第六話 白銀の剣
––––––眼前には、広大な大地があった。
だが、そこはお世辞でも豊かな大地とは言えない。
地面はひび割れ、木は根から倒れている。植物に至っては、逞しさしか取り柄の無い雑草のみ。
天気は曇っているがさほど寒く無く、かと言って暑くも無い。
そんな枯れた大地に、悠人はただ呆然と立っていた。
「………どこ、ここ?」
既視感のある台詞を言いながら、俺は枯れきった固い土の上を歩いて行く。
俺はまたあの異世界に来てしまったのだろうか?
だが、格好は寝間着のジャージ。服は変わってはいない様だ。
だとすると、結論は一つ。
「………これはあれだな。夢だ」
周りがぼやけて見えるのもそのせいだろう。
ただ単に遠いだけだと思うが、それにしては見えなさ過ぎる。それに、頬を抓っても痛くな……くは無かったが、現実味が無いから確実に夢だろう。
だとすれば、いつかは目を覚ます筈。
どうせなら、この文字通り夢の世界を歩き回ろう。と考え、先へと続く道を進む。
しばらく進むと、衝撃的な光景が目に入った。
あの戦闘に使った白銀の剣が、地面に刺さっていた。
まあ、夢ならそれぐらい現実には無さそうな光景は有り得るだろう。
––––––と、その剣が一本だけならそう考えていた。
実際は、目の前の丘を覆い尽くす程の無数の白銀の剣がこの乾いた地面に刺さっていた。
「何だよ、これ……?」
夢によくある非現実的な世界のはずなのに、何故か現実味を帯びているように感じた。
夢にしてはおかしいと思える程に。
辺りを見回しながら歩いて行くと、ふとある物が目に着く。
同じ形の剣の中で、一つだけ違う形の剣。というか、大きさ自体が違う大剣が、この場で一番存在感を醸し出していた。
色は辺りの剣と同じく全体的に白い。サイズは剣の三倍程の大剣で、金の装飾が施されている。
「これは……」
『触れんな』
大剣の柄を掴もうとすると、突然大剣から声が聞こえてくる。
俺は反射で直ぐに後方へと移動する。その動作が見られていたのか分からないが、大剣からまた声が聞こえた。
『いや悪い悪い。脅かすつもりは無かったんだ。あんまり警戒しないでくれ』
その言葉と共に、大剣の後ろから真っ白なコートを着た男が出てくる。
歳は、二十代ぐらいだろうか? 俺と背丈が変わらないが、妙に大人びているから年上なのだろう。
「……あんたは、一体」
『そうだな、俺のことは『フェンリート』とでも呼んでくれ』
フェンリートと名乗る男は、白銀の大剣を背もたれにして座り込む。
先程もそんな体勢だったのだろうか?
「フェンリート? どういう意味の言葉だ?」
『別に意味なんか無えよ。それで、お前の名前は?』
「……如月悠人だ」
『………そうか、ユートか』
若干発音を間違えて言いながら、フェンリートは徐に顎に手をつける。
『ユート。お前に聞きたいことがあるんだが』
夢の中で質問されるとは。益々ここが現実っぽく思えてくる。
「……本当、夢っぽくない夢だな、これ」
『そりゃそうだ。半分現実だからな』
「……マジかよ」
そうすると、俺の世界が異世界の影響みたいなものを受けてしまっているかもしれないな。というか、すぐにその考えに至る俺も俺で可笑しいな。
「まあいいや。それで、おっさんが俺に聞きたいことは?」
『おっさん……まあいいや。なぁお前––––––』
––––––『死ぬ覚悟』は出来てるか?
その言葉に一瞬だけだが空気が重くなり息が詰まった。だが、目の前の男は殺気は放ってはいない。ただ、座って静かに笑っている。
「おい! それどうい––––––」
『おっと、どうやら時間らしい。じゃ、また明日な–––』
その言葉とフェンリートが薄く笑いながら手を振る光景を最後に、俺の意識はこの世界から消え去った。
目を開くと、そこは見馴れた自分の部屋の天井があった。
「………朝、か」
カーテンの隙間から漏れる眩しい光を見て、ゆっくりと上体を起こし、時計に目を向けた。
そこには、六時二十七分とデジタルで表示されていた。俺はいつもなら七時近くに起きて慌てている頃だが、今回は早い方だ。
俺はいつもの様に部屋を出て階段を降りて行き、リビングのドアを開ける。リビングには父親と母親、そして姉が揃っている。
「おはよう」
「おはよう。って悠人!?」
俺を見るなり姉の咲は驚きの声を上げ、それを聞いて父親も反応する。
正直、早起きしただけで驚かれるとは思っても見なかった。
「何? 起きるのが遅いくせに、今の時間に起きているだと?」
「もしかしたら雨が降るかも……」
「いや降らねえよ。俺が起きるのそんなに珍しいか?」
「咲。悠人にそんなこと言わないの」
ここで母親が両手に料理を持って移動して来る。誰でも平等に優しくしてくれるとは、流石は母親だ。
「冗談よ冗談。本気にしないで」
「そう……それはそれとして咲、今日は傘を持って行きなさい」
「母さんもちゃっかり信じてんじゃねえか!」
この家に俺の味方はいないのだろうか。
「はいはい。とりあえず朝食にしましょう」
「………もういいよ」
強引に話を打ち切られ、俺は諦めて椅子に腰を下ろした。
会話をしながら食事を進めていると、母親が俺にある疑問を投げかけた。
「そう言えば、悠人はスマホを買った後何処に行ってたの?」
「……道に迷った」
本当のことは言わないで置こう。
もし言ったとしても「異世界行ってました」なんて信じて貰えない上、笑い者されるのがオチだろうし。
食事の後は、高校の制服に着替え、しばらくソファーに座って今朝の夢のことを考えながらテレビを眺める。
結局、あの男は何を言いたかったのだろうか、と。
そればかりが疑問に残る。
あれは夢だ、と決めつければ楽かもしれないがあの男が言った『死ぬ覚悟』という言葉は、何か変だった。
あの大剣に触れようとしたから怒ったのだろうか? いや、違う気がする。でも、だったらいったい……
「もう、学校に行きなさい」
母親に言われたため、立て掛けてある時計を見てみると時刻は七時を指していた。
……考えても仕方ないか。『また明日』とか言っていたから、その時聞けばいい。
玄関で靴を履き替え、学校へ行く為に通学路へと向かう。
学校に近づくにつれてちらほらと人が増え、歩道を埋め尽くす程ではないが結構な人数になっていた。
正直この時間に、これだけ登校する人がいるとは思わなかった。
俺が今まで遅かっただけで、これが普通なのか?
