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15話 松下屋敷

次の日、さっそく松下屋敷へ再訪した。相変わらず、藤の花が綺麗に咲き乱れていた。

昨日の門番が俺の姿を見つけると、声をかけてきた。


「ごくろう。話は聞いておる。殿が待っておる故、こちらへ参られよ」


へ?殿?なんだよ、あのおっさん誰に何を話したんだ??


突然の展開にドキドキしながら、門番についていく。そのまま屋敷の一角にある座敷に案内される。そこには誰も居なかったが、門番は「ここで待つように」とだけ言って立ち去って行った。


しーん…。とっても静かだなぁ。

なんて思っているうちにドタドタ…と何人かがこちらに歩いてくる音が聞こえた。


「ようきたな!弥助!」


昨日のおっさんが何人かの取り巻きを引き連れて、ガハハと座敷に入ってきた。

昨日よりも立派な服を着ているので、とても偉そうに見える…っていうか、もしかして偉い人だったワケ?

呆気にとられていると、お付きの一人がおっさんの紹介をしてくれた。


「松下源太左衛門様である」


松下源太左衛門長則!!殿様じゃん!!おっさん、早く言ってよ。なんで行商人の対応してんの!?


「まぁまぁ、そう固くなるな。して、我が家で奉公する気になったかな?」

「は。ぜひともご奉公させていただきたく参上いたしました」


こんな感じでいいのかな?武家の偉い人となんか話したことないから分からん…。

言葉遣いが悪い!とか言っていきなり切腹とかないよね…?ドキドキしながら頭を下げる。


「うむ。良い良い、表をあげい。弥助はこう見えて中々の多識じゃ。更に算盤も使いおる。左助の小姓にしようと思うての」


あれ?納戸役の手伝いじゃないの?佐助って誰だ??


「御屋形様!このような下賤の者を若のお小姓とされるとはどういう…」

「儂が決めたのじゃ」


お付きの人の言葉を遮って、松下の殿様(おっさん)はそう言いきった。

ああー。若ってことはこの家の坊っちゃんね。坊っちゃんのお付きをするってこと?


「と言う訳で、わしの倅の佐助に昨今の世の中の事柄や市井の者たちの生活ぶりを教えてやってほしいのじゃ。それに算盤もな。…よし、佐助を呼んでまいれ」


呼ばれて来た佐助はいかにも坊っちゃん風な雰囲気だった。親父の豪胆さをまったく受け継いでないように見える。大人になっても絶対にガハハなんて笑わないタイプだな。


こうして俺は松下屋敷で佐助付きの小姓として働くこととなった。働き始めてから分かったのだが、佐助と俺は天文6年生まれの同い年であった。


「弥助は凄いな。とても私と同じ年とは思えない。どうしてそんなに色々な物事を知っているんだ?」

「それは…長年行商をやっていたからでしょう。色々な土地で商売をしていると自然と色々な情報が入ってきますので…」


実際は自ら積極的に情報を集めていたのだが、自慢する様に聞こえるのも嫌なのでそこはオブラートに包む。


佐助は偉い人の息子の割にあまり俺に威張るようなことはしなかった。それどころか俺が佐助の知らない話を教えると尊敬もしてくれた。


同じ歳ということも手伝って、俺と佐助は段々と主従関係というよりも友達に近い感覚になっていった。もちろん、だからと言ってタメ口で話したりなんてしないけど。


世間の情報や算盤を教えてくれる代わりにと言って、佐助は俺に乗馬や剣術・槍術・弓術などの武芸を教えてくれた。線が細いように見えた佐助ではあったが、さすがは武家の子。一通りの武芸はこなせているようだった。


武芸については、俺は全くの素人だ。はじめは全然佐助に敵わなかった。しかし鍛錬するうちに段々とコツをつかみ、互角とまでは行かないがお互いに修練が出来るくらいの組み手は出来るようになった。


ちなみに佐助と武芸の鍛錬をしているときに、殿(おっさん)が稽古をつけてくれる時もあった。殿(おっさん)は槍の名手らしく、槍の基本型の他、実戦で役立つ型なども教えてくれたし、見ているだけで物凄く槍に愛着を持っていることが分かった。…だからあの火縄銃の話が出たときにちょっと凹んでたんだな。


