09話 3歳の安寧 4歳の不穏
鶏は観賞用として売れるのが雄だけだそうで。
確かによく見ると尾羽の豪華な個体とそうでない個体がいる。豪華な奴が雄なんだな。
そんな訳で最近生まれた雛の内、雌と分かったものをまずは5羽譲って貰える事になった。試しにこの5羽を育ててみて、問題ないようなら他の雌も順次引き受ける事にした。
よっしゃ!これで卵が食える!
・・・・・・・・・・・
かーちゃんのおなかも随分大きくなっている。
もうすぐ弟か妹が生まれてくるのだ。元一人っ子の俺にとって、それは未知への遭遇だ。次第にテンションも上がる。
そんな俺の高揚感とはうらはらに日々は至って穏やかに過ぎていた。
いつも通りトモと寺に通い、先生と話をし、太一達と遊び、鶏の世話をする。平凡な毎日だ。
平凡な毎日だったが、その連続の先に遂にXデーはやってきた。
天文9年3月2日。記念すべき日だ。
…この日、俺に弟ができた。
弟は小竹と名付けられた。
小竹は産まれる時から要領の良さを発揮していた。
かーちゃんの陣痛が始まったと思ったら、あっという間に頭が出てきて、スルリと産まれてきたのだ。
村の産婆さんが到着した時には小竹はすでに産まれていた。ちなみにこの産婆さんは俺もお世話になったあの産婆さんだ。
「おやおや、随分とすんなり産まれたもんだね。兄貴はめっぽう時間が掛かったんだけどね」
さりげなく俺をディスる産婆。
オゥ。おめでたい席で急に刺してくるとは、このババア、中々の手練れと見た。
しかし、こんなことでへこたれないぞ。なんてったって僕はお兄ちゃんなんだから!
小竹はもうスヤスヤと寝ていた。なんだコノヤロー、カワイイじゃねーか。
小竹が産まれてから、我が家は更に幸せいっぱい家族になっていた。
俺が育てている雌鳥達も順調に卵を産んでいたし、一太の爺さんの船に乗せて貰って、週に一度は魚も捕れるようになった。
栄養バランスが改善されたおかげか、家族みんな風邪一つ引かない健康生活を送ることが出来ていた。
小竹は元気にすくすく育っている。俺とは違って36歳のおっさんが中に入っている形跡はない。真っ当な赤子のようだ。とってもかわいい。
そしてトモは最近めっきり女らしくなった。寺の男子の間でも、ヤエと人気を二分するほどの人気になっているらしい。
ヤエモンもナカも、仲良く毎日元気に畑仕事に精を出している。
・・・平和だった。
戦国時代とはいえ、案外このまま幸せな生活を続けられそうだな。
・・・そんなふうに考えていた時期が俺にもありました・・・。
それからまもなくだった。
織田と松平の戦が始まったのは。
有力な武将であった松平清康が死んで、弱体化した三河を織田信秀が攻めたのだ。
この戦にヤエモンが駆り出された。
戦は織田軍の勝利で終わったものの、ヤエモンはそのまま三河の安祥城という城の警備に留め置かれてしまったのだ。
その後、稲の収穫時期に一度帰郷を許されたが、冬になるとまた安祥城へ戻ってしまった。
それ以降、ヤエモンはなかなか帰って来なかった。
俺が4歳の誕生日を迎え、小竹が1歳の誕生日を迎えても、ヤエモンは帰って来なかった。
シングルマザー状態のナカは、それでもいつでも明るく振る舞い、気丈に俺達3人の子供を育ててくれた。
もちろん、まだまだ小竹に手が掛かるので、トモと俺も出来るだけ仕事を手伝った。
寺に通う日数を減らし、食料調達にもう少し労力を割けるよう予定を調整した。
魚も随分捕れるようになってきたので、そろそろ保存用の干物作りにも挑戦することにした。前から考えてはいたのだが、手間が掛かりそうなのでなんだかんだ先延ばしにしてしまっていたのだ。
あとは鶏も一部食用にしよう。
ヤエの所からどんどん雌鳥を受け入れてきたお陰で、今では30羽以上の鶏を育てることになっていた。
場所も無くなってきたし、卵を産まなくなってきた奴から順次絞めていくことに決めた。
この時代に鶏を食べる文化が無いのを良いことに、自分を甘やかしてしまっていた。
手塩に掛けて育てた鶏を絞めるのは、やっぱり嫌な気分になるからとそこから逃げていた。けれど、入手できる栄養はしっかりとっておくに越したことはない。
ヤエモンの不在が、俺の危機意識を一気に引き上げた。ここは戦国時代なのだ。百姓なんていつ何に巻き込まれるか分からない。いつの間にか随分と平和ボケしてしまっていたと反省する。
今の内に、やれることはやっておかねば。ヤエモンが居ない今、家族を守るのは俺の役目だ。ヤエモンとの約束を改めて思い出す。
「ヤスケもお兄ちゃんになるんだから、かーちゃんとトモと新しい赤ん坊の面倒をよろしく頼むぞ」
分かってるって。あんたも無事に帰って来いよ、とーちゃん。