第1話 追放と“距離”の意味
その日、俺は勇者パーティから追放された。
「……お前はもういらない」
勇者レオンの一言は、あまりにもあっさりしていた。焚き火の火がぱちりと弾ける音だけが、妙に大きく聞こえる。
「理由くらい聞かせてもらえますか」
自分でも驚くほど、声は冷静だった。
「足手まといだからだよ。お前の魔法は中途半端だ。攻撃も回復も一流じゃない。俺たちは次の迷宮に挑む。遊びじゃないんだ」
横で腕を組んでいた剣士が鼻で笑い、僧侶は視線を逸らした。魔法使いだけが少し気まずそうにしていたが、何も言わなかった。
分かっていたことだ。俺の魔法は器用貧乏。火も氷も風も使えるが、どれも一級には届かない。戦場では「一撃で流れを変える力」が求められる。俺は、そのどれにもなれなかった。
「……分かりました」
そう言って、俺は荷物をまとめた。
引き止める者はいない。仲間だったはずなのに、最後はこんなものかと、少しだけ苦笑する。
「野垂れ死ぬなよ」
誰かが背中に投げた言葉を、俺は振り返らずに受け取った。
――こうして、俺は一人になった。
◇
王都を離れ、俺は辺境へ向かった。
当てもない旅だ。ただ、勇者パーティの影響力が及ばない場所に行きたかった。彼らは有名だ。追放されたことも、すぐに広まるだろう。
途中、小さな村で仕事を請け負いながら食いつなぐ。魔物退治、荷物運び、簡単な護衛。どれも地味だが、金にはなる。
ある日、俺は森の奥で奇妙な遺跡を見つけた。
崩れかけた石造りの建物。苔むした階段を降りると、ひんやりとした空気が肌を刺す。奥には魔法陣が刻まれていた。
「……転移陣?」
見たことはある。だが、これは既存のものとは違う。もっと原始的で、粗い。だが、その分――自由度が高そうに見えた。
俺はしばらく、その場に座り込んだ。
考える。
俺に足りなかったものは何だ?
火力か? 回復力か?
違う。
“戦場を支配する力”だ。
ならば――位置を支配できればいい。
敵より速く、味方より的確に、“そこにいる”ことができれば。
「……距離を、消す」
ぽつりと呟いた言葉が、妙にしっくりきた。
俺はその日から、遺跡に通い詰めた。
◇
最初は失敗の連続だった。
魔力を流し込めば、魔法陣は淡く光る。だが発動しない。式が欠けているのか、あるいは俺の理解が足りないのか。
試行錯誤を繰り返す。
既存の転移魔法の理論を思い出し、分解し、組み替える。座標の固定、魔力の圧縮、空間の歪曲。
何度も気を失い、何度も吐いた。
だが、諦めなかった。
勇者に捨てられたことが、逆に俺を研ぎ澄ませていた。
やがて――
「……行け」
小さく呟いた瞬間、視界が歪んだ。
次の瞬間、俺は数メートル先に立っていた。
「……成功、か?」
心臓がうるさいほど鳴っている。震える手を見つめながら、俺は笑った。
たった数メートル。
だがこれは、“瞬間移動”だ。
そこからは早かった。
距離を伸ばし、精度を上げる。視認できる範囲なら、ほぼ誤差なく移動できるようになった。さらに、事前に座標を記憶することで、見えない場所への転移も可能になった。
森の外、村の井戸の前、遺跡の入口――何度も往復し、身体に叩き込む。
やがて、俺は気づいた。
「これ……戦闘に使えるな」
例えば、敵の背後に回る。
例えば、攻撃を受ける直前に消える。
例えば――仲間を救うため、一瞬で距離を詰める。
俺が持っていなかった“決定力”が、そこにはあった。
◇
ある日、村に魔物の群れが現れた。
ゴブリンの群れ。数は二十を超える。村人たちは怯え、武器を持つ者も少ない。
「逃げてください。ここは俺がやります」
そう言った自分に、少し驚いた。
以前の俺なら、こんな無謀なことは言わなかった。
だが今は違う。
俺は前に出た。
ゴブリンが一斉に襲いかかる。
その瞬間――
俺は消えた。
次に現れたのは、群れの中央。
「遅い」
短く呟き、魔法を放つ。火炎が広がり、数体を焼き払う。残りが振り向く前に、再び移動。
背後、上空、側面。
俺は“どこにでもいる”。
ゴブリンたちは混乱し、次々と倒れていった。
気づけば、戦いは終わっていた。
静まり返る中、村人たちが恐る恐る近づいてくる。
「……今の、何だ?」
「瞬間移動、です」
そう答えたとき、胸の奥に小さな熱が灯った。
追放されたあの日、俺は“いらない存在”だった。
だが今は違う。
俺は、俺の力でここに立っている。
(見てろよ、レオン)
心の中で呟く。
いつか、必ず証明してやる。
追放されたのが間違いだったと。
そして――
この“距離を消す力”で、世界をひっくり返してやる。
そう決意した瞬間、俺の物語は本当の意味で始まった。




