その4
今回は身代りについて私が暇に任せて、勝手に考えた事です。反対意見の方多いでしょう。深刻に考えないでください。腹を立てるのも、止めた方が良いです。きっと眠れなくなりますよ。たかが、齢71の婆ぁのたわ言ですから。
テレビドラマの中で感動的シーンと言えば、銃で撃たれる主人公を必死で庇い、身代わりとなって天国へ行く恋人又は、疎遠だった親、喧嘩して嫌われていると思っていた元恋人、色々アイデアは有ります。
共通点として、身代りに自らなった人の行動には、視聴者は感動物でしょう。しかし、現実にはこういう事はあまり無さそうな気がします。
人間、生存本能みたいなのありますし、第一、恋人を庇って死んだら会えなくなるから、もう恋人とは言えない気がします。カップルとか、恋人と呼べるのは、会えて一緒に過ごすからと思えます。例外はあるでしょう。自分達は絆があると思っている方は、そのまま思っていてください。私には、反対意見は有りません。
夫婦とか親子とかは繋がりが出来ているみたいなので、別れ別れになってもその事実は変わらない感じがします。庇って亡くなる事も有り得そうです。
うだうだ、書きましたが、今からが本題です。
実の所思い出せば、そういう身代り的行動。ペット的には不思議な事にそうなる子が居ます。生き永らえて来た婆の記憶に2度ほどあるのです。
一つの例は、私の父親が癌で手術を受けることになりました。無事手術を終える事が出来、私達はそれぞれの家に帰りました。
その後、また病院で母親に会うと、手術当日、家に帰ってみると、父が可愛がって世話をしていた、手乗り文鳥が死んでいたそうです。餌や水をやり忘れたわけではありません。父が居なくてショックだったのでは、と言う意見もありましょうが、餌や水をたっぷりやって、父が一泊しても大人しくお留守番が出来た文鳥です。
もう一件あります。
私の母親がある年の夏、お腹を壊して血便を出すほどの重症で、入院しました。すると私の家で飼っていた犬が似たような症状になり、死にました。母は持ち直しましたが、次の年のお盆の15日に心臓麻痺で死にました。まるで一年の命を私の飼い犬からもらったかのような気がします。
私の家の不思議な出来事でした。
色々書き連ねると個人情報を書いてしまいそうで、簡潔な話となってしまいました。
本題短いですね。




