便利屋ルーファの平穏な日常~裏の顔はSS級冒険者、真の正体は処刑対象の魔道具職人ですが、今のところバレずに生きています!~
私の名前はルーファ。
王都の端っこで『便利屋』を営んでいる。
雨漏りの修理から、錆びついた扉の油差しまで。手先の器用さだけで、街の人からはそれなりに頼りにされているけれど……。
本当の正体は、この世界ではとっくに絶滅した――いや、させられた『魔道具職人』。
おとぎ話にはこの国を滅ぼそうとしたと聞いたことがある。
本来、魔道具はこの世界のどこかにあるダンジョンから掘り出すだけの遺物。
それを自分で一から作れるなんて、他人からしたら、悪魔みたいなものだ。
もしバレたら、国中の偉い人たちに捕まって、一生自由なんてなくなるだろう。
「ふぅ……今日の修理はこれで終わり、っと」
午前中の仕事を片付けると、私は裏路地で着古した作業着を脱ぎ捨てる。
代わりに纏うのは、顔を隠す深いフードと、年季の入ったローブ。
表の顔は、しがない便利屋のルーファ。
裏の顔は、王国に数人しかいないSS級冒険者、アフール。
「こんにちは、アフールさん。今日も討伐ですか?」
ギルドの受付嬢に声をかけられ、私は黙って頷く。
喋らないのは、声で正体がバレないように話せないという嘘をつき通しているからだ。
私の二つ名は『無言の魔導師』。
けれど実際は、私は指先一つからでも火を出すことすらできない、魔力ゼロの落ちこぼれ。
背負った袋から取り出したのは、自作のからくり杖。
魔力を持たない私が、代わりに魔石の欠片をあらかじめ組み込んで、誰でも魔法が発動するように細工した、世界に一つだけの杖だ。
魔法が使えないなら、使える道具を作ればいい。
職人の意地が詰まったこの杖一本で、私は今日も化け物たちを仕留めて、夕飯代を稼ぐのだ。
今日は森の中に現れた魔獣の討伐だ。
私は一人でそこへ向かった。
ボタンを押せば魔法が出るから、無詠唱で魔法を放てる。そのせいで、神ともてはやされているが…
周りに、誰もいないときは、まるで詠唱しているかのようにぶつぶつと口に出す。
まぁ、雰囲気が欲しいからな。
詠唱を終えると同時に、ボタンを押す。
毎回、当然のように一発で木っ端微塵だ。
楽しいかって言われると、そうでもない。
だけど、討伐任務に出されているなら、誰かが困っているということだ。
それと同じ理由で、便利屋も稼げないがやっている。
誰かがやらないといけないものだからな。
「ふぅ……。ちょっと火力が強すぎたかな」
消し炭になった魔獣の跡地を見て、私は小さく溜息をついた。
この『からくり杖』の難点は、つまみの調整が難しいことだ。
ほんの数ミリずれるだけで、森の風景を一行分ほど書き換えてしまう。
私は杖のネジを締め直し、地面に転がった数少ない討伐証明用の魔獣の角を拾い上げた。
「……あ、欠けてる。これじゃ査定に響くなぁ」
便利屋の私なら、接着剤と研磨剤で元通りに修復できる。けれど、今はSS級冒険者アフールだ。
ここで修復道具を取り出してチマチマ作業するわけにはいかない。
私は無言で角を袋に放り込み、森を後にした。
――王都の冒険者ギルド。
重厚な扉を開けると、喧騒が一瞬で静まり返る。
鎧を着た大男たちが、道を開けるようにして私を避けていく。
その視線には、畏怖と尊敬、そして少しの恐怖が混ざっている。
(いや、そんなに怖がらなくても。中身、さっきまでドブ掃除してた便利屋だよ?)
心の中で苦笑いしながら、私は受付カウンターへと向かった。
いつもの受付嬢、アリナさんが目を輝かせてこちらを見ている。
「お疲れ様です、アフールさん! 魔獣の討伐、もう終わったんですか?」
私はただ、コクりと深く頷く。
そして袋から、少し欠けた角を取り出し、カウンターに置いた。
「わぁ……。やっぱりアフールさんの魔法は凄まじいですね。角にまで焼き跡が……。これほどの高熱を発する無詠唱魔法、宮廷魔導師様でも無理ですよ!」
違うんだ、それは魔法の熱じゃなくて、からくり杖の火炎放射ユニットの出力設定を間違えただけなんだ。
「報酬はこちらになります。……あの、アフールさん。実は、また別件で指名依頼が届いておりまして。お聞きいただけますか?」
私は首を横に振った。
これ以上、裏の仕事が長引くと、この後の「便利屋」としての予約に間に合わなくなる。
今日は、街のパン屋さんの粉挽き機の調子が悪いって聞いてるんだ。あそこのあんパン、おまけしてくれるから絶対に遅れるわけにはいかない。
私は報酬の金貨袋を手に取ると、一礼して背を向けた。
ギルドを出て、人気のない路地裏へ。
そこで素早くローブと兜を脱ぎ、魔法杖を特製の鞄に隠す。
代わりに、使い古したハンマーと油差しが入った道具箱を肩にかけた。
「よし。SS級冒険者アフールは終わり。便利屋ルーファ、再開!」
私は自分の頬をパンと叩いて、気合を入れ直す。
高価な金貨よりも、今は油まみれの粉挽き機が私を待っている。
*
「……よし、これでバッチリ」
パン屋さんの裏口で、私は油まみれの粉挽き機を叩いた。
ただの修理じゃない。
軸受けに摩耗を防ぐ細工をして、ほんの少しの力で滑らかに回るようにしておいた。
これだけで、おじさんの作業はだいぶ楽になるはずだ。
「おーいルーファちゃん、終わったかい?」
「うん、おじさん。もう大丈夫。試しに回してみて」
