たどり着いた先には
オチなしです。いつか続きは書きたいです。
「人間? お前さんは人間なのか?」
僕の目の前に立つ一つ目の鬼。彼はその存在が確かなものであると知らしめるように俺に息を吹きかけた。その酒の匂いに辟易としながら僕は静かにうなづいた。
「はい」
暗い牢獄の中。僕は自分の身の上をこの一つ目鬼に語り出した。
小さい頃から虐められていた。虐めというほどのものではないかもしれないが、無視をされたり気味悪がられたりしていた。
額に角が生えている。たったそれだけの理由で皆の間に入れなかった。今思えばその角を怖がる感情は普通だと思う。しかしその頃は気づいていなかったのだ。
あだ名はもちろん鬼だった。
中学生になった時に切除を親に勧められた。しかし断った。
厨二病というものだったのだろうか。小学生の頃のようなイジメはなく、好奇の目で見られるのが気持ちよかったのかもしれない。
世間の目は冷たかったが、僕には友達がいた。
僕は少し勘違いしていた。何か特別な人間だと思っていた。
だけど……違った。
額から角が生えた人間がまともに仕事なんてできるわけがない。
僕が人生でした仕事はテレビにただ同然のギャラで出ただけ。
その時のことはよく覚えていない。好奇の視線がただ気持ち悪かっただけ。
親に養われるだけのニート。
親には何度も切除を勧められたが、しなかった。
こんなプライドがなければ普通の人生を歩めたのかもしれない。
ここに僕が生きる場所はない。
そう思って富士の樹海へと僕は足を運び、地面に空いていた穴に落ちた。
そうして気づいたらこの牢獄にいたというわけ。
「牢獄とは酷い。ここは儂の家だが」
こんな狭く暗いところに住んでいるのか。
短く適当に切りそろえられたような汚い頭。口から覗く牙、そして顔の中央に位置する大きな目。
虎のパンツこそは履いていないが、何か獣の皮を腰に巻いている。
僕はもう驚く気力もなかった。これが穴に落ちている間に見ている夢ならば早く覚めて欲しい。
「人なら食べようと思ったのだが、お前さんは鬼のようだな」
「鬼、ですか」
懐かしい。
通りすがりの老人に鬼と言われ叩かれたこともあった。
「死んでいる目をしている。目が死んでいる人間は美味くない」
そんなことがあるのだろうか。
自殺を考えているのに、目が死んでいない人など。
「うわあああああああああ」
遠くから叫び声が聞こえてきた。
「今日は吉日だな。酒を飲もう」
一つ目鬼は手に持っていた酒瓶を呷り無骨な机に置いて、代わりに大きな包丁を手に取った。
叫び声が近くに来た。そう思った瞬間、僕の横に男が落ちてきた。
スーツ姿の会社員だろうか。
僕には縁のなかった人だ。
「良い目をしているな」
薄暗いランプの光でもその人がはっきりと青ざめているのがわかった。
「あ……ああ……嫌だ……」
何が嫌なのだろうか。
一つ目鬼は手に持っている包丁を振りかぶった。
「は、ははは……夢か。夢だよな」
一つ目鬼の一振りでそのスーツの男の首は弾け飛んだ。
「これでしばらくは食事に困らない。そんでお前さんはどうすんだ? 生きるか、死ぬか」
一つ目鬼は明日の予定を聞くように、軽く聞いてきた。
僕も、もう何も感じない、目の前で人が死んでも。
鬼なのだ。
僕はもう人間をやめたのだ。
「僕はどうしたら良いんでしょうか」
そう問うと、前の一つ目鬼は困ったような顔をした。
「儂に聞かれてもな。賢いわけではない。生きておいた方が良いんじゃないか?」
「その理由は?」
「酒が飲める」
そう言うと一つ目鬼は包丁を壁に包丁をたてかけ、また酒瓶を手に取った。
酒。酒を飲むのにも金がかかる。しかしこの一つ目鬼が金を持っているようには見えない。一体どこで酒を手に入れているのか。
「その酒は一体どこで?」
「行商人だ」
行商人。それも鬼なのだろうか。それとも目が死んでいる。この一つ目鬼に食べられない人か。
「儂にはお前が何なのかもよくわからん。しかし行商人なら分かることもあるだろう。お前さんが人間だというのならば」
それだけ言うと一つ目鬼は横に寝転がった。
「儂が起きるまでに生きるか死ぬかを決めておけ」
それだけを言うと大きないびきをかきはじめた。
僕はもうどちらを選ぶかを決めていた。
生きる。
人間ではない世界があった。
なら僕が生きる事のできる世界もあるだろう。
僕は落ちていた酒瓶を持ち上げた。
ありがとうございました。