二、アクアツアー
切れかけた照明に、水漏れした廊下。
罅の入ったガラスの向こうで、色とりどりの魚が泳いでいた。
「綺麗だねぇ」
手を繋いでいるのに、繋いでいる感覚がない。
不安になって、私は思わず手に力を込めてしまった。
「由美ちゃん、ちょっと痛いかな」
困ったように笑う彼女に、私は思わず手を離して謝った。
「ごめんね……」
「迷子になったら困るもんね。もっかい繋ごうよ」
差し出された手は、今度はちゃんと感触があった。
「あ、あれ何の魚だろう」
彼女が指差した先には、不思議な魚が泳いでいた。
優美という言葉がしっくりくる、真っ白な魚。
長い体に、輝く鱗。ヒラヒラと靡く鰭。
暫く私達の前で泳いでいたその魚は、ふいと何処かへと消えた。
「あれ、この水槽何処にも繋がってない……」
彼女のその言葉に、恐怖よりも、先程の魚の美しさの方が勝った。
「でも、さっきの魚綺麗だったね。龍みたいで」
「そうだね、また見れたらいいね」
そんな事を話していると、足元に何かが落ちていることに気付いた。
「巴」と書かれた名札の切れ端だった。
「……巴」
懐かしいその響きに、私は目を細めた。
忘れてはいけない事の筈なのに、どうしても思い出せないのだ。
無理に思い出そうとすれば、頭に激痛が走ってしまう。
「大丈夫だよ」
きゅ、と手が握られた。
彼女の表情はとても優しく、聖母か何かのようだと私は思った。
「…………巴」
思わずそう呼ぶと、彼女は嬉しそうに笑った。
「うん、そうだよ。
ありがとうね、思い出してくれて」
ぴちょん、とどこからか水音が滴る音がする。
色とりどりの魚達が、ひらひらと泳いでいる。
「次はミラーハウスなんてどうかな?」
そう言い出した巴に、私は頷く。
出る間際、ふと後ろを振り向くと、とうとう照明が消えてしまったのか通ってきた通路は闇の中。
魚達も、一匹残らず消えていた。
私が見たのは何だったのだろうか。
ぞっと、背筋を冷たいものが駆け抜けていく。
「巴」
縋り付くと、巴は驚いたようにこっちを見て、それから諦めたように笑った。
「そうだったね……由美ちゃん、昔から怖いの嫌いだったもんね。ごめんね」
ひんやりとした手が、頭を撫でる。
けれど、巴に恐怖というものは全く感じなかった。
夕暮れの中へと、私達は一歩足を踏み出した。