入学式?いいえ、入学試験です
‐‐‐バルデ学園‐‐‐
午前9時頃といったところだろうか。バルデ学園の校庭には1000人は超えるであろう人が溢れかえっている。特に驚きはしなかったが、この国で発展しているものを考えると当然といったところだろう。気にすることなく大きく開かれた門をくぐった。
「…ん?」
私が校庭に入ったと同時に、門が閉ざされた。同時に放送が始まった。
[只今を持ってバルデ学園入学式を開始する。時間を守れない者などこの学園の敷居を跨ぐことなど御断りだ]
野太い男性の声のアナウンスが始まった。この話の限りではナナセも結構危なかった……が本人は「まっ、いいけど」程に考えているが。
[さて、毎年このような人数が集まることは当たり前だが、諸君等よく考えて欲しい。この学園は1学年100人程度しか在学していない。このことが分かるか?]
校庭に集まっている入学生がざわざわと騒ぎ出す。「そんなこと初めて聞いた」「聞いてないぞ!!」といった声がちらほら聞こえるが、そんなことお構いなしだ。それよりも早く話を進めてほしいのだが。どうせ何かあるのが見え見えだから。
[さて、そんな諸君等に朗報だ。この学園に入学するのはいたって簡単だ。諸君等の素質をここで示してもらう。]
この放送と同時に右手側にある門が開け放たれる。この門の開放が意味されることはただ一つ。
[この敷地には多数のモンスターが生息している。諸君等は契約を見事交わし、この校庭に帰ってくることができれば、見事入学としようではないか]
ざわつきは瞬く間に拡がりそして成すことが伝わると我先にと開かれたばかりの門へと殺到していく。人が人を押しのける様、人波とはまさしくこのことだろうか。
[時間は今から2時間。それでは入学試験を開始する]
そこで放送は途切れた。我先に流れる波をよそ眼にゆっくりと背伸びをする。特に急ぐ必要を感じない。そんなこと関係ないのだから。一家の当主として、威風堂々。ゆっくりと門の方へと歩みを進めた。
‐‐‐バルデ学園 森林‐‐‐
13年間この国で生活していたのに、こんな場所があるなんて知らなかった。日光は遮られ、うっそうとした森が続いている。どこからか獣の鳴き声が木霊しており、かなり物騒なこの森をどこかピクニック気分で散歩している。
学園の事は全然興味なくて事前に調べてなかったんだけど、入学試験なんてめんどくさくて仕方ない。なんでこんなめんどくさいことをわざわざするんだろう。
興味のないことには全く関心を示さない、ツキシロ家当主。大丈夫だろうか。本人は適当に時間を潰そうとこの辺りをぶらぶらするつもりのようだ。が……
ぎゃああぁあ!!!
いやああああ!!!
明らかに人の悲鳴だ。
森の奥深くから聞こえるほどこの森は静けさを保っていた。
「素質を示せ……か……」
退屈はしなくて済みそうだ。軽く身体を動かすと、散歩は中断、奥へと駆けすことに。だがすぐに予想通りの光景が視界に飛び込んでくる……
「・・・悪趣味だな」
木々にもたれ掛り、腕や足に傷を負い出血している試験者が何十人と……
痛い……怖い……嫌だ……助けて……止めてくれ……
この傷はモンスターに襲われたものだろう。契約はモンスターを倒すことが絶対条件。これぐらいは私でも知っている。
呻き声に支配されるこの空間を足早に通過することを決めた。情けをかけるつもりは一切ない。素質を示せというのだから、ここに倒れている者はその素質がなかっただけということだ。私は倒れている彼らとは年齢的には一緒の少年、少女だ。だが背負っているものは全く違う。
「私の失敗はツキシロ家の終わりと同じ…」
甘さはすなわち自分の身を滅ぼすことに繋がる。そのことは重々理解している。だから心を閉ざし、奥へと進む。それが少女が背負う「物」の重さの証でもある。
モンスターを探し始めて1時間は経過しただろうか。一向に私の前に姿を現さない。
「なんで一匹も出てこないんだ?」
誰にも聞こえない呟きは木々の間に消えていった。実際にモンスターの声は所々で聞こえているのだが、ナナセの前に一切現れない。与えられた時間の半分が経過していることを考えるとなんとか遭遇はしておきたいものだ。
私の実力はどのくらいのものかよくわからない。
この国の法律の中に魔法を家庭で練習が許可されるのは入学前の1ヶ月のみというものが存在する。この法律の為、ここに集まるものは全て条件は一緒なのだ。
モンスターと早く戦いたい……その気持ちとは裏腹に時は無情に刻まれている。
残り15分といったところか。
犬のようなモンスターが藪から飛び出してきた。
「ついに…お出ましってわけね」
左手を前に突き出し構える。が、藪から出てきたのはモンスターだけではなかった。
「待てコラー!!」
声と共に紅色の髪の少年が飛び出してきた。
「そいつは俺の獲物だ!!!」
転がり込むように現れた少年はすぐにモンスターと相対する。
突然現れた少年に戸惑いを見せるもすぐに状況を把握する。どうやらこの犬はこの少年の獲物のようだ。
時間はないのは分かっている……が、人の獲物を奪うほど私も堕ちてはいない。
「君の獲物だろう?私は奪う気はない」
「当然!!!犬っころ!!まだまだ俺は諦めてないぜ!!!」
犬のモンスターが少年へと突っ込む。少年も負けじと突っ込み、そのまま取っ組み合いに……。腕を噛まれながらも、殴り、転がりといったようで、ナナセからすれば「何やってるんだ?」といった感想しかなかった。
そして少年がこちらに吹き飛ばされ戻ってきた。
「君、もしかして火の月産まれ?」
「ああ、そうだ。なんで分かったんだ?」
「単純そうだから」
「・・・・・・」
産まれた月の精霊にある程度影響は受けるのだが、まさかここまで分かりやすいぐらい影響を受けてるなんて…
「それよりも、モンスターは魔法じゃないと倒せないよ。知ってるでしょ、それくらい」
「・・・・・・」
知らなかったみたい。ここまで単純だとなんだかお節介したくなるよ、ほんとに…
「君、サラマンダーの加護を受けてるんだから、火の魔法得意でしょ?犬のモンスターだし、火に弱いはずだよ」
そっか!と手を叩くとすぐさま詠唱に移る少年を見て、思わず溜め息が漏れる。
ほんと、単純だね……!?
