王子様とナイトの初喧嘩3
「レオン・ナイトレー元第七部隊隊長ではありませんか。そういえば、先日辞任されて、ハイネ様の騎士になられたんでしたね。今は、講義中なのですが、何か御用でしょうか?」
「講義…ですか。私には、あなたがただ暴言を吐いていらっしゃるようにしか聞こえませんでしたが?」
「…ほぅ。あなたは、私はまともな講義もせず、ただ王子を侮辱しているだけだとおっしゃりたいのですか。」
怒鳴るような激しさはないが、はっきりと怒りを含んだレオンの声。
それを受け、ウェルター教授を包む空気も、冷たいものに変わる。
二人が対峙してまだ数秒しか経っていないのに、既に不穏な雰囲気が漂っている。
このままではまずい。
「レオン、講義中は部屋に近づかないよう言っておいたと思うんだけど、どうして君がここに?何か急用でもあるのかな?」
レオンは、ハイネの指示を意味もなく無視するようなことはない。
彼がここに来たのには、きちんと理由があるはずだ。
ならば、さっさとその理由を聞いて、レオンを退室させてしまおう。
そう思って、二人の会話に割り込んだのだが…
「先ほど連絡がありまして、サエラ王妃がこちらに向かわれているそうです。何でも、至急ウェルター教授に相談したい案件がおありだそうで。」
………。
最悪だ。
レオンからの返答に、思わず頭を抱えたくなった。
今一番この場に登場してほしくない人物が、まさに今ここに向かっている。
ウェルター教授に急用ということだが、それならば、王妃自らハイネ邸に来るのではなく、伝言だけ寄こして、ウェルター教授を自邸に呼べばいい。
そうせず、わざわざサエラ王妃がこちらに出向いて来る理由は、十中八九、ウェルター教授への用事なんて口実で、ハイネを苛めて楽しむつもりだからだろう。
全く、迷惑なことこの上ない。
「わかった。じゃあ、今日の講義はここまでってことで。レオン、悪いけど、ノエルにサエラ王妃の為のお茶の準備をお願いしてきてもらえるかな?」
どうにか、サエラ王妃が到着するまでに、レオンをこの場から離さなければ。
そう思って、適当な理由をつけてレオンを退室させてしまおうとしたのだが、どうやら遅かったようだ。
廊下から、カツコツと、ヒールが床を鳴らす音が聞こえてきた。
「ごきげんよう、ハイネ。」
開けっぱなしだった扉から、真っ赤なドレスをひるがえして、サエラ王妃が現れた。
蝶のような華やかな美貌の持ち主ではあるが、その中身が、姿に似つかわしくない毒々しいものであることを、ハイネは嫌というほど知っている。
「お久しぶりです、サエラ王妃。」
「少し見ない間に、またあなたの亡くなった母親に似てきたんじゃなくて?柔らかい金色の髪も、不思議な虹色の瞳も、真っ白な肌も生き映し。ホント、そっくりでとても綺麗。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
ハイネの容姿を褒めるようなことを口にしているが、その表情には、こちらを見下すような色がにじんでいる。
下手に、そんなことはありませんだとか、王妃の方がお美しいですよなどと返事を返すとややこしいことになるのは今までの経験で分かっているので、ただ笑顔で素直に相槌を打つ。
まあ、何と答えようが、次に王妃が口を開けば嫌味しか出てこないのだろうが。
「本当に、綺麗。さすが、生きた宝石とまで讃えられたアンネ王妃の息子だけあるわ。でも、どうせなら外見だけ似てくれれば良かったのに。魔力がないところまで受け継いでしまったのは残念だったわねぇ。」
サエラ王妃が、馬鹿にしたように笑いながら言う。
「そんなに綺麗なんだから、いっそ女の子に生まれてれば良かったのにね。そうすれば、魔力なんてなくても、その美貌で男性をたぶらかして、高い地位に昇り詰められたかもしれないわよ?あなたのお母様みたいに。」
ハイネの母、アンネ王妃は、身分の高い貴族でもなければ、高い魔力も持っていない…というか、魔力自体、いっさい持ち合わせていない、本来であれば王族に嫁ぐ要素など全くない人物だった。
しかし、そのあまりの美しさに、とある舞踏会でゼウス王が彼女に一目惚れし、王妃の地位に就くこととなった。
そうして、ハイネが5歳の時に亡くなるまで、ゼウス王はアンネ王妃に夢中だったそうだ。
アンネ王妃が王宮に来るまでは、王からの寵愛を一番受けていたのはサエラ王妃だった。
サエラ王妃は、アンネ王妃に王の愛情を奪われる形となったのだ。