入学式は帰るまでが入学式です
ゆっくりとですが更新していきたいと思います。
いつの時代も長々とした演説のような話は聞いていて欠伸がでる。話している側からすれば伝えたいことは山ほど。気持ちも入ってしまい、長々と話込んでしまうのは世の常だ。だが、ここに存在している人間は違う。誰もがその言葉に耳を傾け、その視線は壇上に注がれている。
壇上で皆の視線を一身に集めている人物。「ハッセン・フェアラート」はレオ国のナンバー2であり、最近調子を崩されている国王に代わってこうした式典に参加している。
「諸君らの健闘を期待する」
「やっと終わったよ……ふぁぁ」
訂正しよう。「一人を除いては」にだ。漸く長ったらしい挨拶から解放されたとここぞとばかりに欠伸を1つ。彼女からすれば式典なんてどうでもよく、さらに運がよいのか、これで入学式は終了とのことらしい。堅苦しいことは大嫌いなナナセは入学式の間「帰ってから何をしようかな?」と考えている程だった。
入学試験から始まった入学式が終わり、時刻は午後の3時頃か。まだ日も高く木漏れ日もまだ暖かい。クラス分けなどについては明日行われることになっているから学園に留まっておく理由などない。絹のような白髪を風に靡かせ門へと向かう。
「ツキシロ・ナナセ様ですね。これをお持ちください」
正門の手前で、メイド服姿の女性が数名、そのうちの一人がナナセへと話かけた。その手には指輪が1つ。その手からナナセへと指輪が渡される。
「その指輪はこの学園に在籍している証拠となりますので、常に身につけていただくことになりますので。ではお付けください」
特に何も疑問に思うことなく指輪を左手の人差指に通す。まるで事前に採寸されていたかのようにぴったりと納まった。違和感も特になく邪魔になりそうにない。とりあえず箱にでも片付けようと指輪を外そうとしたが、元々指の一部であったかように、外すことができなかった。
「常に…、こういうことね」
そんなことだろうと思って特に何も言及はしなかった。多分、この指輪にまだ役割がありそうだが、ナナセはどうでもいいらしく、すぐに家路へ着いた。
「ナナセーーーー」
年相応の声変わりを迎えた少年の声が背後から迫っている。が、この声の主は先ほどまで同じ場所にいた人物であって……
「おいおい、指輪取れなくなったぞ!?ナナセ、お前もか?」
なにか返事をすることもなく、すたすたと歩いて行く。相手にされないアンジはすぐに後を追っていく。傍から見れば完全に尻に敷かれている男だ。
「アンジだったっけ?さっきのメイドさんが言ってたでしょ。常にって。別に邪魔じゃないんだし、問題ないでしょ」
「それはそうだけど、なんか裏がありそうだろ?」
そんなことは分かってると言いたそうなナナセを尻目にアンジは今日の出来事を振り返り、ナナセは黙って歩く。二人の手には赤い指輪。バルデ魔法学園に入学した者の証。静かに、指輪は日を浴びてただ美しく輝く。
トアリスト大陸における身分の中で、魔法の使用を許可される者は当然ながら身分は高い。バルデ魔法学園に在籍しているということだけでも、同じ13歳達とは扱いが違う。店での買い物から始まり、施設の利用など。魔法に関わる者は優遇されている。バルデ魔法学園在籍の証「取れない指輪」は身分を簡単に高めてくれる価値ある物である。
「つまり、アンジは私の事が心配だから付いてきたの?」
「たまたまだって!俺の家も方向が同じだっただけだ」
許される者と許されない者
この少しの違いがこの世界では大きな差を生む。一生を費やしても覆すことのできない差。
「囲まれてるね、私達……」
善からぬことを考える者は当然存在する。許されない者達は力のまだ乏しいこの時期を今か今かと待ち焦がれていた。
学園から20分ほど歩いた川沿いの道。ただ日も落ちかけたこの時間帯は人の行き来はほとんど無い。どうやら朝からナナセを狙っており、この時を待っていたようだ。ただ、予想外だったのは、アンジがいたこと。だが、襲撃者達には嬉しい誤算だっただろう。
「指輪が2つも転がってきやがったぜ。おいお前ら、さっさと頂こうぜ」
グループの首領と思われる男が声を上げる。それに呼応するように30名ほどの仲間も声を上げる。その手には小型のナイフや鉈が鈍い光を放っている。この状況から推測するには、どうやら指ごと持っていくつもりのようだ。売っても裏では遊んで暮らせるほどの金額で取引される。魔法の使用が許される者の数が総じて少ないのはこれも原因の一つ。特に入学を許されたばかりのこの時が一番危険なのだ。
