17話 帰省
3年ぶりに尾張に帰ってきた。
中々村の実家ではみんな変わらず元気に過ごしていた。
ナカは前にも増して益々たくましくなっていた。シングルマザー歴11年の猛者だからな。肝っ玉かーちゃんの典型とも言うべき形状に進化していた。けど、かーちゃんは俺が無事に帰ってきたのを見て、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「なんだい、随分大きくなって…。もう抱き上げてやれないじゃないか」
「当たり前だろ!成人した息子に何言ってんだ!!」
「あら?あんた成人したのかい?いつの間に・・・」
なんて、笑い話みたいな会話をして、お互いさっそく笑いあった。
智は俺が言うのもなんだが、結構な美人さんになっていた。今は家の仕事の他にお寺で読み書きを教えたりもしているらしい。20歳だが、縁談の話が来ても断ってしまうらしく、かーちゃんがちょっと愚痴ってた。俺は敢えてそこには触れないスタンスを貫こうと思う。絶対地雷な予感がする。怒らせると怖いからなオネーサマは。
小竹はもう14歳だ。今は家の仕事を手伝っているとのことだが、智が言うには『とても優秀な良い子』らしい。俺に久しぶりに会えたってことで、凄く喜んでくれてるし。うーん、さすが俺の弟。愛い奴じゃ。俺の新しい就職先が見つかって落ち着いたら、小竹の将来の相談にも乗ってやろう。
旭は11歳か。かなり可愛らしく成長している。智の小さい時に似てるから、将来も期待できるであろう。ちなみに性格は智とは正反対だ。今も俺に会うのが気恥ずかしいのか、小竹の後ろに隠れている。旭が生まれてからずっと俺は行商に出ちゃってたからあんまり会えなかったんだよなぁ。ちょっと寂しい…。単身赴任で娘に『パパ見知り』される寂しさが初めて理解出来たわ。
久しぶりの我が家は、狭いながらもやっぱり幸せな場所だった。家で食べる夕食は、舌に馴染んだ懐かしい味でおいしかった。雑穀の入った麦飯、魚の干物やかーちゃんが作った味噌で作った野菜たっぷり味噌汁、卵、野菜の煮物…百姓の家で食べる夕飯としたら結構贅沢だろ。
お腹がいっぱいになり、俺が土産に買ってきた茶を飲みながら、家族水入らずで過ごす。幸せな時間だなぁ。
「そう言えば、丁度あんたが松下屋敷で奉公を始めた頃、一太も織田上総介様の下で働くようになったのよ。今は小者頭?ってのに出世したとか言って、この間自慢されたわ…」
「へー」
唐突に、智が一太の近況を教えてくれた。ほほぅ、あの一太が信長の下にねぇ。
「で、あんた。知ってたの?」
「…?何を?」
智がジロリと俺を見る。…な、なんだよ。
「…三郎が、織田上総介様だったってことよ!」
「三郎って…?は?あの三郎!!??」
なんだ、知らなかったの。と、智はあからさまに表情に出した。
「そう、あの三郎よ。あんたの事だから知ってて隠してたのかと思ったら違うのね」
隠すかよ、そんなこと。俺の事なんだと思ってんだ?この姉は…。
「で、その三郎っていうか上総介様が3年前にお寺を訪ねてきたの。先生に会いに来たらしいんだけど。それで、上総介様へ挨拶に行ったら三郎がいるんだもん。本当にびっくりしたわよ」
「へー…それは…そうだろうなぁ」
俺だって信長の顔見たら実は知り合いだったなんてなったら、びっくりする自信あるわ。
「あんたが戻ってきたら顔を見せろって言ってたけど、どうする?」
「へ?誰が?」
「だから、三郎が!」
「へ?三郎…ってか上総介様が?なんで?」
「雇いたいって」
・・・マジか!!??
・・・ハハ、これはやっぱり俺、豊臣秀吉だわ。このフラグはほぼ当確だよな??普通、織田信長の家来になんて早々なれないもんだろ?・・・うわぁ、どうしよ。
「…考えてみる」
混乱してそれしか言えなかった。
「分かったわ、決まったら教えて。一太を呼んで色々手筈を整えてもらうから」
智もそれ以上は言ってこなかった。が、一つ付け足した。
「あ、それから。お寺にはもう先生は居ないからね。相談しようと思ってるなら諦めなさいよ」
「え!先生居ないの?なんで??」
「京都のお寺に呼ばれたんだって。三郎が寺に訪ねてきた後に割とすぐに行っちゃった。もう戻ってこれないだろうって…。だから、次の先生が来るまでの代理で私が寺で教えてるのよ」
あーそういうことなんだ。
そっか、先生にお別れの挨拶もできなかった訳か…。これはいつか京都に行ってこないとだな…。
それにしても3年帰らなかっただけで、結構ウラシマになっちゃってたな。
信長の所で働くかどうかは後で考えるとして、とりあえず明日は知り合いに挨拶回りでもしよっかな…。
ふと、気付くと旭がおずおずと近付いてきた。俺達の話が終わるのを待っていたらしい。
「あ、あの。兄ちゃん…。この櫛ありがとう…」
俺が旭のお土産に買ってきた櫛を持って、わざわざお礼しにきた。グハ!なんだこの破壊力!!弟も可愛いけど、妹はやっぱ別格だな!!すまん、小竹!!!
「ああ、気にいってくれたかな?旭に似合いそうだなーって思って買ってきたんだ」
「うん!すごく素敵!本当に嬉しい!」
キラキラと瞳を輝かせてハシャグ旭を見て、小竹が優しく旭の頭を撫でた。
「良かったなぁ、旭」
うぉ!!さりげなく頭を!!小竹の方がお兄さんらしい!!!ぐぬぬ…うらやまけしからん!!
まずいな。お兄ちゃんスキルはどう見ても小竹が上だ。早く出遅れた分を取り戻さねば。
俺が焦っているとも知らずに、小竹は旭とジャレながら朗らかに笑っていた。
…けど、まぁ。小竹になら負けてもいいか。
こんな何気ないやりとりが幸せだなぁ、と改めて思うのだった。




