表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/168

10話 5歳の憂慮

天文11年8月。

三河の小豆坂という場所で戦が起きた。


今川義元が松平家の助太刀の形で、三河に進出した織田軍を攻めたのだ。


東三河から攻めてきた今川軍に対して、西三河の安祥城から出発した織田軍。両軍が小豆坂でぶつかったらしい。


勝利は織田軍だったという知らせを聞いて、少しホッとする。

安祥城から出た軍の中には、ヤエモンも入っているはずだ。勝ち戦だったなら、まさかの可能性も少ないだろう…。

そう思っていた。



小豆坂の戦いが終わって1ヶ月後、ヤエモンがようやく帰ってきた。


・・・しかし、ヤエモンは左足を失っていた。


1ヶ月間、安祥城で療養していたと言うことだったが、体力はまだ回復していないのだろう。すっかり憔悴した様子で、そのまま寝込んでしまった。


それから3日経った。

ヤエモンは相変わらず床から出られないようだ。食欲も無い。


今日は鶏を絞めて、鶏肉をヤエモンに出してみよう。とにかく何かを食べさせなくては。


俺は鶏を絞めるため、トモにも手伝ってもらって朝から準備に取り掛かった。


鶏を絞めるのは既に3回目だった。

初めは嫌がっていたトモも一度チキンを食べてからは、協力的になった。俺の影響もあるのか、案外トモも実利主義だ。



…さてと、始めようか。


まずは鶏を捕まえて、逃げないように足を紐で結ぶ。


そのまま、トモに鶏を地面に押さえつけてもらい、俺が斧で一気に首を落とすのだ。色々考えたが、これが一番楽な方法だと思う。


首を落とした後も少しの間、鶏の体は暴れる。血が飛び散らないように、俺もトモと一緒に鶏の体を押さえる。


この首を落とした後の鶏の断末魔の様子がいつまでも脳裏に残る。ああ、俺が命を奪ったんだな、と実感する瞬間だ。作業は慣れたが、この瞬間だけはまだ慣れない。


雛から育てた鶏だ。思い入れがあるに決まってる。

…ごめんな。ヤエモンのためにお前の命を貰うな。


手の中で静かに動かなくなっていく鶏の鼓動を感じながら、祈るように目を閉じる。


「ふうー…」


大きくため息をつく。これで山場は越えた。



少し休憩した後、羽根を抜いて解体する作業に入る。

この辺になると、もうかわいい鶏…ではなく肉としての認識に変化する。この感覚も不思議なもんだ。


初めての時に比べて随分手早く処理出来るようになってきた。解体した肉はナカ(かーちゃん)に調理してもらう。


弱ったヤエモンが食べやすいよう、肉と野菜と米、雑穀と、味付けに味噌をぶちこんで、食材が柔らかくなるまでコトコト煮込む。お粥みたいな、サムゲタンみたいな料理だ。最後の仕上げとして、火から下ろす直前に卵を落とす。


その日は久しぶりにゆっくりと家族でご飯を食べた。


トロトロの卵に、トロトロの具材を絡めて食べる。ダシもしっかり出ていて、ナカ特製の鳥粥はとても美味しかった。

ヤエモンも戦から帰ってきてはじめて、おかわりをしていた。



「トモも、ヤスケも、コチクも皆大きくなったなぁ…」

ヤエモンが食後に小竹の頭を撫でながら、しみじみと言った。


「トモとヤスケは、俺が居ない間もしっかりかーちゃんを助けてくれてたんだってな」

「当たり前でしょ」


トモは照れているのか、ぶっきらぼうに答える。


「けど一番頑張ったのは、ヤスケだよ。ヤスケが色んな事を考えてくれたの。私は手伝っただけ」

「え!?…ふぁ?」


確かに色々考えたけれど…。

突然トモにおだてられ狼狽する。


「そうか。二人ともこれからもかーちゃんを助けてやってくれよな」


ヤエモンが優しい目で、俺達を眺める。

なんだよ、改まって。ヤメロよ。フラグみたいじゃないか…。



と心配したが、ヤエモンの体調はその後少し快方に向かったようで、2~3日に一度は起き上がれるようになってきた。


俺が作った魚の干物もけっこう気に入ってくれたようで、自分にも作り方を教えて欲しいと言い出した。


「これぐらいなら、俺にも出来そうだからな。畑仕事が出来ない分、他の仕事をしないとな…」


そう言って、ヤエモンはちょっと悲しそうに笑っていた。


以前ほどの明るさはなかったが、我が家にもようやく穏やかな生活が戻りつつあった。


それに、必要以上に暗い雰囲気にならなかったのは、小竹の活躍も大きいかと思う。2歳になった小竹は天使のように可愛かったのだ。


「とーちゃ、だっこ」(とーちゃん、抱っこして)

「にーちゃ、あそぼ」(にーちゃん、遊んで)


と、小竹にご指名されるたびに、ヤエモンも俺も嬉しくて、太客に呼ばれたホストの如くご奉仕してしまう。


いっぱい遊んであげると、「あーと」(ありがとう)と言って、ペコリと頭を下げるのだが、それが破壊的かわいさなのである。


俺も昔使った技だったが、こんなに破壊力があったとは…もっと活用すべきであった。


小竹は日に日に成長していた。出来ることが増えていき、言葉も達者になっていく。身内の欲目かもだが、所々に賢さの片鱗も見せ初めている。末は博士か大臣だな。



そうこうしてる内に、外は木枯らしが吹く季節になっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