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転生からの・・・下剋上!!  作者: 緒方理
第三章

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47話 まちづくり

桶狭間の戦いが終わった――。


清洲城で行われた論功行賞では、俺は今川本陣の場所を見つけた手柄で『足軽大将』に出世することになった。「大将」ってなんかカッコいいな。


又左衞門はなんだかたくさん敵の首を取ったらしいが、まだ信長には許して貰えなかったらしく、熱田でしょげていた。しかし、その武功によりいつの間にか『槍の又左』という中二病みたいな二つ名がついており、織田家内での存在感はある意味強まっていた。


後に信長になぜ又左衞門を許してやらないのか聞くと、


「アイツはまだ調子に乗っているから、お灸を据えないといけない」


みたいなことを言っていたので、まあ近々許しては貰えそうな気配ではあるが。



翻って今川家はどうなったかというと、「海道一の弓取り」と呼ばれた大大名の今川義元がまさかの討ち死にをしたことで、領内は大混乱に陥ったとのことだった。


跡を継いだ息子の今川氏真は義元ほどの才覚は無かったようで、混乱に乗じた三河での松平元康の独立を阻止できず、更に遠江での家臣の離反も止めることができなかったという。


今川家が混乱している話を聞いて之綱の動向に気を揉んでいた俺は『遠江の松下家も松平元康の家臣になったらしい』と、七郎左衛門配下の連雀商人から情報を得てホッとした。


之綱も無事だったようだし、松下家も路頭には迷わずに済んでいるようだし、とりあえず良かった。


ところで、『松平元康』ってもしかすると『徳川家康』かな? 徳川の前は松平だったってことはなんとなく覚えてるんだけど、名前がうろ覚えなんだよな~。でも『康』ってついてるしな~。


年齢は信長や俺よりも年下だって聞いたけど、家康っておっさんのイメージしかないから、あんまりヒントにならんし…。まあでも俺らと年齢が近いってことは、可能性は高いってことかな。


桶狭間も織田信長の勝利で終わったし、歴史は俺が習った通りに進んでいるんだろう。もし松平元康が徳川家康でなかったとしても、家康はきっとどこかで世に出てくるはず。


…ということは、やっぱり本能寺の変も起きるんだろうか…。


考えてもしょうがないことだとは思いつつも、心は晴れない。


ああ、また頭が痛くなってきた…。



・・・・・・・・・・・



今川領内が荒れに荒れている中、尾張領内は比較的穏やかだった(信長による美濃攻めで数回の出陣はあったが…)。


そしてしばらくは俺自身も尾張領内のように穏やかな日々を過ごしていた。


時間がある時は、小一郎と槍の手合わせをしたり、寧々ちゃんとお話をしたり、家で旭に勉強を教えたり、寧々ちゃんと町に甘味を食べに行ったり、又左衞門に会いに熱田へ寧々ちゃんとお出かけしたり、平和で充実した毎日を送っていた。


…しかし、いつも通りそんな穏やかな日々は長くは続くはずもなかった。なんて言ったって、俺の上司は信長だからな…平穏な生活なんてもはや無いのかもしれない…。


穏やかな日々を破る爆弾は信長のこの一言で炸裂した。


「藤吉郎を『城下奉行』に任命する! まずは清洲の城下町を堺に負けぬ商業都市にせよ!」


信長に例の清洲の城下町を商業都市にする計画をぶん投げられたのだ。


げげ! 出た! 必殺丸投げ!! これはデカ過ぎてさすがの俺も受け流せない!! 

これは一筋縄ではいかんだろ…しばらくはこの仕事に専念しないといけなそうだ…。


こうして俺は足軽大将としての実務的な仕事は小一郎に任せ、『城下奉行』としての仕事に奔走させられることとなった。


まずは大枠でも町づくり計画を立てなくてはならない…。


信長は実験的な町づくりなので、思いついたことはどんどんやってみろ、と全権を俺に与えてくれた。責任が重過ぎて胃が痛い…が、不思議とちょっとワクワクする気持ちにもなっていた。


以前堺を見学したときになんとなく思ったのは、やはり商業都市にするためには自由競争に則った体制に整備するのが一番早いだろうということだ。俺の中途半端な知識で統制経済なんて制御できないだろうし。


