第五話 ログインⅤ
「悠人さんが慌てていた理由は分かりましたが、別に急ぐ必要は無かったですよ。元々ここに招こうと思っていましたし」
「………さっきまでの努力は無駄だったってことかよ」
「まあ、残念ながら」
この神秘的な空間に、俺を含めた三人は西洋風な円型のテーブルを真ん中にして、三方向に等間隔で椅子に座っている。
先程よりは気まずくは無くなったはずだが、まだ微妙な息苦しさを俺は感じている。
そんな中、少女はある事を尋ねる。
「あの、貴方達は何者なんですか?」
その問いと少女の視線は、悠人では無く銀髪の女性に向けられていた。
話する寸前で逃げた俺より話を聞いてくれそうな女性の方がまともな会話ができると少女は判断したからだろう。
俺にとってもその判断は助かる。話しをしたく無いという意味で。
「ではまず、自己紹介から始めてもいいですか?」
「………まあ、それぐらいなら」
「では………私の名前はロキ。この世界の『神』の一人です」
その言葉により、ただでさえ静かな空間がそれ以上の静寂に包まれる。少女は目の前の女性、もといロキが神と名乗ったことに眉をひそめる。
「えっと、神って、そんな物存在するんですか?」
「存在します。といっても、助言や手助けをするだけで、それ以外何もしない存在です。ですが、私の場合、他の神のような力を持たないので手助けは出来ませんが」
「そうですか………」
「はい。ですので、私のことはよくいるNPCだと思って下さい」
「………自分のことNPCだと自覚している人なんて見たことねえよ」
そんな俺の呟きに、ロキは「はは……」と静かな笑いを見せる。
小声で呟いたはずなのによく聞こえたな。
「貴方…いや、ロキさん。貴方のことは分かりました。説明してくれてありがとうございます。……じゃ、今度は、貴方の名前を教えて」
「え、俺?」
少女は、俺に鋭い視線を突き付ける。何だか殺意が籠ってそうで正直怖い。
「えっと、俺のことは別にいらなくないか?」
「いえ、理由がどうであれ結果的に私の恩人だから、名前ぐらいは知っておかないと」
てか、口調変わり過ぎじゃね?
「……まあいいか。俺の名前は如月悠人です」
「如月悠人……覚えておくわ」
その言葉と同時に、何故か少女は笑みを浮かべる。その後深呼吸をして、会話を再開する。
「私の名前は宮園藍奈。今後からよろしくね」
理由は分からない。
けれど少女、いや、宮園 藍奈はまた笑った。
「それで、悠人」
「何だ。ってか、いきなり呼び捨てって……色々と変わり過ぎだろ」
「別にいいじゃない。で、貴方のレベルは?」
「レベル? ああ、ちょっと待て。今調べるから」
そう言って、ステータスを頭の中で念じる。
すると、眼前にステータス画面が表示される。別にスマホを持たずとも、ポケットの中に入れたりして身に付けているだけでもステータスは出現するらしい。
____________________
名前 ユウト・キサラギ
Lv. 9
BP.3600
HP.1900/1900
MP.900/900
STR.4500
DEF.190
AGL.4500
LUK.19
スキル
メイン. 『未来視の眼』
サブ.
1 未設定 2 未設定 3 未設定
アタックスキル
未取得
装備品
武器
メイン.『???』タイプ:ブレイド・ 無属性
サブ. 未設定
上.『???』
下.『???』
____________________
「ふうん……STRが四千五ひゃ…ってはあ!?」
俺のステータスを横で見ていた藍奈が、突然大声を出す。そのせいで、キーンと甲高い耳鳴りが始まる。
というか、自分のステータスを他の人に見せることができるのか。これからは気を付けて見ることにしないとな。
「痛ぇ………耳の近くで大声出さないでくれよ。てか勝手に見るなよ」
「だって、レベル9の時点でSTRとAGLが通常よりも高いから………逆にDEFとLUKが異常に低すぎだけど」
「じゃあ、普通はどれくらいなんだ?」
「普通でバランスの良いプレイヤーだったら、多分レベル10でステータスはほとんど千ぐらいで、LUKは百のはずよ」
「え、それだとDEFとLUKが俺の場合は通常の五分の一ってことか!?」
「そうなるわね」
「良く勝てたな、俺……」
もしかしたら、あのウェポンスキルを一発でもまともに喰らっていたらやられていたかも知れない。そう考えると、背筋がゾッとする。
というか、攻撃力約五倍で防御力は逆に五分の一倍って、一見バランスが良いと思ったが、良く考えたら紙装甲だ。
何とも割りに合わない。LUKなんて19。運が無さ過ぎにも程がある。
「……まあとりあえず、今日のところは帰りましょうか」
「え? どこに?」
「どこにって……元の世界しか無いでしょ? もしかして、今日初めてこの世界に来た、とか言わないでしょうね」
「全くその通りだけど」
「………良く戦おうと思ったわね」
「俺も今そう思ったよ」
藍奈が、呆れたと言わんばかりの表情を俺に向ける。
てか俺、全然考えて行動してない。あの時の戦いだってほとんど無我夢中だったし。
「スマホのメニュー表示にログアウトの項目があるから、それをタップすれば戻れるわ。それじゃあ、また明日」
その言葉を最後に、藍奈は消えていった。
俺も帰ろうかと思ったが、ある疑問が頭に浮かんだ為、スマホを動かす手を一旦止める。
「あの、神様」
「ロキで良いですよ」
「じゃあ、ロキさん。貴方に聞きたいことがあるんですが……」
「なんでしょうか? 私に答えられる範囲であればいくらでも」
目の前の女性は、相変わらず微笑んでいる。
「………俺は、あの男を殺したのですか?」
「………」
だが、俺のその言葉によって、表情から笑みが消え去る。
「いえ、殺しはしましたが、まだ死んではいません。今頃はホームタウンで復活していると思います。……そう言う世界ですので」
「そう、ですか」
「ただ、また襲いに来る可能性があるので、充分に気を付けて下さいね」
復讐しに来るということか。何となくだがあり得そうだ。
「分かりました。……ちなみに、どうして死んで無いって分かるんですか?」
「BP、バトルポイントが残っている為です。例え一回死んでしまったとしても、BPが残っていれば生き返ります。だからと言って、貴方が元の世界に戻れば一回で死んでしまいますので気を付けて下さい」
「………肝に命じておきます」
それを聞いた後、俺はアプリのログアウト表示をタップし、異世界から元の世界へと転移した。
気付くと、俺は転移する前にいた路上に立っていた。太陽の位置は前見た時よりも西に傾いているから、時間が経っていることがわかる。
あれは夢では無かったと確認するのに、そこまで時間は要らなかった。
「異世界、か。………とりあえず帰るか、母さん心配してるだろうし」
そのまま帰路を歩き始めるが、あることを思い出す。
「そういえばあいつ、なんで『また明日』なんて言ったんだ……?」
俺のそんな素朴な疑問に答える者は、今は居なかった。