27話 競争入札に向けて
「…大丈夫でしたか?藤吉郎さん」
上段之間を出ると出入り口警護の足軽が心配そうに小声で聞いてきた。
「ああ、全然悪い話じゃなかったよ。心配かけてすまんな…」
俺も小声で返した。
そして、そのまま具足奉行の所へ向かう。・・・と、その前にこの書面になんて書いてあるのか見ておこう。
『先日命令した三間槍の購入については競争入札を行ってみること。競争入札のやり方はこの書面を持って行った木下藤吉郎に任せること。参加する商人に縛りを設けないこと。上手くいったら浮いた分を褒美として与える』
といった内容が書かれていた。
おお、この内容なら変に取り繕ったりしなくても大丈夫そうだ。
急いで具足奉行の所へ向かう。具足奉行は城の武器・防具の管理のトップみたいなものなので、城の武器庫の出入口に設置してある部屋に居ることが多いらしい。
「失礼いたします。足軽組頭の木下藤吉郎と申します。こちらに赤川様はいらっしゃいますでしょうか」
入り口付近に居た若者に声を掛ける。
「はい。あちらに居らっしゃいますが」
若者は奥に座る武士に目線を送る。
「ありがとうございます」
こちらに気付いた具足奉行が、
「何用じゃ?」
と声を掛けてきた。
「殿のご命令書をお届けにまいりました」
「む?命令書だと?どれ、見せてみろ」
俺の手からひったくる様に書状を奪う。
「…なに?これはどういうことだ?」
命令書を読んだ具足奉行は少したじろいだ様子で質問してきた。
ま、そうだろう・・・何もせずに100貫文抜こうとしてたところだもんな。
「清洲城に新しい城下町を作るにあたって、多くの商人を呼び寄せたいと殿はお考えだそうで。そのための施策の一つとして今回の三間槍の購入も活用せよとのことでした」
あくまで信長の指示であることを強調する。
「…むむ、なるほど。では、この件についてはお主に任せれば良いのだな?上手くできるのか?」
「はい、お任せください!必ずや成功させてみせます!」
「うむ。…では、褒美の方は二割…いや三割をお前にやろう!しっかり安く仕入れよ!」
「はい、ありがとうございます。しかしながら三割は頂き過ぎかと…一割で結構です。このような大きな仕事を任せて頂けるだけでありがたいです!」
「む?むむ、そうか。では一割にしよう。しっかりな」
何もしないで七割取ろうとするとはな。で、こっちが辞退すると喜んで自分の持ち分を九割にする。やっぱり強欲系か…ってことはちょっと釘をさしておいた方がいいかもな。
「始めるにあたって、念のためお気を付けいただきたいのですが…。ご存じかもしれませんが、競争入札に参加する商人達のうち、もしかすると何人かは賄賂をちらつかせてくる場合があるかもしれません。しかし、それは商人の作戦です。乗ってしまいますと、後々までその件で弱みを握られ、いづれ御身を滅ぼすことにもなりかねない場合がございます。くれぐれもお気を付けくださいませ」
もう誰かしらに既に弱みを握られてそうな気もするけど…。
「む!それは…そうだな。気を付けよう…」
「はい。それでは私は準備を始めますので、引き続きよろしくお願いいたします。まずはいつも武具を購入している商人の方へ筋を通しておこうと思うのですが、この城の武具購入はいつもどちらにお願いしているのでしょうか?」
「おお!そうだな。津島の大橋殿にはきちんと説明をしなくてはなるまい。いつも大橋家関係の商人に注文をしておるのじゃ。藤吉郎とやら、まずは大橋殿の元へ説明に行くが良い!」
「津島の大橋殿…。殿の姉君が嫁がれている大橋清兵衛様でございますか?」
「うむ。そうじゃ、頼んだぞ」
なるほど津島の大橋家がこの城の御用商人の元締め?ということかな…。
行商をやっていた頃は熱田系列の連雀商人集団に所属していたから、津島の大橋氏の話は良く耳にしていた。ま、もちろん良い話では無かったけど。熱田は津島のことをライバル視していたからな、直接的では無くてもよくお互い牽制し合っていたし。
俺は直接敵対したことはないから大丈夫だとは思うが、熱田商人と繋がっていると思われると厄介だな。慎重に行こう。
信長も御用商人が自分の姉婿の家だって知らないはずは無いよな。知っていて「参加する商人に縛りを設けないこと」という一文を入れているってことだ。…いや、むしろ知っているからこそわざわざ入れてくれたのだろう。ありがたい。
少し考えたが、今後の為にも説明しない訳にもいくまい。具足奉行はまったく自分で行く気は無さそうだし。
「はい!それではまずは津島の大橋様へご説明に伺います」
念のため、具足奉行に紹介状を書いてもらい、それを持って行くことにする。よし、さっそく明日津島に行ってみることにしよう。
その後は、一若の職場に顔を出し、例の小者の若者を少し呼び出して今日の出来事を話す。
「…と言う訳で、とりあえず三間槍の問題はなんとかできそうだ。お前が悩む必要は無くなったぞ」
「…は、はい。ありがとうございます。もう最後は辞めるしかないと思ってたので…本当にありがとうございます!」
「いいって。それより、お前の実家は商人だと言っていたよな?津島の大橋家について何か聞いている話はないか?なんでもいいんだが…」
「津島の大橋家ですか?…でしたら、父が時々取引をすることがあるようですので、父に聞けば色々と知っているかもしれません!藤吉郎さんにお礼もしたいですし、ぜひ父を紹介させてください!」
「そうか。じゃあ、頼めるか?」
「はい。父は那古野に居るので、さっそく文を送って呼び出しましょう」
「ああ。そうか、那古野なのか…。いや、じゃあ急いでいるし俺が直接行くよ。場所だけ教えてくれ」
「そうですか…分かりました」
そう言って、青年が教えてくれた場所はなんだか覚えのある店だった。
・・・寧々と行ったあの具足屋じゃねーか!