第三話 ログインⅢ
「うっわ……予想していたけどやばいな。これ」
先程の世界に戻って俺は、その風景に唖然とする。
先程と同じ場所のはずなのに、戻った時には変わり過ぎていた。
建物が切断されていたり、砕け散ったなどの様に破壊し尽くされていた。地面に至っては瓦礫が散乱している。
あの二人の何方かがやったのだろう思うと、自分は勝てるのかどうか分からなくなってくる。
「てか、人間の順応性ってのは凄えな」
いきなりこの世界に来たのに、もうこの世紀末な風景に見慣れてしまった。
その上、女性のふざけた要望に迷いながらも了承してしまった。
(まあ………ここは俺の世界よりも面白そうだしな)
これから起こる戦闘に、恐れるどころか楽しもうとしている。
けれど、女性はあの少女が『殺される』のは困ると言っていた。
つまり、この世界がゲームだったとしても、人同士の戦いは実質『殺し合い』なのだろう。楽観視してはいけないのだ
ヒットポイントが消えた先にあるのは、現実的な『死』。
だと言うのに、俺は楽しもうとしている。
「………頭大丈夫かな、俺」
異世界に来たことを、怖れるどころか嬉しそうにしている自分に呆れ、思わず笑ってしまう。
「さて、とりあえずあの二人探さねぇと」
頭を切り替えて、なんらかの破壊音が聞こえてくる場所へと俺は走り始める。
「………こんな、所で……ウグッ!?」
「おいおい、こんなんでギブアップかよ。流石『無属性』は弱いなあ!」
男は、わざわざ大きな声を出しながら、倒れ伏している少女を数メートル程建物に向かって蹴り飛ばす。
ゴロゴロと転がり、最後には壁へとぶつかる。
そのせいで、少女の残り少ないHPが、微量だがまた削れる。
「ガハッ………」
(くそ………)
全身に走る痛みのせいで力が入らず、立ち上がることすらままならない。
痛みに耐えながらも、少女は怒りの籠った瞳を男に向ける。
「………なんだよその目は。また死にてえのか? まあ、次こそは確実に死ぬけどな」
この世界にとって死は、HPが無くなる事ではない。『BP』が無くなる事だ。
BP、つまりバトルポイントは、バトルに勝利する事により獲得出来る。
だが、反対に負けるとBPが減ってしまうという仕組みだ。
BPがあれば、HPが無くなっても『死に戻り』するだけで済む。だが、負ける度にBPは減っていく。
つまり、負け続けるといつかは本当に死んでしまうのだ。
実際の所、この少女宮園 藍奈は負け続けている。
千近くあったポイントも、この男が挑んできてから、その度負けているせいで今や百も無い。
だから、今度負ければこの世界のルールにより、確実に死んでしまう。この男の所為で。
「………このクソ野郎」
「ああ、じゃあなゴミ女」
男の持っている剣が少女の頭目掛けて無造作に振り落とされる。
(ああ、このまま何も出来ずに……死んじゃうのか)
藍奈にはある一つの願いがあった。
その願いは他の人にしたら馬鹿らしいと思われるが、この少女にとってはとても大きく、そして大切な願いだった。
だが、この男によりもう少しで永遠に叶えられなくなる。
少女は剣が迫り来る光景を見た瞬間、死を覚悟し、目蓋を閉じる。
だが、幾ら待っても最後の時は訪れない。
藍奈は恐る恐る眼を開ける。
すると、そこには男の剣から自分を防ぐ様に存在する、白銀の剣があった。
何が起きたのか理解出来ないまま少女は呆然としていると、ある声が聞こえる。
「………ふう、間に合った」
………その言葉は、突然現れた白色のコートを着た、藍奈と同じ黒髪の不思議な少年から発せられていた。
キンッ
そんな甲高い金属音が、周囲に鳴り響く。
すると驚いたのか、男は後方へと下がっていった。
「………ふう、間に合った」
そう安堵し、溜息を溢す。
あと少し遅れていたら手遅れになっていた事を考えると、背筋が冷たくなった。
見つけた時には男が少女を斬りつけようとしていた為、間に合わないと思っていた。
だが、ステータスによる補正なのか分からないが、すんなりと辿り着く事に成功。
結果、助けることができた。
(というか、念じるだけで武器も出てくるのか。この世界凄いな)
不思議だなあ、と呑気に考えていると。
「おい、いきなり何なんだてめぇ」
例の男が、敵意剥き出しで話し掛けて来る。
いや、話掛けて来ると言うよりは、ガン飛ばししてる様に見える。
男は見た目が細く、片手に剣を持ち、胸にプレートアーマー的な鎧や金属で出来た手甲や足甲を身に付けている。
まるで、ゲームやライトノベルに出て来る冒険者みたいな格好をしている。
とりあえず、話し掛けてきたからには返事をしなければ。
「何というか、その人を助けないといけなくて」
「はあ? 何だお前。ヒーロー気取りかよ?」
(……いちいち勘に障る喋り方をするな、この人)
人を馬鹿にしたような男の喋り方に苛立ちを覚えてしまう。
俺よりも年上に見えるこの男に敬語を使うのが嫌になってくる程に。まあ、俺が敬語を正しく使えているかどうかはわからないが。
すると、男は俺の持つ白銀の剣に視線を移した。
「てか、剣を見る限りお前も無属性か?」
「……そうですが、何か?」
「ギャハハハハ! マジかよこりゃ傑作だなオイ! 雑魚が雑魚を助けるなんてよぉ!」
男は、そのままチンピラみたいな笑い方を続けている。
この男の話を聞いていると、段々とイライラしてくる。偉くも無い癖に、人を下に見る上から目線は、俺でなくても人を腹立たせることが出来るだろう。
そんな事を考えながら、俺は苛立ちと共に剣を男に向ける。
その瞬間、頭の中にある映像が流れてくる。
何だか、男が俺に向かって斬りつけてくるような、そんな光景が頭に入ってきた。
(何だ、これ?)
