12話 6歳の起業
ヤエモンが死んだ。
物心ついてから、身近な人が亡くなった経験のない俺には、こんなに人があっさり死ぬなんてなんだか信じられなかった。自分がいかに死が身近にある世界に来てしまったかを今更ながら実感した。
死別の辛さを味わって、俺は赤子の時以来初めて涙を流して泣いた。トモも泣いていた。
小竹は意味が分かってないのだろう、キョトンとした顔をしていたが、俺らの様子を見て「とーちゃんが動かない」ことに気付いて一緒に泣きだした。ナカも泣きそうな顔をしていたが、気丈に耐えていた。
ぐしょぐしょになるまで泣いて、泣き疲れてそのまま寝た。
朝起きた時には強い決意が、俺の中に芽生えていた。
・・・戦の無い世界を作る。
いくら家族を守ろうとしても、戦が始まってしまえば俺らのような百姓はあっさり巻き込まれて死ぬ。であれば、戦自体を無くすのが一番手っ取り早い。俺にどこまでできるか分からないが、ブーストかけてさっさとこの戦国時代を終わらせるように積極的に動こう。
取り急ぎ、やるべきことは何か。これも答えは出ていた。
・・・金を稼ぐ。
結局、この時代でも金か…とちょっと自嘲する。
しかし、戦国時代では各大名が自分の領土の経済発展に力を入れたと言うし、取り急ぎ経済力を持っていれば武力にもある程度対抗できるだろう。
ここは一つ経済戦争で殉死を遂げた伝説の社畜の力を存分に見せつけてやろうではないか。
うーん。自分で言ってて虚しいな。この人生ではせめて社畜から企業戦士くらいにはジョブチェンジ出来る様にしよう…。
まずはヤエモンの遺産を種銭にして商売をすることにした。
トモにも相談した結果、ヤエモンの遺産は俺に一任してくれることになった。これはますます失敗は許されない。トモには出資してもらったということで利益の50%を渡すようにしよう、と心に決める。
色々と考えたが、今俺が一番手っ取り早く始められるのは物売りだろうと考えた。商品を仕入れて売って差額を儲ける。販売する商品ももう決めた。『木綿針』だ。
俺が赤子の頃に手に入れた最初の木綿針をナカは大切に使っていたが、2本あった内の1本は無くしてしまい、もう1本は折れてしまっていた。その後、なんとかもう2本手に入れて大切に大切に使っている。木綿針は案外消耗品なのだ。
さらに良い事にはどうやら隣の三河が木綿の産地らしく、尾張でも木綿はどんどん使われるようになってきていた。木綿あるところに木綿針の需要あり、だ。
そして、この木綿針を移動販売で売るのがポイントだ。より需要の高いであろう三河方面に向かって売り歩く。そしてできれば三河に着くまでに針はある程度売ってしまい、針を買ってくれた人に木綿の御用聞きをして、帰りは三河木綿を仕入れてそれを配達しながら尾張に帰ってきたいと考えている。帰りも無駄にしない。いわゆる行商だが、それを更に進化させた行商の二毛作だ。
行商を選んだのには、もう一つ理由がある。それは情報収集のためだ。いつの世も情報を制する者が全てを制するのだ。そして情報は待っていても入ってこない。足を使って取りに行かなければ。これは社畜としてルートセールスをしていた時の心得だ。
これまでは寺にしか情報を取りに行けていなかったが、より積極的に広範囲の情報収集に努めることにする。慣れてきたら、遠江や駿河まで足を延ばして情報を取るのもいいかもしれない。一応今この辺りで勢いがあるのが駿河の今川義元だからな。織田信長の名前をまだ聞かないから、桶狭間の戦いはまだ起こらないだろうし、動向を探って置いた方が良い気がする。
出来れば家に居て、家族の皆が危険に晒されないように見守って居たい。けれど、今の俺の力だけではいざ事が起こった時に対抗するための力が圧倒的に足りない。ヤエモンの時みたいにもう後悔するのは嫌だ。今できる最善をとにかく尽くそう。
そうと決まれば、さっそく木綿針の仕入れだ。はじめは町で買おうと思ったが、それよりも生産者から直接仕入れた方が仕入れ値は安い。この生産者にも既に当たりを付けていた。一太の爺さんだ。
一太の爺さんは、漁をするときの釣り針を自分で自作していた。昔は買っていたそうだが、自分で作った方が良い品質のものが出来たとかで自作するようになったそうだ。釣り針が作れるなら、木綿針も作れるはず。漁の閑散期にでもまとめて作ってもらえれば、爺さんの副収入にもなるだろうし、お互い損はないだろう。
さっそく一太の爺さんに交渉に赴く。
「ヤスケんとこもとーちゃんが死んでどうなる事かと思ったが、おめーの才智があれば上手くやってけそうだな!俺はおめーが気にいってるからよ!できるだけ協力するぜ」
一太の爺さんは相変わらずの気風の良さで二つ返事で引き受けてくれた。
よし。これで仕入れルートは確保と。
あとは空いている時間に寺に行く。若い坊さんに『行基図(地図)』を見せてもらいながら話を聞き、行商の道筋を十分にシミュレーションする。子供が一人で行商をしてたら、なんかヒャッハーした奴に狙われそうだからな。
先生も昔、旅をしていたことがあるそうだ。だからこそ俺が行商にでると聞いて、大変に心配していた。まあ、それはそうだろうな。小学生になるかならないかの子供が、隣の県まで一人で歩いて寝泊まりしながら物売りをするなんて言ったら俺も驚くわ。けど先生、ごめん。俺は…行くよ。
着々と商売の準備を進めている内に、いつの間にか寒さも和らぎ春が近づいてきた。
桜の花が咲くころになったら、さっそく行商を開始しよう。そう決めて急ピッチで準備を進めた。
忙しい日々は流れる様に過ぎ去り、あっという間に尾張の中々村にも桜が満開の季節がやってきた。
大きく膨らんできたお腹のナカと、ますますお姉さんらしくなってきたトモ、相変わらず可愛い小竹に見送られ、俺はいよいよ行商の旅に出発した。
目指すは三河の国だ!!