王子様との出会い2
「あなたが、ハイネが騎士に選んだレオン・ナイトレー?第七部隊の隊長だったっていうからどんな屈強な男かと思えば…何かヒョロっちいわねぇ。王族の騎士が務まるほど実力があるのかしら?」
現れたのは、仁王立ちした二人の闘神だった。
遠慮のない言葉を投げつけるのは、第一王女、スピカ・オリオン。
腰まで届く鮮やかなオレンジ色の髪に、同じ色の瞳。
戦闘での実力もさることながら、その美貌で多くの人間の憧れを集めている。
スピカの隣で、黙ってこちらを睨みつけているのが、第一王子、シリウス・オリオン。
漆黒の髪に、アイスブルーの瞳。
顔立ちが端正なぶん、無表情で…というか、どちらかといえば不機嫌そうな顔で視線を送られると、すさまじい威圧感がある。
二人は母親が違うため、容姿は似ていないが、身にまとう凛とした雰囲気は共通していて、王族ならではの気品があふれている。
「お初にお目にかかります。この度、ハイネ王子の騎士を務めさせていただくこととなりました、レオン・ナイトレーです。」
「……。」
何やら歓迎されていないようなので、決して失礼のないよう、胸に手を添え、お辞儀の角度にも細心の注意を払い、これでもかというほど丁寧に挨拶をしたのだが、顔をあげて視界に入ってきたのは、あいかわらず不機嫌さを隠そうともせず、こちらを睨みつけるシリウスとスピカの顔だった。
「やはり、俺はこいつがハイネの騎士になるのは反対だ。あんな事件を起こした者など信用できない。」
これまで黙っていたシリウスが発した一言で、初対面にして敵意をむき出しにされているこの状況に、“あぁ、やっぱりか”と納得がいった。
この二人は、自分が起こしたあの事件を知っているのだ。
まあ、あれだけの事をしでかしたわけなのだから、むしろ耳に入っていないほうがおかしい。
だからこそ、レオン自身、ずっと不思議に思っていた。
どうして、あんなことをした自分の処分が、王子の騎士になることだったのだろうかと。
「私も、シリウス兄様の意見に全面的に賛成。やっぱり、ハイネの騎士はもっと他に適任者を探すべきよ。ヒョロい上に、信用できない男なんて冗談じゃない。」
ひどい言われようだが、王族相手に反論できるはずもないし、したいとも思わない。
スピカの、敵意をいっさい隠そうとしない物言いは、いっそすがすがしいほどだ。
「そもそもあの事件って、まだ解決してないんでしょう。それなのに…」
「兄様も姉様も、僕のナイトをあまり苛めないでください。」
スピカの声をさえぎって、部屋の奥から顔を出した少年を見た瞬間、レオンは思わす息をのんだ。
透き通るように白く、きめ細やかな象牙の肌。
肩まで伸ばされた、細くやわらかな、蜂蜜のように透明感のある金髪。
そして、何より印象的なのは、瞬きする度に風が起こりそうな程長い睫毛に彩られた瞳の色。
見る角度によって色を変えるそれは、まるで虹のようで、目が離せなくなる。
彼を構成する全ての部品が美しい。
「はじめまして、ハイネ・オリオンです。」
現実離れした美貌のこの少年が、レオンが仕えることになった、ハイネ・オリオン……
思わず返す言葉を忘れ、目の前の幻想的なまでに美しい少年に魅入る。
しかしそこでなぜか、“懐かしい”という不思議な感覚がレオンの中にうまれた。
自分は、以前にもどこかでハイネに会ったことがあるような…
しかし、これほどの美貌を持つ人間、それも、最弱とはいえ王子という肩書を持つハイネに、もし一度でも会っているのだとすれば、忘れるはずはないと思うのだが。
本格的に考え込みそうになった瞬間、レオンを凄まじい勢いで現実に引き戻す光景が、目の前で繰り広げられた。
扉の前まで歩いてきていたハイネを、シリウスが抱き上げ、猛スピードでベッドへと運んで行く。
それはもう、目にもとまらぬという表現が大袈裟ではない程のスピードで。
シリウスがハイネをベッドに下ろすと、すかさず後ろに付いてきていたスピカがハイネにブランケットを掛ける。
「絶対安静にと言われているだろう!?歩くな!動くな!むやみに立ち上がるな!移動するなら俺に言え。どこにでも運んでやる。」
闘神の名にふさわしく、思わず体がすくむ程の剣幕でシリウスがハイネに詰め寄る。
しかし、言っている内容は甘々だ。
「ハイネ、寒くない?もう少し厚手のブランケットのほうが良いかしら??」
そう言って、眉を寄せ心底心配そうな顔で甲斐甲斐しくハイネの世話をやくスピカには、もはや闘神の迫力はまったく感じられない。
「兄様も、姉様も落ち着いて。とりあえず、レオンにちゃんと挨拶くらいさせてください。」
ハイネが、二人を宥めるように穏やかに声をかけ、再び立ち上がろうとするものの、
『動くな!』
『動いちゃだめ!』
きれいに揃った二つの声に阻まれ、ベッドへと体を沈められる。
「やはり今日はまだ寝ていたほうがいい。」
「そうね、顔合わせは、もっとハイネの体調が万全になってからでいいんじゃないかしら。」
二人で話をまとめにかかって、ハイネの主張はきれいに無視されている。
するとハイネは、黙ってじっとシリウスとスピカに視線を注いだ。
それに気づいた二人は、どうしたのかとハイネの顔を覗き込む。
そうして、目があった瞬間…
「お願い。」
………。
ため息が出るほど美しい虹色の瞳で、至近距離から二人を見つめながらそう一言発した最弱の王子様は、それはそれは愛らしかった。
「…っ!!」
二人はコホンと、わざとらしく咳払いをして、そっとハイネの後ろへと下がる。
…丸めこまれた。
どうやらオリオンの闘神は、二人揃って最弱の王子様にぞっこんのようだ。
「じゃあ、改めて自己紹介を。オリオン第5王子、ハイネ・オリオンです。よろしく、レオン。」
優しい微笑みを浮かべた王子様に、「こちらこそよろしくお願いいたします。」と返しながら、何やらとんでもない人物の騎士になってしまったのかもしれないと、これからの日々に不安を抱かずにはいられなかった。