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最弱の王子様  作者:
4/20

王子様との日常

初めての顔合わせの日から、二週間が経った。


王族の専属騎士は、いかなる時も主となった人物の護衛をするため、原則的に主と住居を共にすることになっている。


レオンも、あの顔合わせの後、すぐに王宮内にあるハイネの別邸へと引っ越した。


広大な敷地面積を誇る王宮は、王の住む本邸と、王子や王女の住むいくつかの別邸で構成されている。


王位継承権が低いため、ハイネの住まいは本邸から遠く、敷地の端にある温室に、隣接されるような形で、ひっそりとたたずんでいる。


慌ただしく引っ越しを終わらせ、正式に騎士としてハイネに仕え初めて早数日。


すでに見慣れた長い廊下を歩き、レオンはハイネの寝室へと向かっていた。


ここ数日で、最弱の王子様についてわかったことがいくつかある。


その一、王子様は朝が弱い。


朝、なかなか起きてこないハイネを起こすことから、レオンの一日の仕事は始まる。


そんなわけで、今日も朝から寝室へ直行したわけなのだが、ベッドにいつもはあるはずのハイネの姿がなかった。


しかたなく、その辺りを探そうと再び廊下を歩き始めたところで、タイミング良くノエルに会うことができた。


「おはようございます、ナイトレー様。」


にこやかに挨拶をするノエルに、ひとまずこちらもおはようと挨拶を返し、さっそく本題に入る。


「ハイネ王子が寝室にいらっしゃらないんだが、どこに行かれたか知らないか?」


「ハイネ様は、只今ご入浴中です。」


「入浴?なんでまたこんな朝から?」


朝は時間の許す限り寝ていたいと主張しているハイネが朝風呂なんて、どういう風の吹きまわしだろうか。


不思議に思って尋ねると、ノエルは眉尻を下げ、困ったような表情を浮かべた。


「今朝は、何かやることがおありだったようで、ずいぶん早起きされたんです。その御用がすんで、ナイトレー様がいらっしゃるまで、まだ時間に余裕があったので、朝食を召し上がっていたんですが…」


「…?」


「スコーン用に、生クリームをたっぷりお出ししてたんです。」


「…」


「それを、盛大にこぼされてしまいまして…」


「あー…。」


「全身生クリームまみれに。それで仕方なくご入浴を。」


その2、王子様は大変不器用でいらっしゃる。





---***---





ノエルによると、ハイネは入浴後は温室に行くとのことだったので、そちらへと足を運んだ。


訪れるたびに思うのだが、ここの温室は本当に見事だ。


色とりどりの花、青々とした葉の生い茂る立派な木々。


植物だけでなく、噴水や人工の小川なども備え合わせた、寛ぎの空間となっている。


ハイネは、この温室がいたくお気に入りのようで、一日の大半をここで過ごすことも少なくはなく、必然的にレオンにとっても馴染みの場所となった。


景色を楽しみながら、温室の中を奥へと進んでいく。


すると、大きな木の幹の下に設置されたカフェテーブルに伏せて眠る、ハイネを見つけた。




ガラス仕様の天井から太陽の光が差し込み、ハイネの蜂蜜色の髪をきらきらと照らす。


やわらかな光に包まれ、穏やかに寝息を立てて眠るハイネの姿は、相変わらず現実とは思えないような美しさがある。


そっと近付くと、ハイネの髪が濡れたままなことに気づく。


ろくに乾かさないまま、眠ってしまったのだろう。いすに無造作にかけられたタオルには、あまり使われた形跡がない。


服装も、ズボンとシャツを身に付けただけで、ずいぶんと薄着だ。


いくら温室の中で暖かいとはいえ、このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。


「ハイネ様、起きてください。」


華奢な肩に手を掛け、軽くゆする。


「んー…」


長い睫毛を震わせ、ゆるゆると瞼が持ち上がると、見る者を惹きつけてやまない、透き通るような虹色の瞳が姿を現した。


「おはようございます。ハイネ様。」


「……おはよう、レオン。」


かろうじて目は開け、レオンを視界にとらえてはいるものの、相変わらず机に突っ伏したままの状態で、ぼんやりとハイネが返事をする。


まだ、意識が半分夢の中のようだ。


「朝から大変だったそうですね。とりあえず髪、きちんと拭いてください。」


タオルを差し出すと、ハイネが素直にそれを受け取る。


そして、乾かし始めようとした時―――――


「ハイネ様、待ってください!ナイトレー様、ハイネ様からタオル取り上げてくださいっー!!」


叫びながら、ノエルがこちらに駆けてくる。


お茶の用意を運ぶ途中だったらしく、手にはトレーを持っているのだが、カップやポットがガチャガチャと音を立てるのも気にも留めず、必死の形相だ。


普段落ち着いた雰囲気の彼女にはおおよそ似つかわしくないあわてた様子に、わけは分からないが反射的に指示に従う。


「…っ、まっ間に合ってよかったです。取り乱して申し訳ありませんでした。」


息を切らせて駆けつけたノエルは、レオンの手元へ戻ったタオルを見ると、安心の表情を浮かべた。


「ハイネ様、ご自分で髪をかわかすなんて無茶です。無理です。無謀です。」


「ひどいなぁ。いくらなんでも無謀まではいかないとおも…」


「無謀です。」


「清々しいほど、すっぱり言いきるねぇ。」


…一体、髪を乾かす行為のどこに、無理や無茶があるというのだろう?


二人のやり取りに付いていけず、茫然としていると、それに気づいたノエルが説明をしてくれた。




何でも、ハイネが自分で髪を乾かすと、毛の流れなどを全く考慮せず、でたらめにタオルを動かすのだそうだ。


その結果、細くやわらかな彼の髪は、毛という毛が絡まり、大変な状態になるらしい。


「以前、こんがらがった髪をほどくのに、丸一日かかったんですよ…。」




よほど大変だったのだろう。


その時の事を語るノエルは、どこか遠い目をしていた。




…王子様は、本当に不器用でいらっしゃる。



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