王子様との日常2
髪は無事にノエルが乾かした。今は仕上げのために丁寧に櫛でとかしている最中だ。
ハイネはというと、先ほどノエルが淹れてくれた紅茶を飲みながら、大人しくされるがままになっている。
レオンも、ハイネの向かいに座り、同じく紅茶を飲みながら、目の前の平和な光景を眺めていた。
………平和だ。
というか、平和すぎる。
「ハイネ様、本日のご予定は?」
「えーっと今日は、午後から帝王学の先生が来て二時間くらい勉強。それ以外は、特に用事はないかなぁ。」
レオンの問いかけに帰ってきたのは、予想通りの答えだった。
ハイネは、毎日数時間の勉強時間を除き、これといった予定が何も入っていない。
というのも、ハイネくらいの年頃は、本来であれば、魔法の鍛錬にかなりの時間を費やすはずなのだ。
しかし、魔力のないハイネは鍛錬のしようがない。
おかげで時間が有り余っているわけなのだが、その時間のほとんどを、ハイネは読書をして過ごす。
あとは、温室を散歩したり、今のように、お茶を飲んだり。
何にせよ、鉄壁の警護で固められた王宮の敷地内から、それどころか自邸の外へすら一歩も出ないので、安全なことこの上ない。
そうなれば、ハイネを守る役目にあるレオンとしては、仕事がなく、時間を持て余すことになるわけで。
ハイネからは、好きに過ごせば良いと言われているので、毎日この温室で剣や魔法の鍛錬をすることが日課となりつつある。
「ハイネ様は、なぜ私を騎士にされたのですか?」
王族が専属騎士を持つのは、その立場ゆえに、何かと付きまとう危険から身を守るためだ。
国家の要人である彼等は、戦場において、他国の者からはもちろん、王位継承争いなどの問題で、国内の身近な人間から命を狙われることもある。
しかしハイネは、シリウスやスピカのように、戦場に出るわけでもないし、王位継承権も低い。低いどころか、どう考えても完全に圏外だ。
安心安全をそのまま表したような環境で穏やかに過ごすハイネに、騎士が必要とは思えない。
仮に必要だとしても、自分の命を預けるような重要な役目を持つ相手である騎士に、わざわざ問題を起こしたレオンを選ぶ意味が全く分からない。
「どうしてだと思う?」
「…分からないからお聞きしてるんです。」
ハイネにこの手の疑問を投げかけるのは、これが初めてではない。
すでに何度も、レオンを騎士にした意図を尋ねているのだが、毎回うまい具合にはぐらかされてしまう。
そしてやはり今回も、“今はまだ内緒”という一言でサラリと流されてしまった。
「今はって…この前にも似たようなことをおっしゃっていましたが。では、いつになれば教えていただけるのでしょうか?」
このやりとりも、すでに何度目だろうか。
無駄とは思いつつ、ため息交じりに更に質問を重ねれば、うーんと、ハイネが考え込むような素振りを見せる。
そして、何か思いついたのか、キラキラと目を輝かせ、胸の位置で、ぽんっと両手をついた。
「じゃあ、僕と賭けをしよう。」
何がどうなって、“じゃあ”なのだろう。
何やら王子様が突拍子もないことを言い出した。