ただ完璧な自由競争はさすがに無理だから、擬似的な自由市場の構築を目指そうと思う。この街では身分に関係なく、やる気とアイデアのある奴が成功する町にしていきたい。アメリカンドリームならぬ、キヨスドリームだ。


とりあえず、自由市場を作る上での現状の問題点を洗い出してみる。以前、信長とも話したことがあったけど、あの時は若干人ごとだったからなぁ…まさか自分でやる羽目になるとは…。


まずはやっぱり座とか問とかの既得権益を持つ集団は無くさないとな、未来の日本なら完全に独占禁止法違反だろ。ってか、そのまま独占禁止法っぽいのを作ればいいのか。


あとは貨幣の統一で取引を円滑にしたいなぁ…清州だけで流通する地域通貨みたいなのを作るとか…?


 私鋳銭(しちゅうせん)で上手くいくかな? 信長の威光で地域通貨に信頼を付与できるか、がポイントだけど、まだ無理かなぁ。 


それか金とか銀を使うか…金山か銀山が尾張にあればいいんだけど。無いよなぁ…

ま、とりあえずは私鋳銭でやってみるのがいいのかな…。


そうなると次は一般的に使われている貨幣と清洲の地域通貨を交換する場所が無いとだめだよな。両替所? いや、そもそも通貨を作らないといけないから必要なのは銀行か?


それと安全に商売をできるように治安にも注意しないとダメだろ。警察みたいなのを置くか。あと必要なのは商売の争いごとを仲裁する裁判所? かな。


新しくやってくる商人や職人たちが住む場所も作らなくちゃいけないし、旅人用の宿ももっとないとダメだな。


色々思いつきはするが、実際に作って運営するとなると人材も必要だな…。せっかくだから学校も作って優秀な人材を集めつつ、育てようか…。


何となく構想が見えてきた所で、信長に報告する。 報・連・相(ほう・れん・そう)は基本ですから。


「うむ、問題ないぞ。藤吉郎に任せる!」


信長は俺の構想を聞くと、ニヤリと笑ってそれだけ言った。


その後は、さっそく各地の商人達に会いに行くことにする。当然、まずは既存の商人達の力を借りなければならないためだ。 


そもそもいくら俺が一生懸命考えても絶対一発で上手くいく訳なんてないんだから、トライ・アンド・エラーで段々良くしていくしかない。早く『やってみる』ことが重要なのだ。


先日の競争入札の際に知り合いになった大商人達に順次会いに行き、俺の構想を話し、町づくりの協力を仰ぐ。商人達もそれぞれ考えを持っているから、議論になる時もあった。その時は徹底的にやるしかない。それでいい案が出てきたら採用する。


こんな感じで一軒一軒への説明に非常に時間がかかるもんだから、しばらくは毎日、熱田や津島に足を運ぶ生活が続いた。


大方の商人達の協力を得られた所で、完全に整ってはいないが『始めてしまおう』ということで、さっそく信長に依頼して清洲城下町に以下の制札を出した。


―清洲城下町では誰でも自由に商売をすることを認める

―清洲城下町では座、問、その他、商売の独占を禁止する

―清洲城下町では悪銭と良銭との交換比率を定める

―清洲城下町では貨幣の交換は『清洲両替所』で行うこと

―清洲城下町では売り上げに対して一定の税率を掛ける

―清洲城下町では治安を乱すものは身分に関わらず警察所(けいさつしょ)に捕縛する

―清洲城下町では争い事は公事所(こうじしょ)で裁くものとする

―清洲城下町では徴収した税で『警察所』『公事所』を運営する


よーし、出しちゃったぞ。もう止められないぞ。町の人達が制札を眺めているのを見て、ドキドキする。


結局、私鋳銭の発行は素材不足と時間不足で間に合わなかったので、貨幣の正式な交換レートを決めただけにしておいた。


貨幣としての信頼が薄い鐚銭(びたせん)のレートは思いっきり低くしておき、あまり流通しないようにしたけど。上手くいくかは分からん。


ああ、早く金山か銀山が欲しいなぁ…。


と、いつまでも無い物ねだりをしてはいられないので、次は実際の町づくりに着手する。商業都市として大きくするにはやはり人をどんどん呼び込まなくてはならないからな。そうなると今の清洲の城下町では手狭だ。


こうして、熱田・津島の商人達にも協力してもらい、清洲の町づくりは大掛かりに進んでいった――。




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