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絆魂繋縁~種を超えし者~  作者: 千夜真虚人
第一部「  」第一章
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子供達の邂逅

「よし!終わったー!」


 そう言って少女は両手を上げて手に持っていた竹箒を放り投げる。投げられた箒は、落下地点に立っていた子鬼が数匹がかりで受け止めてそのまま母屋に運ばれていった。


「境内の掃除は終了、お清めは朝にやったし、分社の見回りも終わってるね」


 指折りしながら少女は自身の仕事の終了を確認していく。

「他にやることといえば祈祷とかだけど、特別な日でもないし必要はないかな。よし!今日の仕事は終了!さ、母屋の縁側にお茶とお煎餅持っていってだらだらしよう!」


 誰に言うでもなく自己完結の言葉を出すと、少女は拍子を刻みながら跳ぶように母屋に歩いていった。


 その様子を妖怪、妖精、精霊・・・多くの人ならざるモノたちが微笑ましいものを見るかのように眺めていた。


 ここは夜杜神神社。


 夜とその闇に住まう妖を司りし神『闇永(あんえい)夜杜尊やとのみこと』を奉る社であり・・・


 彼の神に仕えし巫女『夜杜(やと)(がみ)癒姫(ゆき)』を中心に様々な種族が暮らしている“境無き里”人外にとっての楽園である。



子供達の邂逅



「主様ー!」


 神社の境内に青年の声が響き渡る。青年の名は朱騎(しゅき)、闇永夜杜尊によって夜杜神神社に遣わされた御使いの狐だ。現在は人の姿をとっているが、実際は朱色の毛並みに五本の尾を揺らす、上位の妖孤である。


 ちなみに御使いとは、妖や普通の動物などが神のような上位存在に見初められ、所謂家来としてその主の力を与えられたものを言う。大まかに見れば種とは言うことができないのだが、この世界では御使いという存在を一つの種として見ることは少なくない。


「主様ー!」


 彼は自身の仕える主が見つからずに困っていた。ここでの彼の主とは自身に力を与えた夜杜尊ではなく、その巫女癒姫である。


 彼の主は非常に優秀な巫女だ。社の掃除や分社の見回りなどやるべきことをさくさくと終わらせるため、正直な話彼ともう一人の身使いのする仕事は少ない。が、巫女としての仕事は速攻で終わらせるのに、日常的なことは一切やろうとしない面倒くさがりでもある。


 今日も一応見回りをしては見たが、境内に屑はないし、分社のお供え物に対する祈りも済ませられており、確実に供えた者の願いや信仰は夜杜尊に届けられていたのだが、いざ境内に戻ってみると母屋の部屋のいくつかはまるでごみためのような物置と化していた。前回の片付けから一週間経っていないにも拘らずだ。


 これは流石に見過ごすことは出来ない。まだ冷えるが暦上では春である弥生に入って一体何度目になるか分かったものではない説教をしようとしたが、叱る対象が見つからないのだ。これでは前のように精霊達の協力を請い自分で片付けるしかない。朱騎はその日七度目の溜息を吐いた。


「朱騎。何してるの?」


 その時朱騎の後ろから幼い女の子特有の甲高い声が掛かる。朱騎が振り返るがそこには誰も居ない。しかし朱騎は驚いた様子もなくその声に応える。


「主様を見なかったか?再び母屋の部屋がいくつか魔境と化しているのだ。早急に何とかせねば」

「ふうん、そうなんだ」


 朱騎の言の葉が紡がれた次の瞬間、境内に並ぶ稲荷と狛犬の像の片方、狛犬の像が光を放つ。その光は像を離れふわふわと浮かび上がり、朱騎の前で人の形をとった。その光が薄れて完全に消え去ると、その場に白髪の幼い少女が現れる。


 少女の名は(はく)、朱騎同様夜杜尊に遣わされた御使いの狛犬であり癒姫の従者だ。癒姫に従うように言われた当初は見た目同様内面も幼かったこともあり、名を与えてくれた癒姫に懐きお姉さまと呼び慕っている。


