第八話 白銀の剣Ⅲ
静寂をもたらすこの暗き森に、二つの足音が鳴り響き、木霊する。
二つの内、一つは獣。
その姿は、誰もが見ても巨大と思える程の大きさを誇る狼。その巨大さが故、巨木の根を踏み潰しながら、ドスンドスンと重低音をこの森に響かせている。
それに比べて、もう一つの足音は聞こえるか聞こえないかという程弱々しい。
その音の主は、西洋風な白いコートを羽織る少年。音は小さいが足音の速さからして、少年は今走っている。
つまり、全力で巨狼から逃げている。
「––––––グォォォォオオオオゥッ!!」
「うぁぁぁああああ!?」
狼と命懸けの鬼ごっこする事になってしまった発端は、この時から三十分程前に遡る。
魔法陣から放出される俺の周りを渦巻いている白い光は、瞬きをした時には跡形も無く霧散した。
「––––––っと、もう着いたか。異世界」
光った瞬間にはもう違う場所にいる、というのは余りにも現実味が無くて、正直な所慣れそうな気がしない。
(てか、また見知らぬ場所かよ……)
辺りを見回すと、世紀末的な雰囲気が似ていること以外、前回と同じ風景は見当たらなかった。昨日の風化した商店街も戦闘で崩壊した建物も、今ではどこにも見つからない。
代わりに、後ろには大きな駅や、ビルが何棟も密集した風景が目に映る。今は夜にもかかわらず明るく、崩壊している点に目を瞑れば、都会という雰囲気があった。
だが、今はそれ以上に目に留まる存在がある。
(俺と同じ……『プレイヤー』か)
「––––––おい、あれ見ろよ」
「珍しいな。無属性じゃねえか」
「ああ、弱いって有名の」
「いや、おれは強いって聞いてるぞ?」
「そんなわけ––––––」
「いやいや––––––」
などと、向こうにいる冒険者風の格好をしている男達の会話が途切れ途切れだが聞こえてくる。
改めて見ると、気付かなかっただけで少しばかりだが人がいた。先程の男達みたいに冒険者風の格好をしている人もいれば、西洋の鎧を着込んだ騎士みたいな人もいる。
この人の集まり様からすると、ここはゲームで言うホームタウンか、もしくはそれに近い意味を持つ場所かもしれない。
そうすると、なぜ昨日はここでは無く、あんな場所に転移させられたのかが気になってくるが、今はそんなことどうでも良い。
今回ここに来た理由は謂わば探索。現実ではあり得ない非日常的なこの世界を冒険しようと思ってここに来たのだ。まず手始めに、目の前の森でモンスターでも探してみよう。
そう考え、俺はひび割れたコンクリートの一本道を歩き始めた。
結論から言おう。モンスターは存在した。
「––––––グルルルゥ」
肉食獣にありがちな唸り声を聴きながら、木を背にし、なるべく見つからないようにしてその生物に目を向ける。
そこに居たのは、白い狼。いや、見た目が狼の姿を取っているモンスターだった。
だが普通の狼とは違い、ナイフみたいな大きい牙があり、それを口から覗かせている所を見ると狼というよりかは図鑑とかで見るサーベルタイガーと狼が混じったようなモンスターに見えた。
とりあえずそこから目を反らし、俺はあのモンスターと戦うべきか否かを考える。
今回は別にレベル上げという目的で来た訳ではないが、戦い方は今後の為にも練習した方が良いだろう。見る限りでは一匹だから、それ程苦戦する事はないだろう。
結局戦うと結論付け、先程と同じ様に木を背にしてあの狼に視線を向ける。
だが、そこは既にもぬけの空だった。
「––––––ガゥッ!」
「うおわ!!」
突然頭に映像が流れ始める。狼はと言うと、その映像と同じように背後から俺の首目掛けて跳躍し、獰猛な牙を向けて襲い来る。
それが分かると、俺は狼との間に剣を滑り込ませ、振り落とされた爪を防ぐ。もし『未来視の目』の力が無かったら、俺はあの爪に背中を引き裂かれた事だろう。
殺意を籠めた一撃を防がれ、狼は一度後ろへと後退し態勢を立て直す。こちらも、素人染みた構えではあるが、先程の様な不意打ちを喰らわない様に剣を狼に向ける。
数秒はどちらも動きが止まっていたが、痺れを切らしたのか、狼がまた俺の首下を狙って跳躍をする。
「……はぁ!」
「ガッ––––––」
さっきは驚いて防御しか出来なかったが、今は事前に分かる上、『未来視の目』で何となくだが動きを把握出来た。俺は狼の進路上を剣を迷い無く降り下げ、斬り込んでいく。
剣は狼の口から斜めに切れ込みが入り、そのまま刃は両断する勢いで進んでいく。剣に伝わる肉や骨が斬れる際に生じる振動に、気味悪さを感じながらも最後まで剣を引き抜いた。
すると、狼は空中で真っ二つになり、鮮血を撒き散らしながら地面に向かって行く。
だが不思議な事に、地面に着く瞬間に狼の姿がぼやけていき、最後には霧状となって消えていく。まるで、最初からそこには何も無かったように。
「消えた?………もしかして」
ある疑問が生まれた俺は、すかさず『ステータス』を出現させる。
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名前 ユウト・キサラギ
Lv. 10
BP.4650
HP.2000/2000
MP.1000/1000
STR.5000
DEF.200
AGL.5000
LUK.20
スキル
メイン. 『未来視の眼』
サブ.
1 未設定 2 未設定 3 未設定
アタックスキル
未取得
装備品
武器
メイン.『???』タイプ:ブレイド・ 無属性
サブ. 未設定
上.『???』
下.『???』
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「レベルが上がっている……」
ということは、モンスターを倒す事により経験値が手に入り、レベルを上げれるというゲームでは良くある現象がこの世界には存在しているのだろう。
モンスターを倒すと煙に変化する理由は分からないが、ゲームでは良くある表現だ。この世界がゲームというのなら、深く考える必要性は無いだろう。
それにしても、一体倒しただけでレベルが上がるとは。もう一体倒したらレベルが上がるんじゃ無いのか?
さっきの戦いみたいにいけばもう一つぐらいは上げられるだろうし、明日はレベル上げをするって事になっている。結局、遅かれ早かれ同じ事をするんだ。特に問題は無いはず。
「よし、どうせならレベルを上げれる所まで上げ––––––」
………この時、俺は色々と楽観的な思考になっていた為に、今背後に迫っている脅威に気付けずにいた。
「……グルルルルゥゥ…」
「………る、か?」
背後から聞こえる先程とは違う唸り声を聴き、咄嗟に後ろを振り返ると、『そいつ』はいた。良く見れば『そいつ』は先程の狼と姿が似ている。
毛の色が白く、口からはナイフの様な牙が生え、赤い目を爛々と輝かしているなど、特徴はほとんど同じ。
だが、全部同じという訳では無かった。どうせなら、『そこ』ばかりは同じでいて欲しいというのが、俺の率直な感想だ。
本当に………『大きさ』だけは同じであって欲しかった。
「………でかっ!?」
「グオオオォォォォゥ!!」
見る限り、この狼の全長は先程の狼の約六倍。俺の身長の三倍程だった。
何と言うか、もうレベル上げの話では無くなった。この目の前の脅威に、打ち勝てる気がしない。
巨狼は真っ直ぐに俺を見据え、直後、疾走を開始する。
これが、俺が巨狼に追われるまでの経緯である。