二人を囲む集団は全員が顔に黒布を巻いており面が割れることがないようにしている。声や体格から判断すると30代前後だろうか。それに加えて、女性の姿も見受けられた。男性、女性問わずこうした犯罪行為に手を出す……この国の影の部分がこの場所に集まっているようにも見受けられる。
「ナナセ、後ろに下がっとけ。俺がやる!」
ナナセを庇うようにアンジが前に立つ。そして右手を突き出す。どうやら魔法によってこの状況を打開しよう試みるようだ。だが、「入学後を狙われる」からその人数を落とす訳ではない。学園生の重荷になっているものは別にある。それは……
「……っ、魔法が使えない!?」
左手を突き出していたアンジの言葉にナナセも掌に魔力を練ってみるが、魔力が練ることができなければ、身体に痛みが伴った。そして左手の指輪から警告音と共に警告文が掲示された。
[魔力使用禁止エリアです。これ以上使用を試みた場合は懲罰の対象です]
「魔法を自由に使えるわけじゃないってわけね」
掲示されたデータに、魔力使用が許可されているエリアが示されているが、ここからで一番近いのは……家。つまりナナセの家ということになる。
「つまり、魔法なしでこいつらを何とかしろってことか。できなきゃ、良くて指。悪くてこの世とおさらばってことか」
「足震えてるよ。怖いの?」
「へっ、まさか。それよりも、背中気を付けろよ」
強気の言葉を返してくるアンジだが足は震えている。けれどそれは恐怖などではなく、いわゆる「武者震い」というやつだった。一方、ナナセはやる気のようだ。ただ13歳の少女には変わりはない。だが13歳らしからぬのは、ナナセの眼に宿る決意。決意とはツキシロ家を存続させること。父、母、そしてナナセのメイドになった姉の為に。
「野郎ども、かかれー」
「「「おおおおーーー!!!」」」
下っ端と思われる5人が一斉に飛びかかる。それぞれの手には獲物がしっかり握られており、そのどれもが切れ味の高さを物語っている。
すっと一呼吸。アンジの身体が止まる……勝負は一瞬。魔法が無くとも戦える。それだけのことをアンジは成してきた。
呼吸を読む
振りかぶる男の腹に正拳で一撃。静から動に移るその一瞬に体重が込めた一撃が見舞われ、声をもらしその場に倒れ込む。続けて、右足で踏み込み、速さを乗せた肘打ちを鳩尾に、みまう。わずか3秒足らずの出来事だがアンジにとっては物足りなかったのだろう。
「遅えよ」
振りかかる得物はパーリングで逸らされる。呼吸を読まれ、アンジのリズムに引き込まれたまま攻撃にでるということは、絶好のカウンターの機会を与えていることと同じ。顎には拳が命中しており、またしても地面と熱いkissを交わすことに。
「女を狙え!男は後だ!!」
「しまった!?ナナセ!!」
ナナセがアンジの後ろから離れた為に、周囲の連中の3名ほどがナナセを狙う。それは至極当然のことであり、ナナセも覚悟はしていた。むしろアンジが不用意すぎだったと言えるだろう。助けに行きたいが、残りの二人がアンジを阻み、相手をせざるを得ない。容易に距離は詰めてこずにナナセとの間に入られ、距離が迂闊に詰めることができない状況に持ち込まれた。
状況が悪くなる一方でナナセは構える。だがナナセの力ではアンジのようにはならないことは明白だ。相手の力を利用しても本来の力が非力すぎて、決定打とすることができない。
「耐えて……みせる」
ナナセとてただの13歳の少女ではない、幼いころから護身についてはユキナに教わった。押し寄せる3人を相手取り、アンジを待つ。それしか今は考えられない。迷いは捨てた。後は実行あるのみ。
踏み込みに合わせて自らも踏み込む。当て身の要領で、バランスを崩させると右手を弾き、得物を川縁に弾き飛ばす。体重のバランスが崩れたなら男でも投げるは容易。袖を引っ張り腰を使って、投げ伏せる。続く男も左手で右手首を掴み、右手で真っすぐ伸びた肘を掌低で押し上げる。何か嫌な音が聞こえたかもしれないが、男は得物を放す。続けて人中に一撃。最後はどうやら女性のようだ。だが、女からは並々ならぬ気迫を感じる。だがナナセとて譲れるものではない。
「私達の為に……指輪を」
「……ゴメン」