「あたしは見てないよ?一刻ほど前に境内の掃除をしてたのは知ってるけどその後は分かんない。ごめんね?」

「いや、あの方の自由さは理解している・・・つもりだ。お前が謝る必要はない」

「そう?ならいいけど・・・あ、そういえばお姉さま掃除が終わった後に『母屋の縁側にお茶とお煎餅持っていってだらだらしよう』って言ってたよ?」

「母屋の縁側?母屋にいるのならすぐ分かるはずだが・・・まさかまた結界を張ってその中でだらけているのか?」

「あれ霊力の無駄遣いだよね」


 二人は揃って溜息を吐くと母屋に向かって歩き出した。ずぼらな主を叱るために。




「・・・っは!寒気!?」


 その時癒姫は嫌な予感と共に背筋が凍るような違和感を感じ飛び上がった。今居る場所は母屋の縁側・・・に張られた結界の中である。結界といってもそこに付与された効果は不可視と断音程度で、入ろうと思えば低級でも易々と入ることの出来る簡素なものだ。


 何故そのような結界に隠れているかと言うと、彼女の従者は基本的に視覚情報に頼って彼女を探す。そのため結界を張っているのだが、流石に本格的なものだと力の流れでばれてしまうためあまり霊力の必要ない簡易的な結界を利用している。これならば注意して力を読み取られなければ見つかることはない。


 しかし逆に言えば注意してその場の力を見られるとあっさり見つかってしまうものでもある。


 まさかばれたのだろうか?癒姫はそう考えて結界を解き、空になった湯呑みと茶菓子の入っていたお茶請けをお盆に載せてぱたぱたと走りしまいこむ。


 その後母屋の彼方此方に張ってある札に霊力を流し込み、遠隔の術式で幾つかの結界を展開する。当然結界の中には彼女は居ない。これは囮だ。見つかってはならないのだから、それだけでは足りない。複数の結界それぞれの強度や込められた霊力の量をばらばらにして特定され難くし、近くに居た妖精に朱騎と白の足止めをお願いする。


 そこまでやったところで母屋の引き戸が開く音がした。


「主様ー!」


 加えて口煩い従者の自分を呼ぶ声が聞こえてくるではないか。


「不味い不味い・・・ん?丁度いい、家鳴りか。今見つかるとちょっと困るの。普段なら怒るけど今日は構わないから、母屋で思いっきり遊んでいいよ」


 癒姫はそう呟くと天井に張り付いていた子鬼の妖怪・・・家鳴りに遊びの許可を出す。それを聞いた家鳴りたちはきゅーきーと喜びの声をあげてその場から消える。


 家鳴りとは、古い家屋に住む子鬼の姿をした妖怪だ。その特性は名の示す通り『家を鳴らす』ことである。どのように家を鳴らすのか?前述のように家鳴りは古い家を好み、古くなった木材を軋ませるのだ。その木材の軋む音を怪異ととった人の恐れが形を成したものが家鳴りという子鬼である。


 家鳴りの遊びとはつまるところ盛大に母屋を軋ませることなのだ。


 ぎしぎしと音を立てて軋む母屋に、いたるところから感じられる癒姫の霊力、それらを囮にして朱騎と白が母屋を走り回っているうちに癒姫はこっそりと玄関に移動して足袋を履く。


 幸い引き戸は開きっぱなしだったので戸を開ける音を立てることなく外に出られた。


 ふっと後ろを見ると母屋の障子に女の影が浮かんでいた。今は昼間で障子に影が浮かぶなど本来ありえないことなのだが、ここは夜杜神神社、彼女もまた影女という馴染みの妖怪だ。


 常時なら彼女は夜、月明かりに照らされた時にしか現れないのだがこの騒ぎが気になったのだろう。それにこの神社の境内は“夜”の気で満ちているため彼女のような夜にのみ現れる妖怪でも昼間に姿を現すことは少なくない。


