王子様と譲れない想い
自分には、一生手に入らないと思っていた。
そんな人、いくら望んでも現れっこないって。
それは、しょうがない事だと諦めてもいた。
でも、やっぱり悲しくて。
寂しくて。
どうしようもなく苦しくなって…
そんな時、君に出会った。
君に出会えて、僕がどれだけ救われたか、とても言葉では言い表せない。
君は覚えていないだろうけど、僕は絶対に忘れない。
そしていつか、もし君に助けが必要な時が来たら…
今度は僕が力になるから。
---***---
「本当にレオン・ナイトレーを専属騎士にするつもりなのか?」
「あの事件のことがあるだけに…私もお兄様も、今からでもハイネには別の騎士を選んでほしいと思ってるんだけど…」
簡単な挨拶だけを済ませ、レオンはすでに部屋を後にしている。
ノエルも、レオンを見送りに出ているため、兄弟三人だけとなった室内で、シリウスとスピカが、騎士について考え直すよう説得をはじめた。
レオン・ナイトレー。
名家、ナイトレー家の三男。
精鋭ばかりを集めた王族直属の騎士団、第七部隊の隊長。
実力者揃いの第七部隊の中でも、他を卓越した剣術センスと、圧倒的な魔力を持つレオンは、隊員からの信頼厚く、みんなに慕われる隊長として評判だった。
加えて、容姿も端麗。
艶のあるダークブラウンの髪に、涼しげな切れ長の目は、深いエメラルド色。
スピカはヒョロいと評したが、すらりとした長身にバランスよく筋肉がついた体は十分に頼もしく、世の女性の理想といえるだろう。
見た目も経歴も素晴らしい、まさに非の打ちどころがないエリート中のエリート。
それが、半年前までの彼の、一般的な評価だった。
半年前、あの事件が起こるまでのー
オリオンは近々、隣国であるプロキオンと同盟を結ぶことになっている。
オリオンが同盟を結ぶのは、これが初めてだ。
同盟を結ぶにあたり、プロキオンとは互いに条件を出し合った。
プロキオンからの条件は、オリオンにしか生息しない、アメリアベルという薬草を提供すること。
淡いピンク色の小さな花を付けるこの薬草は、プロキオンで流行している喉の病に効くらしい。
同盟の鍵を握る大事な資源として、アメリアベルの生息地には、厳重な警備が布かれた。
しかしそんな中、アメリアベルの生息地が襲撃される事件が起こった。
犯人として捕まったのは、第七部隊所属のシアン・グリム。
同盟成立を脅かす彼の犯行は、国家反逆罪とみなされ、わずか数日で死刑が決定した。
シアンと親しかったレオンは、彼の無実を強く訴え、シアン本人と直接話をするべく、何度も面会を申し出たが、許可されることはなかった。
そして、刑の執行前日を迎え…
レオンは、強硬手段にでた。
シアンが監禁されていた牢を破壊し、彼を逃がしたのだ。
そのまま、シアンは現在も行方不明。
重罪者の逃亡を手助けしたとして、レオンにも国家反逆罪が科せられることとなった。
「反逆者を専属騎士にするなど、とんでもない暴挙だ。本来なら絶対に許されることではない。…相当周りから叩かれることになるぞ。」
「反逆者って決まったわけではないでしょう?それに、シアンが本当にアメリアベル襲撃の犯人だったかどうか自体、今となっては怪しいところです。」
ハイネの言葉に、シリウスが難しい顔をして押し黙る。
レオンが事件を起こしたと知らせを受けた後、ハイネは一連の出来事を調べなおした。
すると、いくつも不審な点が見つかったのだ。
「どうしても、レオンが良いんです。彼でなければ意味がない。」
考えは変わらないと、はっきりと意思を伝えると、シリウスの表情が更に険しいものになる。
「…お兄様、諦めましょう?こうなったらハイネは絶対に譲らないもの。幸い、レオン・ナイトレーが起こした事件の内容を知っているのは、ごく限られた人間ですし。何より、お父様もレオンをハイネの騎士にすることを認めていらっしゃるわけですから。」
お父様、つまり、オリオンの王であるゼウスは、ハイネのことを溺愛している。
そんなゼウスが、レオンを騎士にすることを許可したということは、少なくともレオンが直接ハイネに危害を与えるような人物ではないと、スピカは判断してくれたのだろう。
「…おまえはハイネに甘過ぎる!!」
ハイネの味方にまわったスピカにそう言い残し、シリウスは部屋から出て行ってしまった。
乱暴に閉められた扉が、バタンッと悲鳴をあげる。
「…怒らせてしまいました。」
「怒ってたわねー。でも、あれ以上反対せずに出て行ったってことは、お兄様だって結局はレオンを騎士にすることを認めたんだとおもうわよ。」
甘過ぎるって言ったって、自分だってハイネには甘々のくせにねと、スピカが朗らかに笑う。
しかし、その笑顔はすぐに引っ込み、表情が曇る。
「でも、私もお兄様も、怒ってるっていうより心配してるのよ?確かに、レオン・ナイトレーが起こした事件の内容を知ってる人間はほとんどいないけど、彼が事件を起こして隊長を解任されたってことは、皆が知ってるんだから。」
スピカの言うとおり、事件の内容が知られていないというだけで、レオンが何か大きな事件を起こしたということは、周知の事実だ。
問題人物を専属騎士にしたとあっては、周りからの風当たりはきつくなるだろう。
「……すみません。」
心配顔のスピカに、心配させてごめんなさいの気持ちと、それでもレオンを騎士にすることをやめるつもりはないという気持ちを込めて、そっと謝る。
「そーんな顔しないのッ。」
「どんな顔してますか?」
「困ったーって顔。そんな顔も憎たらしいくらい可愛いんだけど。」
スピカの手がこちらへと伸ばされ、頭をなでられる。髪をすく手が心地よくて目を細めると、優しい顔をしたスピカと目が合った。
「困らせたいわけじゃないのよ?でも、どうしても心配。」
「心配しなくても大丈夫です…とは言えないですからね、残念ながら。何しろ僕は最弱ですから。」
力を持たないにも関わらず、王や、王位継承権上位のシリウスやスピカに可愛がられているハイネに対し、王宮内で友好的な人間はひどく少ない。
軽い陰口から、下手をすれば大けがをするようなことまで、今までにもさんざん嫌がらせを受けてきている。
レオンを騎士にすれば、そういった類の嫌がらせは間違いなく増加するだろう。
そして、自分の身は自分で守れると言えるほどの力がないことを、ハイネは良く自覚している。
「自覚があるならよろしい!危ない目に合いそうな時は、全力で頼りなさい。私もお兄様も、喜んで力になるから。」
「ありがとうございます。…兄様も、姉様も、本当に僕に甘い。」
この調子で甘やかされ続けたら、ものすごくダメな大人になりそうだ。
「ハイネを甘やかすのは、私とお兄様の趣味!」
「趣味ですか?」
「そう!だからハイネは大人しく甘やかされてなさい!」
明るくそう言い放ち、ギュウギュウと抱きついてきたスピカに、ありがとうございますと、心からの感謝の言葉を告げる。
シリウスとスピカには、本当に大事にされていると思う。
もちろんハイネも二人の事を大切に思っているし、出来ることなら、そんな二人に心配をかけるようなことはしたくない。
しかし、今回は……レオンに関してだけは、絶対に譲るわけにはいかないのだ。
レオンが窮地に立たされたなら、必ず自分が力になる。
あの日から、その気持ちはずっと変わっていない。