欠点の力
# 第2話 欠点の力
## 一
部屋が、静かだった。
窓から入る光が、灰白色だった。六月の朝。まだ完全には青になっていない。机の上に置いた紙が、風に押されて、斜めに傾いていた。誰も押さえつけていなかった。
広間の中央に、大賢者が立っていた。
背中に光が当たっている。影が、床に斜めに伸びていた。三度の傾きと同じ角度だった。レンが直した壁の継ぎ目と、同じ方向に。
十六人が、円を作っていた。全員が座っている。椅子の木目が、指先に残っている。土の匂い。火薬の匂い。植物の匂い。全部が、混ざり合っていた。嫌悪ではなかった。
大賢者が、口を開いた。
「お前たちは、欠点を持っている」
レオンが、剣の柄を握った。指先が、白かった。
「転ぶ。魔力が足りない。体力がない。血を見ると倒れる。爆発する。建物が傾く。植物を枯らす。迷う。沈黙する。混乱する」
一人ずつ、名前を呼ばなかった。しかし、全員が、自分の番だとわかった。胸の奥で、何かが縮んだ。
大賢者は、続けた。声は、静かだった。
「しかし、聞いてくれ」
一度、止まった。十六人の呼吸が、止まった。同時に。誰の指示もないのに。シオンの沈黙が、全員を動かしていた。何も言わなかったのに。何もしていないのに。
「欠点同士が組み合わさると、最強になる」
## 二
広間に、沈黙が落ちた。
しかし、その沈黙は、空ではなかった。圧だった。十六人の呼吸が、整っていた。誰かが、先に息を吸った。バルドだった。混乱していた。しかし、その混乱の拍子が、全員に伝わった。一拍。二拍。三拍。
シオンが、目を閉じたまま、言った。
「……承知しました」
小さく。しかし確かに。同意ではなかった。確認だった。自分の沈黙が、武器であることの、確認。そして、その武器が、一人では使えないことの、確認。
バルドが、両手を膝の上から上げた。組んだ。解いた。
「えーっと……全員、なんとなく!」
と言いかけて、止まった。唇の裏に、別の言葉があった。出た。
「……ただし、完璧です」
協力の意欲だった。混乱の中で、それでも、全員を一つにしようとした声だった。大賢者は、何も言わなかった。ただ、一度、頷いた。
## 三
レンが、壁を見上げた。
広間の東側の壁。石積みと木枠の継ぎ目。三度の傾き。昨日まで、この壁は「倒れてしまうもの」だった。今日も、傾いている。しかし、レンの指先が、継ぎ目をなぞった。斜めに。力の方向を、地面の中に流すように。
壁が、動かなかった。
しかし、レンの指先に、微かな振動が伝わった。衝撃が、斜めに逃げていった。地面の中へ。木目が、指の腹に残っていた。
「……壁に向き合います」
レンが、呟いた。「倒れません。絶対に」。二度目だった。一度目は自分のために。二度目は、この部屋のために。
大賢者が、頷いた。
「傾きは、弱さではない。力の逃げ道だ」
レンの指先が、壁から離れなかった。木目が、まだ残っていた。
## 四
モモが、広間の隅に置いてある鉢植えを見た。
五月の草。葉が三枚だった。昨日は二枚だった。土が乾いている。しかし、裂け目の方向が違う。昨日より、浅い。葉の角度が、少しだけ、上を向いていた。
「……植物の成長を確認します」
小声で言った。しかし、今日は違った。「水をあげました!」ではない。確認だった。観察だった。何かが足りないのではなく、何かが足りていることの、確認。
モモの指先が、土の表面をなぞった。乾き方。裂け目の方向。葉の角度。全部が、そこにあった。
「植物が育ちました」
その声が、初めて、自分のものとして聞こえた。枯らした罪ではなく、育てた事実だった。
大賢者が、続けた。
「枯らす経験は、罪ではない。それは、土が教えてくれることだ」
モモの指先が、葉の裏を触れた。柔らかかった。生きていた。
## 五
ニナが、地図を広げた。
机の上に置いた紙が、風に押されて斜めに傾いている。ニナは、その傾きを見つめていた。昨日なら、「こっちだと思います」と言っていた。予防線だった。間違えたら嫌だから。今日も、道筋が見えてきた。まだ完全ではない。しかし、見えている。
「……チームワークを築きます」
ニナが、言った。小声ではなかった。十六人に向けた声だった。道の先に、十五人の影があった。一人の影ではない。十五人。全部が、そこにあった。
バルドが、ニナの地図を見た。シオンが、沈黙の中で、その道筋を確かめていた。レンが、壁の傾きと、地図の道を重ねていた。モモが、土の裂け目の方向と、道の曲がり角を重ねていた。
全員が、同時に、見ていた。
## 六
大賢者が、十六人の前に戻ってきた。
部屋の中央に立った。光が、彼の背中に当たっている。影が、床に斜めに伸びていた。
「明日から」
その声は、簡潔だった。
「十六人同時に動く訓練が始まる」
全員が、息を吸った。同時に。バルドの拍子で。一拍。二拍。三拍。
「欠点を才能と認識することは、最初のステップに過ぎない。その才能を、他者の才能と組み合わせて初めて、力になる」
十六人が、頷いた。全員が。シオンも、目を閉じたまま、一度だけ、顎を下げた。レンの指先が、壁から離れた。モモの指先が、葉の裏から離れた。ニナが、地図を畳んだ。バルドが、組んでいた手を、解いた。
## 七
光が、動いていた。
窓の向こうに、雲が裂けた。六月の青が、部屋の中に入ってきていた。灰白色ではなくなった。重く感じられなかった。少しだけ、温かい。
机の上の紙が、もう飛んでいなかった。風に任せたまま、静かに、横たわっていた。斜めに。三度の傾きと同じ角度で。誰も押さえつけていない。飛ぶことも、ない。ただ、そこにあった。
大賢者が、続けた。その声が、さらに静かになった。何ものも触れない重さがあった。
「そして——覚悟しなさい」
十六人が、顔を上げた。全員が。
「この十六人の形は、やがて、一人の人間の形では収まらない」
意味が、すぐには、わからなかった。しかし、全員が、頷いた。理解していなくても、信じていた。シオンの沈黙が、その言葉を、部屋に残した。何も言わなかったのに。何もしていないのに。十六人の呼吸が、整っていた。
バルドが、両手を膝の上から上げた。組んだ。解いた。
「……全員、なんとなく。ただし、完璧です」
レンが、壁を見上げた。傾きが、少しだけ誇らしく思えた。「倒れません。絶対に」。
モモが、鉢植えの葉を、指先で触れた。「植物が育ちました」。
ニナが、畳んだ地図の端を、持ち上げた。「こっちです」。予防線ではなかった。断言だった。
シオンは何も言わなかった。しかし、「……承知しました」という言葉の中に、今日一日で発した一言の重さが、部屋に残っていた。
光が、十六人の背中に当たった。影が、床に斜めに伸びていた。一人の影ではない。十五本。全部が、同じ方向を向いていた。
窓の外は、青だった。