「出かけてくるから他の妖達によろしく言っておいてくれる?」


 癒姫がそう言うと女の影は癒姫に手を振った後すぅっと消えた。それを見届けると癒姫はなるべく音を立てないように、且つ急いで鳥居を潜り境内を後にした。


「こんの・・・馬鹿主ーーー!」


 後ろから響いてきた従者の叫び声は聞かなかったことにして。




 場所は変わり、夜杜尊の神域である里の外れに“物の怪森”と呼ばれる広大な樹海が存在する。外れといっても里を囲うように木々が森を成しているので、自然の結界のようなものだ。その名の通りこの森には様々な妖や怪異が暮らし、通ろうとする者を襲い、喰らい、恐がらせる危険な森だ。


 とはいっても妖怪は夜杜尊の眷属であり加減は理解しているためそこまで人に危害を加えるわけではない。大抵は驚かしたり掠り傷をつける程度で終わる。しかし中には本当に危険な妖怪もおり、癒姫の頭を悩ませている。


 そんな森の中ほどにある夜杜神神社の分社の前に癒姫は立っていた。客が来るような気がしたからだ。完全に直感だが彼女の予感は良い悪いに限らず当たることが多い。


 朱騎と白に叱られそうになって逃げ出したのが昼寝中だったこともあり、未だ残る眠気に身を任せゆらゆらと頭を揺らしていると、ばさばさという羽音が癒姫の耳に入ってくる。はっとなって頭を上げるとそこには二年ほど前から母屋に居候中の少女がゆっくりと羽を羽ばたかせて降りてきていた。


「あ、癒姫ー!ただいまー!」


 少女は癒姫に気が付くと翼の動きを止め自由落下に身を任せて癒姫に飛び込む。癒姫は咄嗟に軽く衝撃緩和の結界を張って少女の勢いを殺して受け止める。


「っと・・・お帰り、フィー」

「うにゃ~」


 そっと癒姫が頭を撫でると猫のように鳴き目を細める。少女の名はフィー=リア・メルク。『大陸』から『国』に渡ってきた魔物という存在の一種である翼人だ。翼人という名の通り美しい翼を背中から生やす少女は、その腰まで伸びた金色の髪と言霊の一種である歌術という彼女の使う術から『金翼の歌い手』呼ばれている。といってもその名称は里や物の怪森に住む者達の間にしか広がっていないのだが。


 癒姫はそのまま分社を背にして座り込み、フィーを抱きかかえる。


「今回は何処まで行ってたの?」

「えっとねえっとね・・・ちょっと都まで」

「退魔師連中には見つからなかった?」

「うん!襲われることもなかったし、会う人会う人皆優しかったよ!」

「そう」


 笑顔で話すフィーに癒姫は顔を綻ばせて相槌を打ち、髪を梳くようにフィーの頭を撫でる。


 フィーの身長が低めということもあり傍から見れば二人は姉妹のようだった。


「でも注意しないと駄目よ?フィーのように『大陸』から渡ってくる魔物は最近じゃ珍しくないし、退魔師の奴らは魔物を妖や怪異と同様の存在と見ているから・・・」


 退魔師とは『大陸』から伝わってきた術を用いて妖怪や魔物などの人外の命を刈り取る者達の総称だ。彼らは人外を絶対悪としており、場合によってはそれが神であろうとも消し去ろうとする者でもある。


 魔物であるフィーは退魔師にとって倒して然るべき存在であり、見つかれば問答無用で滅されてしまうため癒姫は気が気ではないのだ。


 フィーは癒姫が心配してくれていることを嬉しく思いながらも流石に過保護なのではと思い少し困った顔をしながら癒姫に言う。


「癒姫は心配性なんだから・・・大丈夫だよ?魔物は魔物でも私の場合大抵の人が御使いとして見るからね」

「まあ容姿が容姿だしそう言う意味では心配する必要は無いんだけど、退魔師の連中は力の性質で判断するからあまり意味が無いのよ。(天音のようにはなってほしくないし)退魔師にだけは本当に注意して頂戴。いい?」

