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01話 新生児

体中が締め付けられる苦しさで俺は意識を取り戻した。


目が上手く開けない。手足も動かない。真っ暗やみの中で体中がぎゅうぎゅうと押されるような感触だけが分かる。とにかく苦しくて、不安が募る。


(ここはどこだ?俺はどうなっちゃったんだ?)


暖かな場所にいるのは分かった。ただとても狭いところに閉じ込められているようだ。


「ほら!もうすぐだから、頑張って!!」


突然、大きな声が聞こえた。女の人の声だった。

その瞬間、ひときわ強い圧力で体中が締め付けられた。


(ぐわ!潰れる…)


そう思った瞬間、ぐいっと頭を引っ張られたかと思ったら、急に冷たい空気が顔を撫でた。

グルリと体が回る感覚と共に、今度は体中が冷たい空気に晒された。


(寒っ!!)

「おぎゃ!!」


「寒い」と言おうとしたのに、変な声が出た。なんだコレ?

そして気付いたら、さっきまでの圧迫感はなくなっていた。背中に誰かの暖かい手が触れている。


「ほら、男の子だよ!ヤエモンさん。あんたの息子だよ!!」

「ナカ!でかしたぞ!!」


さっきの女の人と、今度は男の人の声もする。

ああ、なんか知ってるわ。このやり取り。これってあれだろ。出産シーンだろ。

あー、何?俺、生まれちゃったの?今?36歳なのに?


まったく何が起きたのか分からなかった。

目は開けたものの、ぼんやりとしてよく見えない。手足も動かすことはできるが、力を入れることはできない。耳は聞こえるけど、話は出来ない。泣くことはできる。そして、なんとなく分かるのは自分の体がやはり新生児のようだということだった。


「坊もよく頑張ったね。今、綺麗にしてあげるからね」


さきほどからよくしゃべる女の人は、どうやら助産師さんのようだ。生まれたばかりの俺の体をお湯で洗ってくれて、布のようなもので包んでくれた。


「ほら、ナカさん。ぼうやを連れてきたよ」


そういうと助産師さんは、俺を誰かに手渡した。

俺を受け取った人は、やさしく俺のほっぺをつつく。顔はよく見えないけど、女の人のようだ。


「ふふ、かわいいねぇ…」


とてもやさしい声だった。聞くだけで穏やかな気持ちになった。

ああ、この人が「お母さん」なんだ…。そう思うと同時に眠気が襲ってきた。

・・・俺はまた意識を失った。



俺が生まれて、3日経った。


俺は「ヤスケ」と名付けられた。父親は「ヤエモン」、母親は「ナカ」というらしい。なんだか全体的に古めかしい名前だ。


一体、自分はどうなってしまったのだろうか。36歳の俺の体はどこに行ってしまったのだろうか?やっぱりこれは、生まれ変わったということなのだろうか。ってことは36歳の俺は死んだのか?それとも妙に長い夢?いくら考えても答えは出ない…。


新生児の体だからだろうか。とにかくすぐに眠くなる。

なんとか眠気を我慢して目を開く。相変わらずぼんやりとしか見えないがそれは仕方ないのだろう。


はじめのうちは目が見えないことに焦ったが、新生児はよく目が見えていないと昔誰かに聞いたことがあったし、徐々にではあるが日ごとに周りの風景の輪郭が見え始めてきたので、そのうち見えるようになるだろうと思っている。


ただ、耳からしか情報を得ることしかできないので、なかなか自分が置かれている状況が分からないのがもどかしい。


「トモ!ヤスケにいたずらしちゃダメよ!」


そうそう。この3日間で得た情報としては、俺こと「ヤスケ」には、3歳のお姉ちゃん「トモ」がいることが分かった。今も俺のほっぺをつねったり、ひっぱったりしている。結構痛い。3歳の幼女に成す術もなく、蹂躙される我が身の儚さよ。と、クールに耐えてみせる。一応、精神年齢はオッサンだ。幼女に泣かされてたまるか。


「トモも、ヤシュケのおせわするー!」


突如、叫ぶと「トモ」は俺のゴワゴワの布でできたおむつを外し始めた。おい、やめろ。今、ちょうど尿意を感じてるんだ。このタイミングで外すんじゃねー。


お母さん!こっち見て!早く!!ああ、ダメだ!気付いてない!!仕方ない・・・伝家の宝刀を使うときが来た・・・。


「うわぁぁぁぁぁん!!!」


俺は大きな声で泣いた。


だが、その瞬間、うっかりおしっこも一緒に出てしまった。新生児って全然おしっこ我慢できないもんなんだな…。


精神年齢36歳のオッサンなのに、幼女に泣かされた挙げ句にお漏らししてしまいました…。色々キツい。


「うわぁぁぁぁぁああああん!!!!おしっこ、ついたぁああ!!」


と、俺よりもさらに大きな声で「トモ」が泣いた。

あれ?おしっこかかっちゃった?ごめんね?でも自業自得だよね。けけっ、ざまーみさらせ。


あ、良く考えると、これが初の「きょうだいゲンカ」か?俺は元々一人っ子だったから、本当に初めてのきょうだいゲンカだ。実を言うと結構キョウダイってやつには憧れを抱いていた。これはちょっと嬉しいぞ。とりあえず、これからもよろしくな、トモ。


・・・・・・・・・・・・・



それから3か月経った。


ようやく、ある程度周りの状況が分かるくらい目も見えるようになってきた。耳から集めた情報とも併せて、色々と今の状況も明らかになってきた。


まずこの家の家族構成は、父:ヤエモン、母:ナカ、長女:トモ、長男:ヤスケ()の4人家族で間違い無いようだ。

家は木造で、板敷きの床だ。フローリングとか言うレベルじゃなく、マジの板敷き。床下からのすきま風が半端なく冷たい。

夜はこの板敷きに薄っぺらい布団を二枚敷いて、4人で寝る。掛け布団も薄っぺらい。寒いのでアットホームに家族みんなでくっついて寝るのだ。

部屋はおそらくこの居間兼寝室が一部屋とあとは台所とお風呂、トイレがありそうな感じだった。トイレは(カワヤ)と呼んでいるようだが…。


ここにきて、俺も認めざるを得ないのだが、明らかにこの家は貧乏なようだ。しかも半端ない貧乏。新しい人生が始まったにしても、いきなりハードモードな予感しかない…。


それにもうひとつ、ヤエモンとナカがとても気になる会話をしていたのだ。


「オダ様が近々、イマガワ様と戦をされるらしい…」

「…やはり噂は本当だったのですか」

「うむ。足軽衆にもほどなく正式に出陣の命が出るだろう…」

「一体、オワリの国はどうなってしまうのでしょう…」

「…」


オダ、イマガワ、オワリの国。

織田、今川、尾張の国。

戦、足軽衆、出陣…。


これらの会話から連想されるのは何だろうか。

嘘だろ?そんなことあるか?

けれど俺の知識からだと、どう考えても一つしか思い浮かばない。。。


・・・ここは戦国時代なのか・・・?


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