少女の追想 3
次に目が覚めた時は、知らない場所だった。
長く続く道。ここはどこだろう、全く、見たことがなかった。
「……」
まるで、目が覚める前から歩いていたかのように、足が前へ前へと動いている。
手には買い物に行った時に持っていったバスケットが握られていた。だが、中に入っているのはお使いのものではない。ロッティには、入れ替えた記憶はない。
不思議に思い、中身を確認する。
お金、マッチ、ナイフ、そして一冊の本。
その中から、本を取り出すと歩きながら、その本を読み始めた。
「……赤ずきん……」
無意識のうちに本のタイトルを口にする。
表紙を開くと、そこには一通の封筒が挟まっていた。
手に取り、すぐに封を開ける。
中身は一枚の写真と、手紙が入っていた。
写真には、仲良さそうに寄り添う家族が写っている。
「お母さん、お父さん……」
瞳に涙が浮かぶ。
そしてすぐ、手紙に目を通した。
『
愛しいロッティ。
これを読んでいる頃、あなたは全てをなくしているのかもしれません。
そばにいてあげられなくてごめんなさい。
あなたを蝕む呪いは、私の責任です。
自分を責めないで。
強く、生きて。
あなたを、誰よりも愛しているわ。
母,シャルロッテ
』
「お母さん……」
瞳に溜まった涙が、重力に耐え切れず溢れ始める。
止まることなど知らないかのように、次から次へと流れ落ちる雫は、どんどんロッティの頬を伝っていく。
「……さない……」
そして、ロッティは決心する。
「……許さない」
ルディは言った。
憎め、恨めと。
そして、自分を殺してくれと。
だったら、望み通りにしてやる。
私は、あいつを殺すまで、絶対に死んでなんかやらない。
「御伽噺、呪い、赤ずきん……」
頭に浮かんだ言葉を呟いていく。
この言葉が、キーワードなのだろう。まずは、これらを調べなければならない。
バスケットの中に入っていたナイフを取り出す。
普段あまり使わないのだ。すぐに使い慣れることはないだろう。
使い慣れたところで、こんなナイフ一本で殺すことなどできるのだろうか。自分に、人を殺すことができるのだろうか。
記憶がフラッシュバックする。
血塗られた部屋、匂い、バラバラになった肉片……。
思い出した途端に強い吐き気が襲ってきた。
「……大丈夫。大丈夫」
そう。大丈夫。
どこというあてもなく、ロッティは一人、歩き続けた。
---
ルディを"殺す"ということを目標にしてから、半年が経とうとしていた。
一人で生きることを身につけ、なんとか生活もできるくらいになった。
そんな時。
夜の街、宿に向かう途中に厄介なおじさんたちに絡まれてしまった。
「お嬢ちゃん、今から大丈夫〜?おじさんたちとこれからどうかな?」
前に一人、そして、左右にも一人づつ。
囲まれた……。
「あの、私今急いでいるので……」
顔を伏せ、その場を後にしようとする。が、逃げることは許されなかった。目の前にいたおじさんに腕を掴まれてしまったのだ。
「ちょ……やめてください」
おじさん……男の腕を振り払おうとするが、力が強く簡単には離れない。
「お嬢ちゃん……悪くはしないよ。んー……ずいぶん汚れた服を着ているねぇ。ほら、おじさんたちがお小遣いあげるからさ」
男はそう言いながら抱きつくようにロッティに寄りかかり、そして、ロッティの胸元からワンピースの中へ手を這わせていく。
「……⁉︎や、やめて!」
肌に触れる冷たい感触。身体中に広がる嫌悪感。
「大丈夫。すぐ気持ち良くしてあげるから」
耳元で気持ち悪い声が響く。
顔にかかる息は酒臭く、残りの二人もこの男と同じように下衆な目でこちらを見ている。
「や、やめて……離して……」
こんな事、今まで一度もなかった。ましてや、少女のロッティには、この状況をどうにかする方法など思いつかない。
「……なかなか分からない子だなぁ……」
眺めていた一人がそう呟くと、懐から一本のナイフを取り出した。
月明かりに照らされ、ギラリと光るナイフ。
あの光景が蘇る。恐怖が身体を覆っていく。
「⁉︎」
「ね、お嬢ちゃん。おじさんたちの言うこと聞かないとどうなるのか……分かってくれたかなぁ?」
なんて下劣なやり方をするのだろう。
恐怖が、次第に怒りへ、憎悪へと変わる。
それはルディに対してのものなのか、それとも、こいつらに対してなのか。
「その反抗的な目……そそるねぇ」
ロッティに抱きついていた男が頬を撫で、そして顔を近づけてくる。
『こんなやつら。
殺してもいいんじゃないのか?』
不意に、頭の中で声がした。
その声は、あの変わり果てた家の中で聞いたものと同じ。
途端、何かが外れたかのようにロッティの思考が停止した。
そして、一つのことのみを考える。
こんな奴等、殺しても、構わない。
そのあとは簡単だった。
近づいていた顔に思い切り頭突きをして離れると、ナイフを持っていた男にすぐさま体当たりをした。
衝撃で男がナイフを地面に落とすとすかさずそれを拾い上げ相手に向ける。
まるで、自分の体が自分のものではなくなったかのように自然と動いた。
「て、テメェ!オンナだからって優しくしてりゃあ調子のりやがってッ!」
なにも攻撃を受けなかった男がナイフを取り出し襲いかかってくる。
だがロッティは相手が繰り出すナイフの刃に、自分の刃を這わせるように回避すると、そのままナイフを相手の手から落とす。そして驚いた表情をしている男の心臓へと、深くナイフを突き刺していく。
皮を裂く音、肉塊へと埋まる刃、止まることのない血。
なぜだかわからないけれど、ロッティは同じことを過去にもしたことがある、と思った。
人を殺すなんて、初めてなのに。
何故、こうも簡単に出来てしまうのだろう。
ー怖い。
ふと、我に返ったロッティは辺りを見渡す。
そこにはあの日と同じ、無残な姿の死体がある。
あぁ、これは、自分がやってしまったのか。
私が、人を殺めてしまったのか。
様々な感情がこみ上げるが、涙は出なかった。
「ロッティ……」
突然、背後から声がした。
恐る恐る、後ろを振り返ると、自分が思い焦がれた相手がそこに立っていた。
「ルディ……」
「……これを、君が?」
重く、何かを否定するかのようにきくルディに対して、ロッティは答える。
「そう、みたいね。こんな簡単なことだったの……今なら、あなたも殺せるわ。ルディ」
ロッティの返事に、ルディは何も返さない。
「ねぇルディ……。お母さんも、お父さんも、こんなに簡単に殺せたの……?」
「……」
「答えてよ‼︎」
「……ロッティ。御伽の国の小さな王を、レグルスを探せ。これ以上、罪を増やさないでくれ」
「何言って……」
それだけを言いに来たかのように、ルディはすぐに踵を返し去っていった。
ロッティは追うこともできず、ただ呆然とその場に残された。
「レグルス……」
彼女の中で、その言葉がこだまする。
御伽の国とは、御伽噺とはなんなのか。
少女はひたすらに調べ続けた。
なんのコネも、綱もないロッティにとって、それがどれだけ過酷だったかなど、語る必要はないだろう。
そして、ある村で、偶然にも見つけてしまう。
黒猫連れの剣士を。
レグルスと呼ばれた、その少年を。
ここでとりあえずロッティの過去編が終わりです!
今後どうなっていくのか!
お楽しみください!