「弥助は中々良い体つきをしておる。体の使い方も中々のものだし、鍛錬に励めば、良い武者になれるぞ」


と、殿(おっさん)に褒められたこともあった。

体つきはあれだな。小さい時からしっかりタンパク質を取ってたからだな。それにトモが密かに用意してくれてた牛乳。あれも良かった気がする。


また武芸だけでなく、佐助の学問の先生が来るときには同席して授業を聞くことも許された。授業の後に佐助と一緒にその日習った授業の内容について議論するのがお互いの楽しみにもなっていた。


ちなみに、松下屋敷は実際に大変な人手不足なようで、納戸役の手伝いもなんだかんだで俺がやることになっていた。

あの日行商人の俺の対応に殿(おっさん)が出てきたのも、ただの情報収集だけではなくて、実際に金の出し入れを許された人が丁度居なかったから、というのもあったらしい。


そんなことあるか??と最初は思ったが、あの殿(おっさん)ならやりかねないな、と最近は納得している。殿(おっさん)は案外実利主義者のようで、出来る者が居ないなら儂がやろうくらいのスタンスなのではないかと考えている。うん俺は嫌いじゃないよ。そういうの。


というか、だからこそ俺を雇って跡継ぎの小姓に抜擢するという発想になるんだろうな。血縁とか出身とかを気にするような殿さまだったら、今頃俺こんなところにいないだろうし。


と言う訳で、できるだけ殿(おっさん)のお役に立ちたいということで、納戸役の手伝いも目下最大限の力で業務に当たっております。


屋敷で使う商品の仕入れは主に弥七郎に頼んでいたから、昔の伝手で良い品を安い値段で購入することが出来ていた。そのおかげで大幅な経費削減にも繋がり、先日は殿から直々にお褒めの言葉もいただいた。まぁ、本職ですから!…と思いつつ口には出さない。調子に乗るな!と怒られるからな。きっと。


松下屋敷での生活は順調な滑り出しであった。



・・・・・・・



松下屋敷で働くようになってほぼ1年が過ぎた頃、突然俺は元服をすることになった。


実は少し前に佐助が元服をした。名を「松下加兵衛之綱」と改め、松下家の家督を継いだのだ。

そしてどうやらその後に佐助が長則(おっさん)に俺も元服させてやってほしいと頼んでくれたようなのだ。


「父上。弥助も私と同じ歳です。私だけが元服をして、弥助ほどの者を元服させないのは道理が通りません」


と直訴したらしい。ってか、そんな大げさな。相変わらず真面目過ぎるな、佐助…おっと、之綱は。


だが、そのおかげで俺は長則(おっさん)を烏帽子親にして、元服をすることになったのだから、之綱には感謝しないとな。


・・・なんて、始まる前は他人事っぽく考えていたのだが、いざ長則(おっさん)に烏帽子を乗せてもらう瞬間には、こちらの世界に生まれてきてからの事を思い出して、嬉しいような寂しいような楽しいような憂鬱なような、なんとも表現し辛い心境になっていた。


…俺が元服か…信じられないな。この世界に来てもう15年経つんだな…


長則(おっさん)は俺に烏帽子を被せると朗々とした声で、俺に語りかける。


「弥助。お主と出会ったのも今日のように藤が美しく咲いている頃であったな。今後も藤のつるのように強い縁を結んでいけるよう字を『藤吉郎』とせよ。そして、名は『秀吉』じゃ。お主は、めでたい程の秀でた才を持っておるからのぅ。しかと名に刻み、この戦国の世で立身いたせよ…。今日からお主は『木下藤吉郎秀吉』を名乗るが良い!」

「ハハッ。ありがたき幸せ…」


俺の新しい名前は『木下藤吉郎秀吉』か・・・ついに俺も大人の仲間入りか・・・

…って、木下藤吉郎秀吉?・・・あれ?なんか聞いたことないか??


木下藤吉郎・・・木下藤吉郎秀吉?・・・豊臣秀吉?


いやいや。豊臣秀吉は織田信長の家来だったはず…。遠江になんて来てないだろ?


来てないよね?ね?



俺がプチパニックに陥っている間に、元服の儀は滞りなく進んでいくのだった。





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