少年を見ると掌に巨大な火球が練られている。だが彼が詠唱しているのは、上級魔法などいったものではない。初歩中の初歩。「フレイム」だ。
「加護を得てるからって、とんでもないね、これ。でも彼、獲物見てないし……ほんとしょうがないな」
犬のモンスターも当然この火球にはビビってしまい、すぐに逃げ出そうとした。だがナナセもお人よしなのだろう。フレイムで焔の柵を作り上げた。これで四方を焔で囲まれたモンスターは逃げ場をなくし中央で吠えているだけ。そしてようやく詠唱を終えたフレイムが直撃する。
轟音と爆発ともに、犬のモンスターは消滅した。代わりに存在していたのは、掌に乗るくらいの球だ。
「君、その球に自分の魔力を注ぎ込むと契約完了だよ……ってなんで私が面倒みてるのかしら」
「そうなのか?全然知らなくて一人じゃ困るところだったな」
すぐに彼は魔力を注ぎ契約を済ませていた。すると球が消え、代わりにデフォルメされた小さな犬が出てきた。
「さっきの犬だね」
「こんな可愛かったか?」
「そういう問題なの?」
そんなやりとりをしていると犬の額に文字が浮かんでいるのに気付く。
愛称を決定してください
「んーじゃあ、ケルで」
「早っ!?」
「いいんだよ、直感が大事なんだよ」
そして残り5分を知らせる放送が入る。つまり校庭に戻らなければならない。結局この二時間モンスターを倒すことなく、契約を交わすことはなかった。でもここで何をしていても何も起こる事はない。とりあえず、校庭へと急ぐことに。
「そういや、君の名前は?」
「俺の名前はナナイ・アンジだ。よろしく」
「私はツキシロ・ナナセ。よろしく」
以上だ。何故かって?時間がないからだ。
残り1分…ようやく門が見えた。が、予想通り門は閉まりかけている。
二人して追い込みをかけ、寸でのところでゴールイン。同時に門は完全に閉ざされた。
[受験者の皆さん、御苦労だった。今年もやはり100人程度まで減ったようだな。では契約したモンスターを出したまえ。契約した後、愛称を決めただろう?その名前を呼ぶと彼らは出てくる]
校庭に集まっている合格者達はそれぞれ契約したモンスター達を呼び出している。だがそれぞれがデフォルメ化されており何故か可愛く感じてしまうのだが。
[そこの白髪の子。早く契約したモンスターを出しなさい。もしや契約できずに戻ってきた臆病者かね]
アナウンスの嫌味などナナセの耳には入ってなどはいない。それよりもアナウンスの内容に聞き覚えがあった。
「名前を呼ぶと出てくる……それにあの小さなモンスター達……」
なんで気付かなかったんだろう…いや知らなかったんだろうか……
契約していたんだ。私は遥か昔に、すでに。
「ウル、おいで」
ナナセの正面にちょこんと座り、尻尾を激しく振るウルが現れる。
ウルは…モンスターだった。そして私はいつ契約していたのだろうか。昔のことはあまり覚えていない。ウルを飼い始めたころの記憶も曖昧だ。だけど、ウルのおかげでこの場は何とかなった。
「ありがと、ウル」
頭を撫でてやれば嬉しそうに、眼を細め、鳴いていた。うん、可愛い。
[よろしい。ではここにいる諸君。ようこそバルデ学園に。入学おめでとう。そして契約者に昇進おめでとう。では正面の門へ進みたまえ。入学式を行う]
アナウンスの終了が合図となり、正面の門が開放される。
講堂が100名を招くかのように……入学式会場へと足を進めたのだ。