「おーい、悠人」
少しばかり賑やかな通学路で一際大きな声が掛かり、俺は声の主を捜す為に後ろを振り返る。
「……何だ昌紀か」
「何だとは何だこの野郎!」
昌紀は小学校からの腐れ縁で、高校ですら一緒になってしまった男友達だ。
テンションが地味に高い所を目を瞑れば、良いやつなのは間違いない。
「そういやぁ久しぶりに見るな、お前がこんな時間に登校してんの」
「この頃起きるの遅かったからな、俺」
「いつもは?」
「いつも七時過ぎだ」
「……良く今まで間に合ったなお前。確かお前の家、おれより遠いだろ?」
そんな会話を交わしながら坂道を登って行くと、学校の校門が見えた。俺たちはそのまま校門を通って玄関へと入り、自分達の教室へと向かった。
教室には、その時点で半分くらいが既に座っており、あちこちグループを作って雑談をしていた。
「ん、どうした?」
「みんな早起きだなって思ってさ」
「いや、お前が起きるのが遅いだけだっつの」
昌紀が呆れた口調で言いながら、自分の席へと座る。
それと同じように俺も席に座り、ホームルームが始まるまでの暇潰しにスマホを起動させる。
スマホのホーム画面には、昨日とは違い天気や時計などの初期からあるアプリの他に「シークレット・ワールド」というゲームが新しく追加されていた。
「げっ、お前そのゲームは………」
「何だ? 知ってるのか?」
画面を後ろから見ていた昌紀が、身を乗り出して心底嫌そうな顔を向けてくる。てか見るなよ。
「知ってるも何も、結構危険なゲームって噂になってるやつだぞ。それ」
「へぇ、ちなみにどんな内容なんだ?」
「いや、内容までは知らないだけどさあ。噂だとそのアプリを起動した人はどっかに飛ばされるとかなんとか……」
「へぇ……」
その噂は合っているかもしれない。実際、俺も昨日飛ばされたし。となると、もし押してしまったらまたあの世界に飛ばされるかもしれない。
「だから止めた方が良い……と言いたいところだけど、やっぱ気になるから起動させてみてくれないか、友達よ?」
「お前、危険て言った癖にやらせるとはどういうつもりだ? つか、いきなり友達ってなん––––––」
「ポチッとな」
「話聞け友達よ!」
気付けば、既に画面に昌紀の指先が接触しており、アプリが起動されていた。
押した瞬間に魔法陣的なものが出現する……ことは無く、前と違って「サブ装備変更」や「スキル設定」などの気になるメニュー表示が映し出されていた。
強制転移みたいにならなくて心底ほっとする。ふざけ半分でこういうことをするのは止めて欲しいものだ。
良く見ればログインの表示があるし、強制転移は初回だけなのだろう。
「ふぅ、良く分かんないが、別に危険では無かったな」
「ケッ、つまんねーの」
「いい加減怒るぞ!?」
「おい、そこ。早くケータイしまえー。ホームルーム始めるぞ」
突然先生の声が掛かる。担任の先生は既に教卓におり、生徒はほとんど座っていた。その事に気付き、俺はスマホを机の中にしまう。
その後ホームルームが始まり、いつもの流れで一時限目が開始した。
時間が過ぎ、昼休みとなった。
この時間帯となると生徒はそれぞれ食堂や屋上などの場所に移動を始める。俺はというと、昌紀と一緒に食堂に向かっていた。
因みにいうが、友達は昌紀以外にもいる。決して友達が少ないわけでは無い。
食堂に着くと案の定、中は混雑していた。
「うわ、座れるかな。これ?」
「お前今日どうすんだ? おれは日替わり定食にするけど」
「俺? ……俺もそれでいい––––––」
食堂は多くの生徒が利用する為、この時間は必ずと言っていいほど混雑になる。カウンターには長い列が並び、テーブル席はほぼ満席である。
いつも通りの何気無い風景。そのはずなのに、今日は何故か違って見えた。
その原因は、目の前の歩いている少女にある。
少女は俺たちのいる場所、つまり食堂の入り口に向かって歩いている。側からだと、食事を終えてそのまま帰ろうとしているように見える。
だが、俺の位置から見ると、真っ直ぐと俺を見据え近づいてくるように見える。一瞬昌紀に用があるのかと思ったが、どう見てもこちらに顔を向けている。
だが、一番の問題は––––––
「………昨日ぶりね、如月悠人君」
「何でここにいるんだよ………」
––––––その少女が『宮園 藍奈』だった事である。