20話 少年の涙
少年を背負い、急ぎ足で中々村の我が家へ戻る。
「小竹!お前の服で、きれいなヤツ持ってこい」
「かーちゃん!!智、ちょっと!」
小竹に指示を出し、二人を呼ぶ。
「なに?どうしたの?」
かーちゃんと智が家の中から出てくる。
「事情は後から説明するから、布団敷いて、お湯を沸かしてもらいたいんだけど」
「・・・わかったわ、かあさんはお布団をお願い!旭!!裏から薪持ってきて」
智がすぐに異常事態に気付き、テキパキと対応してくれる。おお、デキる女!!助かる!!
俺は一旦土間に少年を下ろし、濡れた衣服を脱がせて体に着いた泥や草などを拭いてやる。うん、とりあえず怪我はしていないようだ。そのまま小竹の持ってきた服を着せ、布団に寝かせる。
「・・・で?」
まだ目を覚まさない少年の顔を覗き込みながら、智が口火を切った。
俺は河原で起きた出来事をかいつまんで話す。
「・・・上総介様のところにってことは、この子は重要な人物ってこと?」
智が的確に事の重大さを指摘する。
「うーん。おそらくなぁ。助けた男の言動からも…着ていた服からも…かなりの立場の人間だと思う」
「着ていた服?」
俺の言葉から、みんなの視線が土間に脱ぎ捨てられた湯帷子に集まった。説明を続ける。
「ああ、湯帷子についてる家紋がな…。足利家に関係する家紋に似てるなぁって」
「はぁ!?足利って?将軍家の??」
「うーん。まあ、かもしれないくらいだけど…」
実は『丸一印の木綿針』のブランドロゴを決めるときに、商人仲間から『引両紋』という家紋に似ているということを教えてもらったのだ。その商人は『引両紋』は有力な武家の家紋の場合もあるから目を付けられないように注意しろよ、みたいな注意喚起をしてくれたのだ。
結局、言われたら取り下げようと思ってロゴはそのまま使ったけどね。商標権の侵害で訴えられることも無いだろうし。
まあ、でもその時にある程度『引両紋』を調べた中に足利二つ引という家紋があったのだ。足利将軍家に連なるということだが、有名な家紋を真似して使うとかいうこともあるかもしれないし、完全に信用できる情報ではないかもだけど。
「・・・兄ちゃん。起きた」
ずっと、少年の様子を見守っていた小竹が小さく呟いた。
少年が目を開けていた。記憶が混乱しているのかもしれない。ぼーっと天井を見上げている。
「大丈夫ですか?」
声を掛けてみる。少年が顔をこちらに向けて、不思議そうに俺を見た。
「川で溺れたことは覚えてますか?」
その質問で少年の顔が歪んだ…
「・・・覚えている。ここはどこじゃ?太田はどこじゃ?」
「ここは一色川の近くの中々村です。…太田という方は存じ上げませんが…」
…少年を抱えていた男の事だろうか?
「まぁまぁ、まずは落ち着いてこれでも飲んでくださいな」
かーちゃんが重湯を持ってきてくれた。小竹が少年の脇を支えて布団から起こしてあげて、重湯の入ったお茶碗を渡す。
小竹は同じくらいの年齢の少年が辛い目に合っているのを見て、不憫に思っているようだ。非常に気を使っている様子が垣間見える。
「すまぬ・・・」
そう言って少年は重湯をゆっくりと飲んだ。ほぅっと息を吐く。心なしか顔に赤みも戻ってきたようだ。
少し落ち着いたようなので、質問を続けることにする。
「あなたのお名前は何と言うのですか?」
「・・・」
「一色川で何があったのですか?」
「・・・」
少年は答えない。警戒しているのだろうか?ではまずは警戒を解くのが先か…。
「あなたと一緒に居た方に、あなたを那古野城へ連れて行ってほしいと頼まれました。体調が良くなったらお連れしようと思っていますが、それでいいですか?」
「・・・」
うーん。何を聞いても押し黙ったままだ。どうしよう・・・。
ずいっと、智が前に出る。
「あなた?お侍かしら?それともどこかの村の子?」
「・・・わしは・・・侍じゃ」
「そう。じゃあ、状況は分かるでしょ?私たちはあなたを助けてあげて、この後も助けてあげようとしてるの。そのためには情報がいるの。分かった?」
智に咎められ、少年は一瞬泣きそうな顔になった。
「…君を助けた人に約束したんだ。君を必ず那古野城に連れていくって」
小竹が静かに少年に語りかける。・・・とたんに、少年の目から大きな涙が溢れてきた。
「…ち、父上が織田大和守に…殺されたと…。早馬で聞いた後、すぐに敵が襲ってきて…。皆、川狩りで軽装だったし…、太田が…ワシだけでも逃げろと…川に…」
少年は潰されそうな不安の中で大分強がっていたのだろう。堰が切れたように涙をボロボロ零しながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。小竹が優しく少年の背中を擦っている。
・・・にしても、コレは想像以上にヘビーな案件だわ・・・織田大和守に父親が殺されたって…。
「あなたのお名前は?」
再度質問する。
「…し、斯波…岩竜丸…」
『斯波家』
尾張守護。尾張で一番偉い家。足利将軍家に繋がる名門の家柄。うん、モノホンの坊っちゃんだわ。
「三郎に先に知らせておく!」
岩竜丸の話を聞きながら、何やらメモっていた智がそう言うや立ち上がった。
「へ?三郎?どういうこと?」
「ちょっと来て。小竹、その子のコトよろしくね」
キョトンとする俺の腕を智が引っ張る。そのまま家の裏手の林に連れて行かれる。そこには鳩小屋があった。
「落ち着いたらあんたに話そうと思ってたんだけど…」
と、智が小屋から鳩を三匹出しながら言う。普通の鳩だ。
「私、この子達を使って、三郎に情報を送る仕事をしてるのよ」
とんでもない事をサラリと言ってのけた姉に驚愕する。それってスパイかなんか??
「あの子の事、三郎に連絡するわよ。どうせ那古野城に行くんでしょ?先に準備しててもらいましょ」
「えーっと。念のため聞くけど、三郎って、織田上総介信長様のことだよね?」
「そうよ」
まぁ…那古野城に連れていく時に、先に話が通ってた方がいいか。
「うん。連絡してもらえる方がありがたい」
「まかせといて。…よし、これでいいわ。お前達、頑張ってね!」
智は3羽の鳩の足に小さな筒のような物を取り付けて、空へ放つ。バタバタッ・・・と力強い羽ばたきで鳩が青空に飛んでいった。
「なんで3羽飛ばしたの?」
「・・・1羽だけだと届かない時があるからよ」
「へぇー」
もっと他に聞くべきことがあっただろうに、俺はそんな質問しかできなかった。
「弥助…」
智はまだ俺を幼名で呼ぶ癖が抜けてない。
「あんた、とんでもないことに首を突っ込んだってことに気付いてるわよね?」
「・・・うん」
「ま、あんたが行ったら三郎喜ぶわよ」
智がいたずらっぽく笑った。
はい、分かってます。
これは強制的に信長ルートに乗せられたってことですよね・・・。




