎工事に着手していた。
懸念していた石垣積みについても、破格の工賃を提示して『穴太』『馬淵』『岩倉』『尾張』の4つの石工集団に了承を取り付けることができていた。
城下町の建物については、検証を始めている。七郎左衛門や熱田の加藤家、津島の大橋家と言った有力商人達の伝手を使って、優秀な大工職人を集めて貰い、新しい簡易な建築工法を考えてもらっているのだ。
俺が考えている「統一規格の材料で、簡単に組み立てられる建物」という大枠のコンセプトを伝えると職人達は驚いてはいたが、技術的には出来なくもないといった反応も出ていたので手応えはあった。きっと何かしらの案が出てくるはずだ。
俺と丹羽長秀はほぼ毎日何かしかの情報交換をして、少しでも早く工事が進む案があれば、どんどん取り入れていった。
そんなある日、俺はまた信長に呼ばれた――。
「藤吉郎。小牧山の方は順調か?」
「は。丹羽様のお力もあり、今のところ順調に進行しております」
先輩を立てつつ答えると、信長は「うむ」と頷いた。
「滝川彦右衛門から、北伊勢を制圧したと連絡が入った」
信長が唐突に話題を変える。
「え! もう…ですか?」
信長はまた「うむ」と頷いてニヤリとした。
「彦右衛門め、やりおるわ。ついては治田も手に入れたので、さっそくお前を北伊勢によこせと言ってきておる。……しかし、藤吉郎。お前が小牧山の仕事から長期間離れることは許さぬ。一度、治田から本当に銀が産出するかを確認しに行き、その後は代理を立てよ」
「は! そのようにいたします」
上段之間を退出して、足軽詰め所へ向かいながら考える。
代理か……誰に依頼すれば良いだろうか。鉱山の知識があって、主体的に考える力があって、交渉事も出来て、賢くて、弁も立って、何よりも信頼できる人物……。
「いるかよ!! そんなパーフェクト人間!!」
と、独り言を言った瞬間、声を掛けられた。
「どうしたの? 兄ちゃん?」
顔を上げると足軽詰め所の前に、怪訝な顔でこちらを見る小一郎が立っていた――。
……あ、居た!
「小一郎! これから蟹江城へ行く。お前も付いてこい!」
いける! 小一郎はもちろんパーフェクトとはまだ言えないが、その若さの割にかなりしっかりしているし、賢さは申し分ないし、鉱山についても色々と調査を手伝ってもらっていたのである程度知識はある。
交渉事も何気に得意だし、主体性も申し分ない。人の良過ぎる所がたまにきずだが、そのおかげで人に好かれる所もあるし。なにより信頼できる。大切な銀山を任せるにはこれ以上の人選はないかもしれない。
その場で、小一郎に説明する。治田山が手に入ったのでさっそく銀を掘り出したいこと、その管理・運営をお願いしたいことを伝える。
小一郎は突然の話で驚いたようだが、
「うん。兄ちゃんの役に立てるように頑張る!」
と請け負ってくれた。おお、相変わらず愛い奴よのう。
こうして俺達は明日出発することにして、まずは清洲城下町の七郎左衛門の店に行く。
「例の治田山が手に入ったんだ」
七郎左衛門に伝えると、驚いた声を上げる。
「なに? 随分早いな!! まだまだ先かと思っていたぞ」
「と言う訳で、先日調査を手伝ってもらったあの採掘師にまた協力をお願いしたいんだが」
はじめに治田山の情報を持ってきてくれたのはその採掘師だったそうだ。もともと山陰の石見銀山の採掘職人だったらしく、かなり銀山について詳しかった。何か訳があって今は七郎左衛門の下で連雀商人をしているらしい。
彼にはそれなりのお礼をしたいと思っているのと、併せて可能であれば、小一郎の片腕として技術的な相談に乗ってもらいたい。
そう、七郎左衛門に伝える。
「わかった。ちょっと連絡してみるわ」
「すまない、助かる! もし手伝って貰えるなら、蟹江城に来てくれるように伝えてくれ」
こうして七郎左衛門に採掘師への声掛けを依頼した後、小一郎と二人で家に戻った。
家では、出発の準備をしつつ、かーちゃんと寧々に北伊勢に行くのでしばらく留守にする旨を伝える。特に小一郎は銀山が軌道に乗るまで、あまり清洲には帰ってこれなくなるだろう。
「藤吉郎も小一郎も立派な仕事をするんだものね。かーちゃん、応援してるから気が済むまでやっておいで!」
ちょっと悲しそうな顔をしつつも、かーちゃんはそう言ってくれた。
「うん! 俺も兄ちゃんみたいにもっと出世して、かーちゃんのこと楽にしてやるからね!」
小一郎もかーちゃんにこれ以上心配をかけないようにとでも思っているのか、わざと元気良くそう言った。
智も旭も嫁に行ってしまったし、俺と小一郎もしばらく家を空けることになるので、しばらくはこの家もかーちゃんと寧々の二人暮らしだ。
「もし、なにか困ったことがあったら、すぐに又左衞門か七郎左衛門を頼れよ?」
かーちゃんと寧々に言い含める。
「藤吉郎様も、お体に気を付けてくださいね……」
寧々がそっと俺の手を握った。
以前、清洲の城下町を作っているときに俺がぶっ倒れたせいもあるのだろうが、寧々は今回の小牧山の城下町の仕事が始まってから、とても俺の体を心配していた。また無茶をすると思われているんだろうな。
「はい。気を付けます……」
寧々にこんなに心配そうな顔をさせてしまうとは、俺もまだまだだな…。
「絶対に無理はしません!」
そう言って、寧々の目を見つめ、その柔らかい手をぎゅ…と握り返した。
寧々は少し赤くなって目を伏せていた……やっぱり、俺の嫁はカワイイなぁ。
こうして旅立ち前の夜は静かに更けていった――。
・・・・・・・
次の日、朝早くに清洲を出発し、蟹江城へ向かった。
北伊勢攻略を終えて、滝川一益が一度蟹江城に戻ってきているということだった。
蟹江城に付くと滝川一益が歓待してくれた。
「この度は北伊勢攻略ありがとうございました」
「なに。こちらこそ礼を言わねば。藤吉郎殿が殿を焚きつけてくれなければ、儂はまだこの城で待機しておるところだったわ!」
俺が頭を下げると、滝川一益は野太い声で笑いながら言った。
「ご紹介させていただきます。こちらの者は私の弟で木下小一郎と申します。今回、治田銀山の管理と運営を任せる者です。しばらくは治田に常駐させていただきたく、何卒よろしくお願い申し上げます」
俺が紹介すると、小一郎は深く頭を下げた。
「うむ。藤吉郎殿に似て、才気溢れる面構えだな! 治田周辺は儂が責任を持って警備をしよう! 安心して銀をどんどん掘り出してくれ!」
「は。ありがとうございます!」
小一郎がまた平伏した。
「さてと、治田に向かうのは明日で良いな? ではさっそく今日は戦勝祝いだ。酒だ! 酒だ!」
滝川一益が野太い大きな声でそういうと、すぐに酒や食べ物が運ばれてきた。早! 昼間っから宴会する気満々だったのか? このおっさん……。
こうして、またもや俺は蟹江城に一泊することになってしまった――。