拳による喉への一撃。苦しみと同時に彼女の意識を刈り取った。
「ナナセ、待たせた」
残った二人を気絶させたアンジがナナセの前に再び立つ。アンジを待つつもりだったが、思いのほか無力化できたことにナナセは驚いている。同時に苦い感情にも苛まれる。家の為に。そう誓った若き当主は迷いを捨てる。
「ただのガキだと思ったのが間違いだ。かまうこたねえ、全員でやっちまえ!」
相手も馬鹿ではない。圧倒的な量。一対一で勝てないなら、数の有利を使わない手などない。ナナセとアンジも流石に、凌げるのか自身はなかった。むしろ無理に近い状況だ。額から伝い落ちる汗が妙に冷たかった。
「覚悟を決めるしかないね」
「ああ、そうだな」
背中合わせに、お互いが拳を握りしめ、構えを取った……その時だ。
「お頭!何か向こうから来てやすぜ」
ナナセ達が帰っていた方向に視線を向けると土煙と共に、なにかが走る音が聞こえる。それ徐々に大きく、かつ鮮明に。それは一段とスピードを増し、ついに鮮明な映像を映し出す。
「馬二頭と、女だ!?」
その言葉でナナセの表情から焦りが消えた。一体だれがこちらに向かってきているのか。それは、燃えるような朱色の髪にメイド服。そして、あの愛馬達。
「姉さん、シュニー、セティ」
帰りが遅いナナセを心配して、ユキナが迎えに来てくれていたようだ。ユキナの愛馬シュニー。そしてナナセの愛馬セティ。それぞれ引き連れ迎えに来た時この異変に気付き飛ばしてきたのだ。
「なに、たかが馬二頭に女が一人増えた程度だ。なにも問題ねえ。どうせなら、女は頂いていくか」
「軽口叩いてる暇あったら、気を付けたほうがいいよ」
「なんだと、このガキ・・・うぶぁああ」
「だから言ったのに」
起きた事を話せばこうなる。セティが集団に突っ込んできて数人を蹴散らすと、シュニーがさらに突っ込んできた。これだけで残り10人程度まで蹴り飛ばされた。上空からは両手にクナイのような投擲武器をもったユキナが次々と相手を無力化。最後に残ったリーダーの首筋に刃を当て「次に我が当主に手を出した場合は命が無いと思え」と脅しをかけると男は失禁していた。まわりの仲間達も結局この場で全員がのびている。
「お譲様、お迎えにあがりました」
「姉さん、ありがとう。心配かけたね」
このやりとりにアンジの頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる事だろう。とりあえず、今日は助かったということだけははっきりしていたが。
「アンジ、腕怪我してる」
ナナセの言葉に確認してみると、確かに右手からは血が出ていた。先ほど気付かないうちに斬られていたらしい。
「いいよ、これくらい。大丈夫だ」
「君ってほんと単純だね。ちゃんと手当てしないと」
「別にいいって。俺は大丈夫だって」
そんな二人に痺れを切らしたのはユキナ。埒があかないと判断すれば即座に行動に出る。
「お譲さまの御学友ですね。それにお譲さまを守っていただきありがとうございます。然らば、当家にて治療をと考えておりますが」
これにはさすがにアンジも断れなかった様子で、渋々承諾することに。二人とも何故か嬉しそうだったのは気のせいだろうか。
「じゃあ、アンジ。案内するから乗って。ここからもうすぐだから」
「それはいいよ、歩いて行くから」
「馬であと15分はかかるよ」
「……分かった、乗るよ。乗ればいいんだろ」
アンジもどこか単純だがそこは13歳。恥ずかしいと思うのは当然だろう。だがそれも一瞬で消える。何故って?
「ちょ、速すぎだろ!?」
シュニーとセティが普通の馬より速かったからだ。こればかりは耐えきれず、いつのまにか、ナナセにしがみ付いていたのは、忘れたい思い出だ。
走ること15分
「アンジ、着いたよ」
優雅で広大な敷地。そして気風溢れる佇まい。ツキシロ家のまえにアンジは立っていた。
「すげえ……」
ユキナが馬を繋いだあと、門を開ける。そして三人は玄関に。そしてユキナはエントランスの扉を開く。ナナセは身体をアンジの方へと向けた。
社交の場としての一礼を忘れず。ナナセは言葉を紡ぎ出す。
「ナナイ・アンジ様、ようこそいらっしゃいました。ツキシロ家15代当主ツキシロ・ナナセ。心より歓迎いたします」
「へっ!?」
アンジの抜けた返事は闇夜に木霊した……。
何かあれば気軽にお願いいたしますm(__)m