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ドラキュラ卿の子

 とりあえずアゼルに着せる用の、急場しのぎの服を用意したツカサと鈴音。

 鈴音は最近着ていない自分の服を、ツカサは高校時代に着用していたジャージを用意した。


「あの、全体的に服が小さい……」


「ううう……ちくしょー!」


 服を着ようとしたアゼルが着るのを止めて告げた言葉に、悔しそうに鈴音は叫んだ。

 当たり前だろ。

 アゼルと鈴音の体格差は、頭1つ分ぐらいアゼルが高いのだ。さらにプロポーションもアゼルのほうが圧倒的に豊満なので、鈴音の服はピチピチに張り詰めている。

 もはや服が可哀想という感想しか出てこない。


「まあまあ元気だせよ」


「次! ツカサの服!」


 若干、涙ぐんでいるところも可愛らしい幼馴染は、アゼルと一緒に服を持って別室に行く。

 さすがに男のいる前で着替えさせるのは良心が痛んだろう。

 ほどなくして、アゼルと鈴音が戻ってきた。


「ツカサ。これなら大丈夫かな……」


「ん、どれどれ……!?」


 部屋に入ってきたアゼルを見ようと振り向いてみれば、思わず彼女の姿に思わず呆然としてしまう。

 なにせアゼルはジャージを無事に着用できたようだが、唯一バスト部分だけがパツパツだったのだ。


「ちょっと大きいけど、なんとか着ることができたよ!」


「アゼル。無理しなくていいんだぞ」


「え? 鈴音の服よりは着やすかったけど……」


「ぐはっ!?」


 どうやらアゼルの一言が致命的なようで、鈴音は膝をついてしまう。


「と、とりあえず外に着ていく服は用意できたわね……でもその服装はアゼルに合わない。ちゃんとした服を用意してあげないと」


「どこで服を買うのさ」


「決まってるでしょ。ちょっと遠出して大型複合商業施設にいくわよ!」


 さっきの様子とは一変して、鈴音は元気そうな様子を見せてくれる。

 そのまま三人は大型複合商業施設へ、電車で向かうことにした。


 *********


 電車に乗ること約十五分。ツカサたちは駅直結の大型複合商業施設にやってきた。

 さすがにジャージ姿のアゼルは若干目立っていたが、元々着ていた服と呼ぶには不健全な格好と比べれば、断然マシに違いない。


「そんじゃあツカサはどっかで時間つぶしといて」


「え?」


「え? じゃないわよ。あたしたちこれから女物のコーナーに行くから、絶対目立つわよ」


 鈴音の解説に、「あっ」と気づくツカサ。


(確かに目立つよな……しかも見た目美人の鈴音とアゼルだもんな)


「悪い悪い。んじゃあフードコートかどっかで、時間つぶしをしてるから一段落したら連絡してくれ」


「任せなさい! あたしのコーデでアゼルを決めてやるわ。行きましょアゼル」


「う、うん」


 鈴音の気迫に呑まれたアゼルは、返答に困った様子をしながら鈴音に連れて行かれるのだった。


(とりあえずフードコートか喫茶店で時間つぶすか)


 一人だけになったツカサは、とりあえず近くにある喫茶店へ向かって歩き出す。


「座れる席があってよかったよかった」


 一番近い喫茶店に入ってみると、すぐに空いている席へ案内された。

 ひとまずはアイスコーヒーを注文して、周囲の様子を見てみる。

 昼前なので、軽くランチを食べに来ているであろう客が、少しずつ増えてきている。


(タイミングが間に合ってよかったな)


