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第0章 一瞬の戦い

枯渇した大地に、風が唸った。


白い鎧を着用したテルマンの軍は、半月形の陣形をとって微動だにせず整列している。

ざっと10万ほど。

各々 (おのおの)武器を持ち、これから始まろうとしている戦いに闘志を燃やしていた。

だが、中にはこの戦に不安を覚える者もいるようで、唇を噛みしめている者や、鐙 (あぶみ)に乗せた足をがたがたと震わせている者もいた。

だが、そんな彼らはある一言で一気に緊張感を増し、不安を強制的に取り払われた。

「我らの勝利に疑いはない! 勇者テルーの加護がある限り、我らの勝利は確実だ!」

白と銀の装飾を施した鎧を煌かせ、若き将軍は帯剣を勢いよく抜いた。

曇天の空に切っ先を向ける。

稲光が閃く。

それにならって、後方の同志達も武器を空に向けた。

「我らの勝利は確実だー!」

おぉーっと野太い声が轟き、闘志が燃え上がった。


一方。テルマンの真正面を陣取っている黒い軍隊──カイオノスは、気合を入れているテルマンの軍隊を必死で羽を伸ばそうとしている虫を見るかのように眺めていた。

こちらは長方形の陣形をとっており、テルマンの10倍ほどの戦士たちがひしめき合っていた。

そんな黒い戦士たちの中に、一際目立つ服装の者がいた。

彼は防具も何も装着せず、ゆったりとした灰色のローブに黒いマントを羽織っている。

気圧されるほどの威圧感溢れる彼は、細い腕をマントから出した。

フードをゆっくりと外し、そう遠くはない距離にいるテルマン軍を見据えた。

長い銀糸の髪が、風に踊る。

まだ幼い顔立ちをしているが、鋭い赤い瞳だけが爛々と輝いている。

そこへ、一人の騎士が馬を進めてきた。

「アルジェス様、我々は…」

アルジェスと呼ばれた男は、騎士の言葉を最後まで言わせずに呟くように言った。

「下がっていろ」

「…はっ」

騎士は小さく頭を下げると、顔全体を覆っていた兜をとった。

「全軍、下がれ!」

カイオノスの軍は、一人の騎士の命令を忠実に守った。

慣れたように後ろに下がる。

それと同時に、アルジェスは馬を降りると自分の軍隊から離れていった。

止める者はいない。



馬を降りてこちらに歩いてくる敵に気がついたのは、新入りの騎士だった。

将軍はそちらを向くと、予定より少し早めに指示をだした。

「弓兵、構え!」

予定はずれの命令に泡を食った弓兵たちは、わたわたと矢筒から矢を取り出して弓につがえた。

弦を引き絞る音が一斉に鳴る。

その音がやんだとき、将軍は振り上げていた手を振り下ろした。

「放てー!」

彼の言葉と共に弓から離れた矢は、一度空高く上がるとアルジェスに向かって雨のように降りかかった。

アルジェスの死は確実。

そう思った彼らは、口角を上げた。

が、その表情のまま彼らの目は驚愕に見開かれる。

降りかかったはずの矢は、凍結してばらばらになっていった。

大地が冷気を帯び、アルジェスを中心に地面にゆっくりと氷が張っていく。

ピシピシと音を立てながら、氷は徐々にテルマンのほうへ向かって伸びてゆく。

うわーっと悲鳴を上げながら後ろへ下がる軍隊を見、アルジェスはくくっと笑った。

ついに氷は彼らに到達した。

急に地面が凍りついたことに驚いた馬たちは、雄たけびを上げると次々と馬上の騎士たちを落馬させていった。

ばたばたと不恰好に地面に尻をつく騎士たちに向かってアルジェスは、フッとため息を零した。

それは冷気と化し、慌てふためいている騎士たちに容赦なく襲い掛かった。

彼らの体の一部は凍結し、だんだんと全身が凍りついていった。

わけのわからない声を上げているが、その声はだんだんと減っていく。

それは、彼らの死をあらわしている。

次々と絶命していく仲間たちを見やり、将軍は凍結した足を引きずってアルジェスに向かって剣を振り上げた。

「うぉおおおー!」

鋭い気合とともに、剣はアルジェスをとらえた。

と思ったが。

アルジェスは頭上に振り下ろされた剣を片手で受け止めた。

驚くことに、素手で。

「何っ!?」

一度剣を戻そうとしたが、動かない。

力が自慢の将軍だったが、どんなに力を加えてもアルジェスの細い腕につかまれた剣を取ることはできなかった。

アルジェスはそんな様子を冷ややかに見つめていた。

今度は、剣が凍りつく番だ。

剣から腕、腕から肩、顔、全身に氷が走る。

何が起きたかわからない表情のまま、テルマンの将軍は動かなくなった。

いや、動けなくなった。


たった一人で一軍を壊滅させた彼は、凍結した人々を氷のごとく見つめると衣を翻して自身の軍へ戻っていった。





次の日、勝利にこそ価値があると謳われていたテルマン軍が壊滅したというニュースは瞬く間に広まった。


もちろん、彼らにも…















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