店主のおじさんがハンドルを回すと、ゴロゴロと重かった音が、まるで歌うような軽い音に変わった。
「おおっ! なんだこれ、魔法みたいに軽いな! さすがルーファちゃんだ」
「ふふん、ただの調整だよ」
おじさんは大喜びで、焼きたてのあんパンを二つも包んでくれた。
これだから便利屋はやめられない。
ホクホク顔で店を出た私の耳に、ふと、通行人の話し声が飛び込んできた。
「すいません、便利屋のルーファさんでしょうか?」
「……はい、ルーファですが。何か修理の御用でしょうか?」
私は精一杯の愛想笑いで応じる。
でも、心臓はバクバクだ。
「実は、先ほど森で『無言の魔導師』殿が、魔獣一匹を相手に伝説級の極大魔法を放つ姿が目撃されまして……。あまりの過剰火力に、付近の生態系への影響を調査することになったのです」
聖騎士は真剣な顔で私を見つめる。
「そこで、現場の精密な調査と清掃を、腕利きの便利屋である貴女に依頼したい」
……終わった。
「わ、わかりました……明日、独自に調査させていただきます…」
自分のケツは自分で拭く、か。
内心かなり焦っていた。
私のスローライフがぁぁぁぁああ
*
昨日の「現場清掃」は完璧だった。
焦げた地面は表土ごとひっくり返し、不自然な魔力残滓は特製の中和剤で霧散させた。
聖騎士への報告書には『局所的な異常乾燥による自然発火の可能性』と、それっぽいことを書いて提出済みだ。
「よし。これで当分は平和な便利屋に戻れる……」
私は、おじさんからもらった最後のあんパンを頬張りながら、王都の広場を歩いていた。
口いっぱいに広がる甘いアン。
これこそが、命を懸けて魔獣から守った世界の味だ。
だが、幸せな時間は唐突に遮られる。
「あ! 便利屋のルーファさん!」
聞き覚えのある、明るすぎる声。
振り返ると、そこには冒険者ギルドの受付嬢、アリナさんが立っていた。しかも、非番なのか私服姿だ。
(げっ。ギルドでいつも『無言の魔導師』として対応してる相手……!)
「あ、はは……アリナさん。奇遇ですね」
「ええ! 実はお礼を言いたくて。昨日の森の調査、聖騎士団から『あんなに綺麗に後始末できるのはルーファさんだけだ』って絶賛の声が届いてますよ」
アリナさんはグイグイと距離を詰めてくる。
(まずい。非常にまずい。私は今、無言のSS級冒険者ではなく、愛想のいい便利屋を演じなければならない。)
「……そうですか。それは光栄です」
「それでですね、実はアフールさん――あの無口な魔導師様にもお礼を伝えたいんですけど、あの方、どこに住んでるかギルドも把握してなくて。森にいたルーファさんなら、何か知らないかなって」
鋭い。アリナさんは、天然に見えて仕事に関しては異常に鼻が利く。
私は必死に、口の中のあんパンを飲み込んで答えた。
「さ、さあ……。私はただの便利屋ですから。SS級の雲の上の方なんて、影も形も見てませんよ」
「おかしいなぁ。アフールさんの移動速度なら、ルーファさんとすれ違っててもおかしくないんですけど」
アリナさんの視線が、私の腰に下げた**『道具袋』に止まる。
そこには、今朝の整備でうっかりしまい忘れた、からくり杖がひょいっと。
「あれ? そのネジの形、どこかで……」
その時だ。
「大変だ! 誰か、誰か来てくれーっ!」
広場に面した時計塔の頂上から、修理職人の悲鳴が上がった。
見上げると、巨大な時計の文字盤が外れかかり、今にも地上に降り注ごうとしている。下には買い物客が大勢いた。
「危ない!」
アリナが叫ぶ。
私は反射的に、指を腰の袋に伸ばし――止まった。
(ここで『からくり杖』を使ったら、アフールの正体がバレる。でも、道具箱を取り出して階段を駆け上がっていたら間に合わない!)
私は瞬時に判断した。
便利屋の技術と、SS級の身体能力(魔力ゼロでも、魔獣と戦うために鍛え上げた足腰)の合わせ技だ。
「アリナさん、伏せてて!」
私は路地の壁を蹴り、垂直に近い時計塔の外壁を、窓枠や装飾を足場にして一気に駆け上がった。
「……え、嘘。早すぎる……」
下でアリナが呆然と呟くのが聞こえた。
頂上に着くや否や、私は背中の道具箱から重厚なハンマーと、超強力な自作の粘着リベットを取り出す。
「よっ……と!」
ガガガッ! と凄まじい手際で文字盤を固定し、緩んだ歯車をハンマーの一撃で叩き込む。
数秒後。
時計は何事もなかったかのように、「ボーン、ボーン」と正確な音を刻み始めた。
地上に戻ると、広場は静まり返っていた。
そして次の瞬間、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
「すごい! さすが便利屋ルーファだ!」
「まるで魔法みたいだったぞ!」
私は冷や汗を拭いながら、アリナさんの元へ戻った。
「あはは……ただの修理ですよ。手際が命、ですから」
だが、アリナさんの表情は真剣そのものだった。彼女は私の手を掴み、じっとその指先を見つめる。
「……ルーファさん。今の動き、魔法は使ってませんでしたよね。でも、あのスピードと的確な判断力……」
(何を言われるんだ…)
「かっこよすぎです!!!」
よかった…
「いやいや、役に立てて良かったよ」
まだ、便利屋としてやっていけそうだ。
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