 そんなことを思いながら少し待てば、アイスコーヒーが出される。

 とりあえずアイスコーヒーを一口飲んで、喉の渇きを癒やす。

 ブラックで飲んだせいか、苦みと風味が口の中に広がっていく。


「お暇ですか?」


 後ろの席に誰か座った気配がした。直後、アンヘルの声が聞こえてくる。直後、周囲のざわめきが聞こえなくなってしまう。


「え……!」


 すぐさま後ろを振り向けば、銀のロングヘアーをした少女――アンヘルが座っていた。彼女の手にはティーカップが握られていて、中身は香りからして紅茶だろう。


「どうもツカサさん。少しお話でもいいです?」


「まあ、暇なんで少しだけなら」


「ふふふ、ではこちらの席でお話を」


 ツカサはコーヒーの入ったカップを持って、アンヘルがいる机に移動する。

 なぜか周囲が静かなせいか、アンヘルの紅茶を飲む音がやけに大きく聞こえる。

 直後、窓から入ってくる光が紅色であることにツカサは気づく。


「これは昨日と同じ現象?」


「この現象はアレナ。オーヴァーロードなら誰でも使える、いわゆる結界みたいなものです」


「アレナ……」


 喫茶店の窓から見えるのは、真昼の空に紅い月が昇っている光景だ。

 超常的な光景に、美しくも妖しい紅い月に、ツカサは絶句してしまう。


「さて、私はアレナについて話に来たのではありません」


「そうなのか」


「そうなのです。アゼルさんを狙うオーヴァーロードについて少し情報に発展がありました」


 思わず立ち上がってしまうツカサ。その際、膝を机にぶつけてしまう。


「イデっ! っとそれ本当なのかアンヘル」


「ええ、確かな情報です。アゼルさんを追っていた男たちがしていた赤い蝙蝠の入れ墨、それがキーワードでした」


 赤い蝙蝠の入れ墨……確かに三人とも見せびらかすような場所に、蝙蝠の入れ墨をしていた気がする。

 アンヘルが軽く指を振れば、空中に赤い蝙蝠の絵が現れる。今の一連の動作は、まるで魔法のようだ。


「同じ入れ墨をしたオーヴァーロードのギャングがいました。その名もレッド・ブラッド」


「レッド・ブラッド……」


(ギャングってなんだギャングって。現代にそんな反社会勢力がいるのか?)


 そんなことを考えてしまうツカサは、できるだけ平静を装うと努力する。が、反射的に頬がピクピクと動いてしまう。


「その気持ち分かりますよ。ですがオーヴァーロードは表沙汰にできない存在、警察だって表立って検挙できないのです」


「そんな……」


「もちろん対抗戦力はあります。私の信頼できるオーヴァーロードたちにレッド・ブラッドの殲滅を依頼しました」


 アンヘルが信頼しているオーヴァーロードだから大丈夫だろう。とツカサは安心して一息つく。

 のどが渇いたのでコーヒーを飲もうとするが、先程のブラックが苦かったので砂糖とコーヒーフレッシュを投入する。真っ黒だったコーヒーは、コーヒーフレッシュによって白が混じり、徐々に茶色へと変わっていく。

 10回ほど混ぜて砂糖とコーヒーフレッシュが溶けたと思ったツカサは、ゆっくりとコーヒーを口にした。

 先程の苦さが嘘のようだ。


「話を進めても?」


「っと悪い。どうぞ」


「レッド・ブラッドのメンバーは皆、吸血鬼のオーヴァーロードということ、そして……」


 わざとらしく溜めるアンヘルに、対して思わずゴクリと喉が鳴ってしまう。


「リーダーのクリムゾンは吸血鬼の有名人、ドラキュラ卿の子だったという情報が」


「子? 実子ってことか?」


「違いますよ」


 そう言ってフフと微笑んだアンヘルは、紅茶を一口飲む。そんな彼女の一挙一動が、気品さを感じさせる。


(うっかり失礼とかしてないよな……?)


 マナーなんて詳しく習っているわけでもないので、つい心配してしまうツカサを誰が責められるだろうか。

 いつの間に銀の髪がふわりと、視界の端をよぎる。

 一瞬、視界の端に注意が行ってしまうと、正面にいたはずのアンヘルがいない。


「アンヘル?」


「はい、ここに」


 右からアンヘルの声が聞こえてくる。即座に右を向けば、紅茶を飲んでいるアンヘルがいた。


(ち、近い!)


 そう近いのだ。

 ツカサの真横にピタリとアンヘルが、触れるか触れない距離に座っている。

 ほのかに甘い香りは彼女のニオイだろうか? ちょっと聞いてみたい気持ちもあるが、あきらかに失礼だろう。


「さて、吸血鬼の子。について説明しましょう」


「あの、なんで横に?」


「ツカサさんのリアクションが楽しいからです」


 とびっきりの笑顔を見せてくれるアンヘル。とても綺麗でずっと見ていたいが、オモチャにされるのはちょっと止めてほしい。

 真横に美少女がいるなんて状態。うっかり粗相をしてセクハラにならないかで、心配になってしまう。


「吸血鬼に噛まれ、同じく吸血鬼になった者を吸血鬼の子と呼びます。本来であれば親を裏切るようなことはできませんが……」


「クリムゾンって奴は違うと」


「その通りです。ドラキュラ卿の領地である黒い森(シュヴァルツヴァルト)から逃げ出し、日本に来たとの話です」


(との話ってことは、ドラキュラ卿かどっかから情報提供でもされたのか?)


「まあそんな感じだと思っていただければ」


 思考を読んだとしか思えないアンヘルの言葉に、思わずギョッとした表情をしてしまう。


「だめですよ? そんなわかりやすい反応では、交渉の場において不利になります」


「交渉って、そんな機会ないだろ」


「もしかしたら。の話ですから気に止めとくだけで大丈夫ですよ。では」


 そう言って音もなく立ち上がるアンヘル。するとツカサの視界に銀色の髪が大きく広がる。

 そして気が付いた時には、アンヘルの姿はなかった。

 まるで狐に化かされた気分だ……。そんなツカサを正気に戻したのは、スマートフォンの通知である。

 すぐに通知を確認したら、鈴音からのメッセージが一件きている。

 内容は「今すぐここに来て」という短いメッセージと、添付された画像であった。

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