「うん」


 天音とは、今より五年前、癒姫が正式に夜杜神神社の巫女になる更に一年ほど前に退魔師、それも退魔御三家に名を連ねる陰陽一族の祇霊院(しりょういん)に殺された夜杜尊の御使いだ。癒姫にとって姉のような存在であり大切な家族だったが、神といえど彼ら退魔の者が絶対悪としている妖怪に近い存在だった夜杜尊を敵と認識し、態々都から物の怪森を越えて社を潰しに来た祇霊院と戦闘になり多くの妖怪、妖精、魔物が命を落した。天音は天孤でありそうそう人間如きにやられるような妖ではなかったのだが、まだ幼かった癒姫を巫女になり、妖の味方となる前にと攻撃した祇霊院から庇った際に死んでしまった。


 それ以来癒姫は神社の一角で妖怪や魔物、妖精を癒す人外専門の医者を営みながら夜の巫女として活動している。勿論物の怪森には強い結界が張られており、退魔師が夜杜尊の神域である里に近づくことはほとんどない。


 だからこそ癒姫は時々里を出るフィーが心配で仕方が無かった。以前何故危険を冒してまで里の外に出るのか聞いたことがあったが、フィーの回答は「居候してるのになにもできていないから」だった。実際はそんなことはなく(主に家事方面で)癒姫は非常に助かっているのだが、フィーは極当たり前のことをやっているだけだから恩返しにならないと思ったようで、よく里を出ては外から作物の種や様々な道具、情報を集めてくるのだ。


 里の人たちもフィーに感謝しているし、癒姫自身もそれで非常に助かっているのだが、心配なものは心配だった。魔物ということもありフィーは弱い存在ではないのだがいかんせん歌術というものは戦闘に不向きであり、フィー自身も齢十四という『国』では十分な大人なのだが酷く幼い容姿と思考をしていることもあって、フィーが里の外に出ている間に癒姫が安心して帰りを待つということは過去に一度もないのだった。


 癒姫はそのまま少しの間フィーを撫でながら抱きしめ、ちゃんと帰ってきたなと実感した後手を離して立ち上がる。


「さ、西の空も赤みがかってきたし逢魔ヶ刻になって妖達が動き回る前に帰りましょう。里の妖怪なら問題はないのだけれど森の奴らは危険なのが多いからね」

「はーい!」


 二人は手を繋いで歩き、夜杜神神社への帰路についた。勿論、神社に帰った瞬間癒姫に向かって朱騎の怒号が響いたのは言うまでもなく、母屋では土間に正座する癒姫と、座敷から見下ろす・・・ではなく見下すようにして朱騎が説教し、その横で白とフィーが笑い合って話をし、その様子を妖精や低級の妖が覗くという珍妙な光景が一刻ほど続いたのだった。




「朱騎の奴・・・何もあんなに怒らなくてもいいじゃない・・・」

「お姉さまも懲りませんね」

「これは癒姫の自業自得だよ・・・」


 こってりと朱騎に絞られた癒姫は白とフィーに責められながら魔境状態の部屋の片付けを行っていた。


 最初は一人でやらされていたのだが半刻、一刻と時間が過ぎ、癒姫がばててきたこともあって、今では境内の妖怪総出で行っている。それだけ散かるまで放って置いた癒姫の自業自得なのだが、反省の色はなく朱騎への愚痴を呟いている。その姿に白もフィーも苦笑いで頬を引き攣らせていた。


 既に宵とは言えない時刻になっており本来なら巫女としてではなく人外専門の医者としての仕事である妖の診察を始めているのだが、母屋のあまりの惨状に診られる側として社に来た妖怪すら協力している。


 結局片付けが終わったのは日付が替わり、虎時の初刻(午前3時)を回った後だった。常ならば診察は虎時の正刻(午前4時)まで行っているのだが、母屋の大掃除に時間が掛かり過ぎたことと癒姫の疲労からその日は臨時休業となり妖達を困らせる結果となってしまった。


 その日の朝に巫女としての御勤めもあり、仕事をするとごねる癒姫を眠らせて白とフィーでやってくる妖怪達の相手をすることになった。


 しかし、その日怪我をして神社に来る妖達の数は異常でありその多くが酷い怪我を負っていた。


 結局一刻も眠ることが出来ずに起きてきた癒姫が手当てをしたのだが最終的に全ての妖の相手が終わったのは日が昇ってしばらくしてから、辰時の正刻(午前8時)を回ってからだった。