「ハハハハ……。あー疲れた。もう用は無ぇや、仲良く死ね」
また上から目線の口調で喋ると、男は少しばかり混乱している俺に向かって、剣を先程と同じく無造作に振り下ろす。
………『映像』通りに。
(もしかして……)
俺は映像通りに動く男の剣を即座に自分の剣で受ける。
威力はあるが防ぎ切れない訳ではないので、そのまま鍔迫り合いの状態となる。
余裕があるのか、それとも余裕があると見せたいのか、男は鍔迫り合いの状態から会話を始める。
「……へぇ、以外に力あるじゃねぇか。雑魚のクセによぉ!」
「………うるせえよ、チンピラ」
「……ああ? 何だとゴラァ!!」
途中から男に敬語染みた言葉を使うのを止めると、男の表情が憤怒へと変わる。
男が怒号を発した瞬間、また映像が流れてくる。
今度は、鍔迫り合いから離れた後に、剣を横に斬りつけるような光景が視えた。
すると、先程の言葉によほど怒ったのか、鍔迫り合いを解いた後、怒りに任せて剣を横に薙ぐ。
だが、俺が背後に下がった為、その剣は何も無い空間を斬っただけだった。
(やっぱり、これは)
「クソッ、動きが速えなおい」
男がそう呟く横で、俺はある結論に至る。頭の中に流れてくる映像についてだ
あれは多分、
(これがステータスにあった『未来視の眼』のスキルか)
未来視。
文字通り未来が見えるようになるスキルで、先程からの映像はこのスキルのおかげなのだろうと考えるのが妥当な判断だろう。
もしそうだったら、戦ったことのない俺にとって、先読み出来る力はとても役立つはずだ。
動きを読まれている事に気付かず、男は我武者羅に剣を振り回す。
「何で当たらねぇんだよ!」
最初は余裕ぶっていた顔がしばらくすると焦りが見え始め、素人目でも分かる程に所々隙が出来始める。
「そこだ!」
その隙を見逃さず、俺は男の脇腹に剣を斬りつける。
俺は剣術などやったことが無いが、前々から分かっている男の行動に自身の動きを合わせれば、素人でも攻撃できない訳では無い。
男は当たるまいと咄嗟に避けるが、自分の脇腹を深い切傷を付けられ血が霧吹きのよう傷口から撒き散らす。
「いっでぇ………ぜってぇ殺す。殺してやる!」
男は言葉に殺意を籠め、俺に言い放つ。その瞬間、目の前の男が視界から消えた。
いや、消えてはいない。
残像が見えたから、多分何らかの力を使って高速移動しているのだろう。
一瞬逃げたのかと思ったが、『未来視』によって送られてきた映像を見ると、俺の背後から斬りつけてくるようだった。
「………はあっ!」
「何!?」
その光景を見た瞬間、俺はすかさず後ろに向かって剣を振り回す。
キンッと周囲に鳴り響く。
男は驚くが、今の防御がまぐれだと考え、諦めずに次々と攻撃を加えてくる。
男の姿は見えない。だが、俺は『未来視』を使っている為、全てを予知して防げている。
だから、無機質な音が鳴るだけで、俺に攻撃は当たらない。
しばらくすると、男は息切れしながら先に動きを止める。
「クソッ……何で…『加速』を使っても……一撃も……?」
そう言って、剣を杖代わりにして立膝を着く。そんな状態の男に向かって、提案をしてみる。
(まあ、無理だろうが)
「………ここで退いてくれたら何もしない。ただ、これ以上何かしようとするなら、容赦しない」
「舐めんな……クソ餓鬼があ!!」
殺意を籠めた言葉を放つと同時に男は立ち上がり、剣先を俺に向けて構える。何をするつもりだと考えていると、
「『ブレイド』!」
その言葉と同時に、男の剣が火を纏い始める。そして男の顔から笑みが浮かぶ。
「ギャハハハハ! お前みたいな無属性が使え無い『ウェポンスキル』だ!」
「使え、無い?」
「これで、死ね!!」
男は嘲笑染みた笑いを浮かべながら剣を縦に斬る。
すると、その剣から炎の纏った斬撃が俺に向かって飛んでくる。
三日月型に燃える炎はそこまで大きくはない。ただ、初めて見る者には確実に恐怖を与える。
その上、あれに当たれば俺は死なないにせよ致命傷に近い傷を受けるだろう。
(この速度なら………クソッ、 駄目だ!)
避けようと思ったが、後方には少女が横たわっている。
偶然かはそうなったかはわからないが、少女を守る為にここから動くことが出来ない。
結局、あの炎を受けることになるしか、あの少女を助ける方法しかない。
だが、あの炎を防ぐにはそれ相応の力が必要だろう。けれど、今の俺には––––––
(––––––いや、まだある)
『ウェポンスキル』。あの男は使えないと言っていたが、あの場所にいた女性は使えると言っていた。
(どっちが正しいかはわからない。けど、何もしないよりはマシだ)
そう思い、剣先を後方に向ける。
そして、俺は先程男の言った言葉を叫んだ。
「『ブレイド』!!」
––––––その瞬間、真っ白に光る粒子が白銀の剣に纏い始めていた。