05話 3歳の悩み
・・・ヤエモンの野郎、いつの間に子供作るようなことしたんだ?
夜は4人でせんべい布団で寝てるから、俺が気付かない訳はないと思うのだが。
っていうか、この貧乏生活でもう一人子供増やそうってのはどういう神経してんだよ。これは問いたださねばなるまい。
「とーちゃん。かーちゃんのおなかに赤子がいるのは本当?」
「おお、本当だよ。誰に聞いたんだ?」
「トモ」
本当は二人の会話から察していたのだが、一応トモに聞いたことにする。
「そうか。ヤスケもお兄ちゃんになるんだから、かーちゃんとトモと新しい赤ん坊の面倒をよろしく頼むぞ」
「うん。頑張る。ところで、赤子が増えて食べ物は大丈夫なの?」
単刀直入に切り出してみる。
ヤエモンは途端に困ったような顔になった。…が、すぐに笑顔で俺の頭を撫でた。
「うーん。そうだよなぁ。やっぱりお前もそう思うか、ヤスケ…。心配させてごめんな。けど、父ちゃんはもっと頑張るからな。なんとか家族5人が暮らしていけるだけの働きはしてみせるさ」
そう言って、俺を抱き上げる。
ヤエモンのこういうところは好きだ。俺が困った質問をしても、子供だからと言って邪険にしない。ちゃんと真摯に答えてくれるのだ。
真面目過ぎて損をするタイプなのかもしれないとも思う。けど、こんな親父だからこそ、稼ぎが悪くて一家が困窮していてもなんだか憎めないのだった。
けど実際、ヤエモンが頑張ったところで、今の生活が改善される見込みは薄いように思う。
実際、今は寺からの援助もあってなんとか食べては行けてるが、いわゆる炭水化物以外の栄養素がどう考えても足りていない気がする。生きていくためには健康であることが一番重要だ。
どこまでできるか分からないが、俺も何か食料調達の策を講じなければなるまい。
その日から、寺に通いながらも何か食料調達できる方法が無いか、一生懸命考えた。
主食についてはあわ・きび・ひえといった穀物をヤエモンが確保してくるので十分ではないが手には入る。
目下、足りていないのはやはりタンパク質だろうか。体を作る重要な栄養素だ。なんとか家族で食べていける十分な量を確保したい。肉か魚か大豆か…卵とか牛乳って手もあるな。うん。1個づつ確保可能か考えてみよう。
まずは肉。俺が今一番食べたい物だ。けど、確保するのは非常に難しそうな気がする。まず家畜として牛や豚を手に入れる方法が分からないし、仮に手に入れたとしても屠殺&解体が出来ないだろう。体力的にも…精神的にもかな。
狩猟はどうだろうか。山は近くにあるけど、猪とか鳥とか野生動物を狩るってのも今の運動能力では現実的でない。道具も無いし。
…うん。肉はちょっと現段階だと難しそうだ。残念だが、今のところ×か。肉についてはもう少し大人になったら再検討しよう。
次は魚。海や川が近ければ一番有望だ。
おそらくここは海の近くではなさそうだが、川は確か一色川ってのが近くにあると坊さんが言っていた。
魚の行商人も村によく訪ねてきているし、川魚はいけるかもってことで△。
あ、でも漁業権みたいなのがあると厳しいかもしれない。これは要調査ということで。
次、大豆。この辺りの名産として赤味噌が作られている。うちでもナカが作っているので、大豆はまあ手に入るな。大豆は◎と。だが大量にあるわけではないのでやはり他のものも必要だ。
お次は卵。どうなんだろう。そう言えば村の人たちも含めて、卵を食べてる所を見たことないな。鶏はいつも朝にどこか鳴いているから、居るには居るのだろうが。
鶏が居るなら比較的に楽に手に入りそうな気もする。けどまだ分からないから△と。
誰かにあとで聞いてみよう。
次は牛乳だが。これも牛が居ないとどうにもならない。しかも子供を産んだ牝牛が必要だろ。単独で確保するなら雄牛と牝牛を飼って交配させて、子牛を産ませてからようやく乳搾りだろ。
…うーん、時間も掛かるし難しそう。これが出来たら肉も食えるわ。
ってことで牛乳も×かな。
こうして検討した結果、魚と卵が可能性がありそうという結論に至ったので、次は入手のための具体的な行動に移る。今日の授業が終わった後に動き出すことにした。
まずは基本の情報収集からだ。きょろきょろと周りを見回し、誰か話が聞けそうな人を探す。お、いたいた。例の若い坊さんが寺の縁側を歩いていた。
「先生!」
大きな声で呼びかけると、若いお坊さんは立ち止ってこちらを見る。
「おや、ヤスケ。どうかしましたか?」
そう言ってこちらへ近づいてきてくれた。
「先生。一色川では魚は捕れますか?」
「ええ。もちろん捕れますよ」
「それは誰でも自由に捕れるのですか?」
「…自由には捕れませんね。一色川の漁師仲間に入らなければなりません」
なるほど、やはり権利みたいなのがあるのだな。密漁するわけにもいかないし、新参者が漁師仲間に入れるのか…?
「ヤスケは漁師になりたいのですか?」
俺が難しい顔で考え込んでいると、先生が訪ねてきた。
「あ、いえ。そういう訳ではないのですが、ちょっと興味がありまして…」
さすがに『ヤエモンが頼りないので食料調達の方法を考えています!』とも言えずに言葉を濁す。
「…そうですか。色々なことに興味を持つことは良いことだと思います。一太のお爺さんが一色川で漁師をやっているそうですよ。聞いてみたらどうですか?」
あぁー。イチタね。
俺の脳裏にクラス一の暴れん坊の顔が思い浮かぶ。寺に預けられたときに俺に絡んできたガキンチョの一人でもある。赤ん坊に絡むようなアウトローだ。一筋縄ではいかないだろう。
・・・うーん。気が進まないなぁ。