「ふあぁ・・・ぁふ」


 右手の甲で目を擦りながら癒姫は欠伸をする。ほぼ徹夜といっても過言ではない夜を越えて疲労と眠気が凄まじかった。


「なんとかなりましたね、お姉さま」


 白がお茶を入れながら癒姫に言う。癒姫はお茶の入れられた湯呑みを受け取って仰ぎ飲み、その熱さから噴き出しはしなかったものの盛大に咽た。


 その様子を見たフィーがすかさず背中をさする。


「大丈夫?癒姫」

「ごほっごほっ、平気平気。にしても余裕なかったから誰にも訊けなかったけど、なんでこんなに沢山の怪我人・・・怪我妖怪?がでたのかしら」

「それなんですよー!巫女様!」


 癒姫が疑問を口に出した瞬間、境内に残っていた妖怪が声を上げる。


「河童・・・?物の怪森の化け沼に住んでる奴じゃない。お前が怪我するなんて森に外から何か来たの?」


 声を上げた妖を見て癒姫は呟く。その妖怪は川や沼に住み、近くを通った人間を襲うといわれている河童だった。といっても、物の怪森に住む河童は里の人々が癒姫やフィー経由で彼らの好物であり、彼らの主である水神への供物であるきゅうりを定期的に届けているため、あまり悪さをすることはない。それどころか里の子供が沼に遊びに行くほど人に友好的な河童だった。


「実はですね、来たんですよ!あの死神に等しき人間が!」


 その一言を聞いた瞬間白と朱騎の顔が強張り癒姫は表情を消す。状況を理解していないフィーは固まった朱騎や白を怪訝そうに見るだけだったが、冷たい声で河童を問い詰める癒姫の声に身をちぢ込ませる。


「・・・河童。もったいぶらずに重要な部分だけ簡潔に述べろ」

「へ、へえ!正確な時間は判りやせんが、今より二刻半ほど前の虎時の初刻(午前3時)位に物の怪森西側から侵入者がありやした」

「数とその術は?」

「数は一・・・一人でやす」

「たった一人?森の西側は六年前の一件後、夜杜尊様が張った妖魔結界が特に厚い方角でしょう?破られたの?」

「それは解りやせんが、退魔師が入ってきたのは確かです。術は人が使うにしては闇の力が強かったと思いやす。といってもおいらが見たのは霊力の込められた依代でしたが」

「霊力の込められた依代に闇を使う退魔師・・・っ!式神だ。陰陽師、祇霊院の人間か・・・!」


 その一言を癒姫が苦々しげに呟くと、癒姫含め周囲の妖怪その全てが怒気と殺気を放ち始める。退魔師、それも祇霊院の陰陽師の話はこの神社や里、物の怪森では鬼門だった。


 癒姫は親指を噛みながら苛立ちを隠さずに疑問を口に出す。


「何故今になってここに・・・?そこまでして妖を消し去りたいの?あの連中は・・・!」

「主様。落ち着いて指示を」


 思考の纏まらない様子だった癒姫に朱騎は冷静になるように言うと妖孤の姿へと変化する。


「私は森の様子を確認してまいります。その間に主様は・・・」

「分かってる。フィー、さっきの一団で薬草が底を尽きそうだから物の怪森で摘んできてくれる?」

「あ、うん」

「退魔師には気をつけてね。白は社に残って、多分まだこの後も妖怪達が来ると思う」

「日は既に昇りましたよ?来ますかね?」

「ここが誰の神域だか忘れてない?この里の中じゃ昼も夜も妖には関係ないわ」

「了解です」

「朱騎、私も森に入るから貴方の感知できる範囲に私がいるようにして森を探索、退魔師を見つけたらすぐに知らせて」

「御意」

「その他低級と中級は森にいる妖怪達に注意を呼びかけて!物の怪森は広大な樹海だから西から入ってきた退魔師もそこまで多くの妖怪に攻撃できているわけじゃないと思うの!里に避難させて!」

