メリー・バッドエンド
【第5回フリーワンライ】
お題:メリーバッドエンド
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
まるで規格外のエンジンでポンプを汲み出すかのうように、心臓の鼓動が異常な早鐘を打つ。
拡張した血管をポンプに送り出された血流が巡り、全身が火照って熱い。――というか、ぶっちゃけ気分が悪かった。
いっそ倒れてしまった方が楽かも知れない。
フラフラと姿見を見ると、いつもの自分とはまったく違う自分がそこにはいた。
色白の肌が目に見えて紅潮している。
その身体を包むのは精一杯のオシャレだった。
駄目だ。
折角の……初めてのデートなのに、倒れてどうする。
(頑張れ、あたし)
もじもじと、胸の前に垂らした二つの三つ編みを弄んでいた手を、ぐっと握り締めた。
待ち合わせ場所は、アミューズメントパークの正面ゲート前。
辿り着いてから冷や汗をかいた。
いや冷や汗というより、むしろ来る途中のバスの中で、引き返せないことに気付いた冷や汗が体温で暖まり、脂汗と化したそれがねっとりと背中を伝った。
白いワンピースにピンクのフリフリ。零れそうな青い石をはめ込んだブローチが胸元で光る。色取り取りのリボンが交差する金色の頭は最早少女趣味全開で、絵本から飛び出てきたかのようだ。
彼女のそばかすの浮いた頬が、それでも笑顔を浮かべようと引き攣った。精一杯笑おうとした。
一方、待ちぼうけていた彼はというと、スクールの出で立ちとは打って変わった、イケイケのストリートスタイル。街角のバスケットコートに乱入しても問題ない、ラフな格好だ。ハーフパンツから覗く筋肉質な足に、早鐘の心臓がさらに一つ甲高く鳴る。
周りを見渡せば、日曜らしく混雑していて、ファミリー層が多く目立つ。
彼女は改めて――自分が完全に浮いていることを自覚した。
脂汗が背中に滲んでいないだろうか。大漁のフリルとリボンがカバーしてくれているかも知れない。
気まずさに耐えられなくなった彼女は、一歩踏み出して彼の手を取った。そうしなければ、今にも彼が踵を返してしまいそうな気がした。
「さ、さあ行きましょ! ね? 折角もらったチケットが勿体ないから……」
そもそもの始まりは、母親がどこからか仕入れてきたこのチケットにある。それをダシにして、気になっていた彼を誘って呼び出したのだ。
新しいアミューズメントパークと聞いていたのに、完全に子ども向けのカートゥンテーマパークである。なるほど、そこだけ見れば少女趣味なこの格好は組み合わせとしては悪くないが……少なくとも、卒業を間近に控えた自分たちハイティーンが赴くような場所ではない。
頭の片隅で致命的な失敗を嘆き、これで憧れのプロムはご破算か、と溜息をつく。
いや、まだだ。とにかくアミューズメントパークだろうと、テーマパークだろうと、親密になってしまえばいいのだ。
そうと決まれば、有無を言わせずゲートを潜り抜け、とにかく何かアトラクションに乗ってしまえばいい。ジェットコースターとか、あるいはミラーハウス。キャーキャー言いながら手を繋いだりして。
恥ずかしさのあまりに、発熱した頬が発光すらしているのではないかと疑いながら、きつく目を閉じて片手をブンブン振り回した。
「とにかく、あああああ、あれ、あれ、あれに乗ろうよ!」
うっかり指し示した先にあったのは、子どもをきゃいきゃいはしゃがせながら周回する、こぢんまりしたピカピカのメリーゴーランドだった。
後悔してももう遅い。自信満々に突き進み、ビシッと突き刺した手前、引くに引けない。
「あ、あの……」
彼女はもう引くに引けないが、彼の気持ちは一歩引いた気がする。
繋いだ手と手の間が果てしなく遠い。
どうしてこうも自分はタイミングが悪いのだろうか。
事態がどんどん悪化していく。
順番待ちをする彼らの前に止まったメリーゴーランドは、よりにもよって二頭立てのカボチャの馬車だった。急接近するにはお誂え向きの密室だが、如何せん狭過ぎた。
ぎゅうぎゅうに押し込まれながら、
(何か、何か言わなければ間が持たない……)
と考える。
どこか諦めの境地に達したような彼を見据え、彼女はとにかく会話の糸口を掴もうとした。
そこへまた運悪く、メリーゴーランド始動のベルが割って入り、時期を逸してしまう。目だけはフラフラと泳ぎ、喘ぐように口がパクパク開閉する。まるで間の抜けた金魚である。
そうこうするうちに回転数があがり、周囲の景色が間延びしていく。
(――あれ?)
どんどんスピードが上がる。
上がる。
上がっていく。
(――え?)
メリーゴーランドにしてはあり得ない、尋常ではない速度で回っている。
備え付けのスピーカーが何かをがなり立てているのが聞こえた。計器の故障がどうとか。それが遠くの世界の出来事のように思える。
止まらないメリーゴーランド。
ぐるぐるぐるぐる回り続ける。
彼女の混乱した思考もぐるぐる回る。
もう何もかも、溶けて混ざって一つになって――
そうしていると、肩を掴んで揺すられていることに気付いた。
「ちょ、大丈夫?」
心配そうな彼の顔が間近にあった。
ほんの数センチ前に出るだけで、キス出来る距離。
ああ、もう、ここでやってしまえば既成事実かも――という考えが脳裏を過ぎる。
弱々しく手を彼に差し伸べる。
「え、ええ、もう大丈――うげげげげげええ」
盛大に吐いた。
もう、最悪だ。
初デートでゲロまみれ。
呆れた彼は、彼女を放り出してどこかへ行ってしまった。
彼女はもう、力が入らずにぐったりと馬車に座り込んでいた。
そこへパークの係員が滑り込んで来る。
「大丈夫ですか? お怪我は? 計器の不調とはいえ、本当に申し訳ありませんでした。この件につきましては、後日改めてお詫び申し上げます」
と矢継ぎ早に言葉を投げかけてきた。
くすんだ茶色の髪、優しげな輪郭の中央に、吸い込まれそうなほどに澄んだ青い瞳があった。その碧眼が彼女を写している。
「立てますか? 失礼ですが、お名前は?」
瀕死だった心臓が、鼓動を再開した。
「あた、私、メアリーって言います。
よく前向きで明るいって言われるので、これくらいへっちゃらです。
あんまりにも陽気だから、友達からはメリーって呼ばれてます」
『メリー・バッドエンド』・了
メリー(メアリー)とメリー(陽気・快活)とメリー(メリーゴーランド)のトリプルミーニングなんですけど、まあどうでもいいですわな。
例によってシンキングタイム三十分で何も具体案が浮かばず、十分過ぎたぐらいから四苦八苦始める有様。最初の四分の一はまだしも、残り部分は、まーなんてーか、雑。雑過ぎる。
特にラスト、駆け込み乗車かっていう勢い。ちょっと酷いんじゃないですかね。