一、メリーゴーランド
ホラーとも言えないうっすらホラーです。
ふと気付くと、私はメリーゴーランドの前に居た。
所々電球が切れてはいたけれど、それらが夜闇に映えて、とても美しい。誰も乗っていない色褪せた馬達が、寂しげに、それでも元気に回っていた。
「ねぇ、一緒に乗ろうよ」
突然、隣から声がかけられた。
先程まで居なかった筈なのに、何時の間にか隣には幼い少女が立っていた。
背丈は私と同じくらいだろう。
いや、私はそんなに低くない筈だ。
私はもう、子供ではない筈なのに、掌を見れば明らかに、紅葉のような、子供のものだった。
その子が誰なのか、と聞こうとして、そう言えば彼女は私の友人ではなかったか、と思い直す。
「一緒に乗ろう?」
にこりと笑んで、彼女が差し伸べた手を私は取った。取ってしまった。
意外と強い力に困惑するが、彼女は確か力が強くはなかっただろうか。
あやふやな記憶に混乱しつつ、私は彼女に手を引かれ、馬ではなく馬車に乗った。
「久しぶりだねぇ。何年ぶりだろう。由美ちゃんは元気だった?」
にこにことした彼女に、私は答えようとして言葉に詰まった。
彼女はどう見ても、七つか八つ。
だというのに、記憶の中の私は二十歳をとうに過ぎていた。
どこかが可笑しかった。
彼女は、彼女は───
思い出そうとして、酷い頭痛が走る。
「大丈夫?」
彼女がこちらを不安げに覗き込んでくるのに、私は大丈夫だと答えた。
名前さえ思い出せない。
けれど、酷く懐かしい。
そして、悲しい。
彼女はとても、大切な人だった筈なのに。
「大丈夫だよ。一緒に遊んだらきっと良くなるよ!」
太陽のような笑顔に、既視感を覚える。
嗚呼、そうだ。この笑顔は、私が好きだった笑顔だ。
「……そうだね。きっと、良くなるよ」
回る景色と、彼女の笑顔。
途切れ途切れの音楽に、流れるような他愛も無い話。
思い出せないのに、とても大切な人だったという事だけは覚えているというなが不思議だった。
私達は、回る景色をひたすら眺めながら何処へも行かず、ただ何時の間にか会話すら止めて寄り添っていた。
彼女は死人のように冷たかった。
私は半袖だというのに、長袖を着ている。
まるで幽霊のようだ、と密かに思うと、彼女は少し寂しげに笑った。
「次は何して遊ぼっか?」
久方振りの事だから、沢山遊びたいのだろうと深く考えず、私は彼女に手を引かれて馬車から降りた。