「承知しやした!」


 矢継ぎ早に妖怪達に指示を出した癒姫は札を数十枚懐に忍ばせてお払い棒を持ち、母屋から駆け出した。


 目指すは物の怪森西部、六年ぶりの人間退治だ。


 颯爽と森に向かって里を走っていると見たことのない一団を目にし一度立ち止まる森の物怪ならともかく里の中で見覚えの無い者がいるなどありえない。つまり外来の存在だ。妖怪と会話している様子から退魔師とは無関係なのだろうが警戒するに越したことはない。


「ねえ」

「おぉ、夜の巫女様。こちらの方々は伊予の国からいらしたそうです」


 声をかけると里に住む老婆がその者達を癒姫に紹介する。


「伊予・・・四国?なんでそんなところから?」

「主様、伊予で最も力ある妖、隠神刑部が夜杜尊様と親しい仲であったと記憶しています。加えて二十年周期で伊予から遣いが来ていたはずですが」


 癒姫の疑問に朱騎が間髪を容れずに応える。要するに二十年おきに挨拶に来ていて、今年がその二十年目ってこと?と癒姫は考えるが、そこで疑問が湧いた。伊予は、四国は里から見て西の方角だ。さきほど里に入ったのなら祇霊院と出くわしていてもおかしくはない。


「今、森には退魔師がいる筈よ。まして貴方方が隠神刑部という大妖の遣いでも、森の妖達は外部からの存在に容赦はしない。どうやって里まで来たの?」

「巫女様はお聞きしたことはありませぬか?何時からかは存じませぬが名も無き妖が人も妖も、種族問わず無償で用心棒をしてくれているのです。我々は運がよかった。一刻ほど前に巫女様の言う退魔師と同一の者であろう人間に出逢いましたがその妖が退魔師と戦を始め、その間に里に入ったのでございます」


 伊予から来た者達の一人が代表して応える。妖怪が種族を問わず無償で用心棒をしている・・・?そういえばそんな噂を聞いたことがあったようなと考えながら癒姫はその者達に神社で待つように言い、近くにいた馴染みの妖怪数匹に案内と白への言伝を頼んで森へと走った。




 癒姫が森に入ったのと時を同じくして、フィーは薬草の群生地である森の南西部に来ていた。この場所は癒姫が人外専門の医者を始めた当初から利用していた場所であり、この地の主である夜杜尊が一度森に降りて妖怪達に警告していたこともあってあまり妖怪は寄り付かない。


 急いでいたため広げた翼をたたむこともせずにしゃがみこんで薬草を摘み、籠に入れていく。


 四半刻かけて籠がいっぱいになり、神社に戻ろうとしたその時、背後からパキッと枝が折れる音がしてばっと振り返る。


「誰・・・?」


 木々の隙間から出てきたのは・・・


「人じゃない・・・お前は何者だ・・・?」


 フィーにそんな問いをする、人目で陰陽師と分かるような狩衣を来た少年だった。




[主様!こちらに大怪我をした妖が!]


 フィーが退魔師の少年と出逢った頃、森を走っていた癒姫は朱騎から札を通じて伝えられた言葉に驚きその場に向かった。


 朱騎の元に辿り着くとそこにはまるで闇がそのまま形を持ったような黒一色の少年が血を流して倒れていた。少年といっても妖怪なので見た目と年齢が同じとは限らないのだが。


「血が酷い・・・朱騎、この妖はナニか分かる?」

「いえ・・・特徴だけを見れば夜杜尊様がお話していた御友人のようですが、何の妖怪かまでは・・・」

「あの方の友人?じゃあかなり高位の妖怪なんだ・・・ってそうじゃない!祇霊院は重要だけどまずこの子なんとかしないと!朱騎、近くに夜杜尊様の分社があったはずだからそこに運ぼう!」

「了解しました。祇霊院の方は・・・」

「この子を運んだらこの場所から匂いで追って!私は応急の手当てをするから遅くなるけど、人間程度朱騎の相手にはならないでしょう?」

「御意」


 朱騎は五本の尻尾を器用に使い少年を背負うと更に癒姫を乗せて走り出す。




 この二つの邂逅から、全てが始まったとは・・・神々すらも予想できてはいなかった・・・



続く...



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